スタマイ*短編 | ナノ

渡部悟『今夜、君とオフィスで』

同期で同い年の外務省事務職員
両片想い サシ飲みとかする仲

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一向に収まる様子が窺えない大荒れに荒れた街をオフィスの窓から眺めていると、突如陽気な声がオフィス内に響き渡った。
「お疲れ〜ってまだ仕事してるの?」
声がした入り口の方を見ると同期の渡部がコンビニのビニール袋とオシャレな紙袋を引っ提げて立っていた。
「電車止まってるからね」
この台風という悪天候のせいで地元の電車が止まってしまい、電車通勤の私は帰れない状況だった。家の近くのホテルに泊まることも視野に入れていたが、下手に外に出ない方がいい。きっとどこも満室だろうし、外に出ても雨風にぐしゃぐしゃにされるだけに終わるのは目に見えている。
「あぁ、なるほどね。俺は車だから帰れるけど、送ってこうか?」
「え、いい」
「え、なに?帰らないの?」
「だって、洪水になりそうなんでしょ?車で帰ったら水に埋もれて、車の中で死ぬ可能性があるじゃない」
「あ〜なるほど」
「私は別にいいけど、渡部は嫌でしょ?好きでもない女と心中なんて」
「心中って…」
はっきりと帰らない意を示したけれど、内心帰りたい気持ちはあった。でもやっぱり、洪水が心配なのと道路も渋滞していそうだし、何より外に出る気が起きない。外から来た彼を見てわかるように、少し出るだけでも腕と膝から下はずぶ濡れ、靴からは水滴が滲み出て彼がこちらに歩いてくる足音がキュッと鳴る。
「じゃあ、ナマエちゃんは今日はここで寝泊まりするつもり?」
「そうね、どうしてかみんな帰っちゃったし。宿直もいない」
返事をしながら鞄からタオルを出して彼に渡す。彼は「どーも」と受け取り、軽く水滴のついた部分を拭いた。
幸い、停電にはなっていないから電気は使える。仮眠室もあるから、寝ることもできるし、外出先から戻ってくる時に最悪を考えて替えの下着や服も買ってきてあった。
(できれば使いたくなかったんだけどな。まさかみんな帰ってるなんて)
外出していた私に誰も連絡をくれなかったことに少し気分が悪い。もちろん、電車が止まることはわかっていた。会社から指示は特になく、こちらから電話をしても誰も出ない。状況を確かめようと思って戻ってきたのだけれど…。
「連絡来なかったの?」
「見ての通りもぬけの殻よ。渡部はなんで戻ってきたの?」
「俺は車を取りに。直帰の連絡はあったけど」
台風が来るからって、外出中の人間の存在を忘れるなんて有り得ないと思いつつも、この後のことを考えると抗議する気も薄れていく。私はため息をついて応接用のソファに座り、またため息をついた。
「はぁー、なんでこんな日に会社に泊まらなきゃいけないんだろう」
「それなら、やっぱり俺も泊まろうかな」
悪態をつく中、ふいに幻聴が聞こえる。声のした方を向くと、渡部が窓のところでブラインドカーテンを閉めていた。
「なんで?」
「車も車庫に入れたままの方が汚れないし、女の子一人で泊まらせられないしね」
振り返って微笑みながらこちらに来る彼からまた幻聴が聞こえる。私を気遣って一緒に泊まってくれると言うのだろうか。けれど、こんなときにただの同期である私に寄り添う彼に、何かメリットがあるのかと思った。それと同時に彼の優しさにときめいてしまった自分に気づく。
「でも、私のためにそんなことしなくていいから、帰れるなら帰った方が…わっ!?」
彼を説得しようと立ち上がった瞬間、急に部屋が真っ暗になって視界から全ての物が消えた。
「あちゃ〜、停電しちゃったか」
「えぇ!?どうしよう、電気」
停電されたことに焦りが込み上げてきて、無駄なのにも関わらず私は何も見えない中、ブレーカーを確かめに行こうと足を踏み出す。けれど若干濡れたタイル床に足を滑らせ、転びそうになり、それを傍にいた彼が支えて引き止めてくれた。
「おっと危ない。大丈夫?とりあえず、落ち着こうか」
「ありがと」
ゆっくりと気をつけながらもう一度ソファに座らされ、彼も隣に座る気配を感じた。徐ろに彼はポケットからスマホを取り出し、画面をつけると僅かながらに光り彼の手元を照らす。それを見て私もスマホを取り出し、同じように画面をつけて、2つ並べてテーブルに置いた。
「ははっ、吊り橋効果でオフィスラブ、なんちゃって」
少し悪戯っぽく笑いながら彼はふざけて私に肩を寄せる。こんなときでも冗談を言って私を落ち着かせてくれる彼を、本当に優しいと感じる。それから、そんな彼が私はやっぱり好きだと再認識してしまう。
(でも、好きな人がいるって言ってたよね)
「やめてよ、こんなときに冗談なんて」
二人で飲みに行ったときに、本人の口から聞いたその事実を知っているからこそ、自分の気持ちを素直に出せずにいた。寄せられた肩を怒ったふりして肘で小突く。そして私は彼の座る方とは反対を向き、挑発するように口を開いた。
「好きな人いるんでしょ?応援してるからさ、ふざけたこと言ってないで、その相手に本気になったら?」
暗い部屋で外の雨と暴風の音が微かに聞こえる中、私の声が冷たく響く。一緒に居てくれることが嬉しい。でもそれは、私が同期で気のおける友人のような存在で、女だからで、特別な感情があるわけじゃない。こんなときだから居てくれる、ただそれだけ。私は、唇をキュッと結んだ自分の表情を見られたくなくて、少し俯いてそっと腕を抱えるように組んだ。
「そうだねぇ、そろそろ本気で告白してみようか」
小さく、まるで自分の心に落とし込むように言う彼は、急に伸びをして、もう少しだけ深くソファに腰掛ける。そして徐ろに私の組んだ腕を解いて手を握り、私を振り向かせた。
「冗談じゃないって言ったら、俺の傍に居てくれる?」
「ど、どういう意味よ…?」
あまりにも真剣な眼差しで私を見るもんなだから、笑ってしまいそうになる。いつもならそうだった。でも今は、その優しい茶色の瞳に心臓の音が速くなるのを感じて動揺してしまう。まだ何かを期待する自分を少し情けないと思いつつ、私は期待から逃れられずに彼の言葉を待った。
「そうだなぁ。台風が過ぎ去った後もって意味…かな」
一瞬視線を逸らして考える素振りを見せる彼は、目を細めてどこか照れくさそうにニコリと笑う。その言葉と表情が何を示すのかすぐには分からず、少しの間ポカンとしてしまった。彼の言葉を頭で反芻し、やっと意味を理解したと同時にまた彼が口を開く。
「つまり…、好きだよ。ナマエちゃんのことが」
はっきりと告げられた彼の気持ちが、勝手に頭で繰り返される。一気に顔に熱が集まるのを感じ、慌てて誤魔化すように呟いた。
「…バカ、こんなときに」
(私も…好き)
本当は嬉しくてたまらないけれど、どこか照れくさくて悪態をついてしまう。それでもちゃんと答えなきゃと思いつつ、恥ずかしいのと何を言えばいいか戸惑い、私は無言のまま彼の指と自分の指を絡めて握ることしかできなかった。私のその様子を見て彼は、温かい手で私の手を強く握り返す。その手をゆっくりと自分の方へ引っ張り、身を寄せられて私を抱きしめた。
「なっなに!?」
「ありがと。後でたっぷり、君の気持ち聞かせて」
優しい囁き声が耳元で響く。この歳になってこんなにドキドキすることがあるだろうかとぼんやり考えながら、体を離す彼を見つめた。彼はスマホを手に取り、立ち上がってまた伸びをする。
「さてと、それじゃあブレーカーの様子でも見てこようかね。差し入れも後で食べようか」
満足そうに笑う彼は、テーブルの上に置かれたオシャレな紙袋に視線を向けた。中を覗くと、某有名スイーツ店のケーキが二つ。
「どうして、二つだけ?」
「さて、どうしてでしょう?戻ってきたら答え合わせしようか」
彼はウインクしてそう言い残し、ブレーカーを確認しに暗闇の中、部屋の入口へ歩いていった。残された私はソファに寝転がり、彼の言葉を思い出す。今夜ここに泊まることを考えるとまたドキドキが止まらない。
「はぁ…どうしよう」
疲弊と喜びが混じったため息が暗く静かなオフィスに響き渡る。
そうして私たち二人はこの台風の中、オフィスで初めての夜を過ごすのだった。



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