スタマイ*短編 | ナノ

由井孝太郎『人魚の夢』

3周年Anniversary夢 人魚姫パロ
社会人の恋人 同棲している
※薬物は架空のものです。

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残業が長引いて慌てて帰宅すると、彼はいつものように沢山の資料や本を持ち出し、リビングのソファで読みふけっていた。おそらく、趣味で研究している内容ではなく、何か仕事に関係していることだろうと状態を見てなんとなく察する。何故かというと、もし趣味の研究内容なら、あの紙が沢山積まれた自分の机で熟考しているからだ。
「孝太郎さん、ただいま」
後ろから声をかけても気付かない様子。資料の一部分とスマホで検索したページとを照らし合わせるように読み進め、また別の資料を手にとっては同じことを繰り返している。こういう時の彼は、なかなかこっちを向いてくれない。彼の視界に入って直接触れたりしない限り、作業をやめることはないだろうと、一先ず着替えを済ませて夕食を作ることにした。

孝太郎さんが私が帰ってきたことに気がついたのは、夕食が出来上がったときだった。テーブルを片付けて食事を置くと「いつの間に帰ってきてたのか」なんて、真顔で言ってくる。ちゃんと声はかけたと言うと、「そうだな、君は声が出るからな」と意味不明なことを言われた。

寝る支度を整えて寝室に行くと、孝太郎さんはベッドに入って横になりながら何やら珍しい本を読んでいた。
「童話集?」
「ああ、念の為読んでおこうと思って」
隣に入って彼の持っている本の表紙を覗き見ると『アンデルセン童話集』とタイトルが書かれていた。童話集となると、小さい頃に聞いた話などおそらく知っているものがあるはず。けれど、パッと頭に浮かぶほど、アンデルセンの作品に何があるのか詳しくはなかった。
「今度は何の研究?」
「いや、研究というより仕事の単なる分析と調べ物。昨日押収した麻薬があって、それの鑑定をしていたら妙な成分が出てきたもんだから、一応ね」
「それが、この童話集と関係あるの?」
私の疑問に彼は本の中身をこちらに向けて見せてきた。少し体を起こしてうつ伏せになり、彼の方に身を寄せて本を見ると、白いページに貝殻や海星、沢山の泡のイラストで枠が描かれていて、その中心に『人魚姫』と大きく文字が書かれている。
「押収した麻薬の名前は、エターナルマーメイド、通称EM。年配層に配られていたそうで、これを飲むとなんでも健康になって長生きできるとか」
「マーメイド…だから人魚姫?」
「人魚の肉を食べると不老不死になれるという話を聞いたことない?」
「あ!あるかも」
「まあ、実際はそう言っている人がいるだけで、検証結果や論文は見つかっていないから、人魚の肉の存在自体が怪しい。この麻薬に人魚の肉が使われているかはわからないけれど、それに近い何かが存在するなら、どこで採取できるのかを調べる必要がある」
普段気にならないことでも、彼が調べたりしている様子を見ていると、なんだかとても重要な物事に感じてくる。 彼の仕事としては重要事項なんだろうけど、今日の話は珍しく伝説や空想みたいな話で、少し不思議に思った。
「まあ、人魚自体は架空の生物にすぎないけど」
「孝太郎さんは人魚の存在を信じてない?」
「そうだな。まあでも本当に存在するなら、まずは血液検査をさせてもらおう。それから髪の毛と皮膚細胞を提供してもらって、まずはその生態について研究するだろうね。資料によると…」
彼は突然ウキウキと話し始め、嬉しそうに口角をあげた。話を聞いてわかるように、捕獲して実験しようと考えてしまう彼は、本当に研究が好きなんだなと改めて思う。信じてないわりには、本当にいるかの様に説明してくる。もしかしたら、何らかの人魚の一部を入手して、その内自分で人魚を作ってしまうのではないかとも思えなくもない。それくらい、この短時間で彼が調べた、知った内容は沢山あって、分析も幾分か重ねての見解を私に話してくるわけだから、本当に天才の考えることは凡人の私には理解が難しい。
(話は面白いけど、たまに置いてかれてる気分になるんだよね)
なんとなく触れたくて、ページを捲る彼の手を見つめてそっと自分の手を重ねた。饒舌に話していた彼の口は止まり、私に視線が向けられる。無意識に動いていた自分の行動が恥ずかしくて、彼に何か聞かれる前に私は開いているページに注目したフリをして声をあげた。
「あ!ここのページ!」
偶然にも端に短剣の挿絵が描かれているページで、私はこのページに違和感を感じて質問した。
「これ、なんで短剣なんて描かれてるの?戦いとか戦争のシーンはなかったよね?」
私の不自然な声のあげかたに何も不審に思うことなく、彼はスマートに質問に対応する姿勢を示してくれた。気付かれないようにそっと手を離して、また彼の話に耳を傾ける。
「人魚姫の話は知ってる?」
「なんとなく。人魚姫が人間になって王子様と結ばれる話」
「…随分ざっくりしてるな。それに、人魚姫は王子と結ばれない」
「え、そうなの?」
彼はそう話すと本のページを捲ってストーリーを掻い摘んで話し始めた。文字がびっしりと書かれたそのページは、所々に挿絵があるものの、子供向けとは思えない本に感じる。
「主人公は深海の王族に生まれた末娘の人魚。彼女は地上で見かけた人間の船に乗っていたの王子に一目惚れする。嵐のせいでその船から転落した王子を彼女が海辺まで運んで助け、気づかれる前にと身を隠し、通りかかった人間が王子を助けるのを見届ける。人魚姫は帰ってからも王子のことが忘れられず、どうしてももう一度王子に会いたいと魔女と契約を交わす」
「魔女に声と引き換えに人間の足をもらうんだよね?」
「人間になった人魚姫は、海辺に裸のまま打ち上げられ、運命的にも王子に助けられる。一緒に暮らすようになり、王子は人魚姫を可愛がり続けるが、人魚姫は声が出ないから自分が以前に船から落ちた王子を助けた人物だと言えず、王子にも気づいてもらえないまま生活が続く」
「そして二人は一緒に生活するうちに段々と惹かれあって、結婚する」
「いや、結婚はしない」
ショッキングなことを断言され、私は思わず彼を見た。彼は本から視線を逸らすことなく、ページを捲り話を続ける。
「二人は恋人のように仲睦まじく暮らすけれど、王子は隣国の姫との縁談が決まる。決め手はその姫が海辺で王子を助けたという事実で、王子はそれを聞いてすぐに結婚を決める」
「え、うそ!?私の知ってるのと違う」
「君が知ってるのは子供向けの絵本か何かに載っていたあらすじじゃないかな?俺が話しているのは原作の話」
言われてみれば、私が見たことあるのは絵本やアニメの人魚姫で、原作を知らなかった。改めてページを見てみると、この本は原作と同じ内容が書かれているものなんだなぁと察する。
「悲しみにくれた人魚姫は、結ばれないと決まった日の翌朝に泡になって消えてしまう。それを防ぐために、人魚姫の姉たちが魔女と契約を交わし、人魚姫の元に1本の短剣を持ってくる」
「短剣?もしかして、姫を殺せってこと?」
「残酷なことを考えるんだな君は。昼ドラじゃないんだから。まあ、それも面白そうだな。その場合、戸籍のない人魚姫はどうやって法で裁かれるんだろうか?いや、でも警察に捕まる前に泡になって消えてしまえば、謎の密室殺人…いや、王子が容疑者になる可能性も…」
私の発言のせいで、彼の思考が人魚姫の話からミステリーに変わりそうになり、慌てて「孝太郎さん、続きは?」と呼び戻す。
「ん?ああ、王子を殺すんだ。そうすれば人魚姫は人魚に戻り、元の深海で暮らすことができる」
「王子様を殺す…」
「けれど結末は、人魚姫は愛する王子を殺すことが出来ずに、翌朝泡になってしまう」
そのあと、彼の話は魔女と契約するにあたっての分析の解説に話が変わり、それを聞きながら私は人魚姫について考えていた。愛する人を求めて人間になったのに、その人とは結ばれなければ泡になって消えてしまう。それを防ぐためには、愛する人を殺さなければいけないというのは、残酷すぎる。もしも自分が人魚姫なら、その選択はできるだろうか…。
(王子様を殺すなんて…)
なんとなく、彼の顔を見つめてしまう。彼が人魚姫の殺人事件について、また口に出しながら考察している中、私は段々と瞼がおちて意識が薄くなっていった。


気がつくと、私は見覚えのない薄暗い部屋に立っていた。
(え…何これ)
自分の手に何か持っている違和感を感じて見てみると、右手に短剣を握っていた。見覚えのあるデザインの短剣に思い出そうと記憶を辿るけれど、全く思い出せない。この場所がどこなのかもわからず、私は視線を上げると、いつの間にか目の前に天蓋付きの豪華で大きなベッドが現れ、そのベッドに誰かが眠っていた。恐る恐る覗き込み、その人物を確認する。フリルのついた白いシルクのパジャマを身にまとい、ふわっとしたピンク色の髪と透き通るような白い肌、整った顔付きで眠るその人は、私のよく知る彼であることは間違いなかった。
「…っ…ぁ…ぉ…ふぁん(孝…太…郎…さん)」
(声が出ない、なんで…?)
私はその名を呼ぼうと口を開いたけれど、何故か声が出ない。それから、口の中が妙に広い気がする。何かが足りない感じに気持ち悪さを覚えながらも、もう一度彼の名前を呼ぶ。けれどやはり不発音のような声しか漏れず、ちゃんと発音できないまま彼を見つめるだけで終わってしまった。
「っ!!」
おかしな状況に戸惑い、彼をなんとかして起こそうともう少し近づいた瞬間、足に激痛が走った。足を動かす度に剣山で刺した様な激痛を感じる。あまりの痛さに私はベッドの縁にへたり込み、持っていた短剣を綺麗なタイル床に落とした。そして、そのカランという大きな音に彼が目を覚ます。
「ん…誰かいるのか…?」
彼は目を擦りながらゆっくりと体を起こし、足の激痛に耐えきれずベッドの縁にへたり込んでいた私に視線を向ける。
「君か、どうして」
「ぉぅ…おうぃ…(コウ…王子…)」
激痛で目から涙が溢れてくる私に、彼は慌てて手を差し伸べる。私の体を支えて私をベッドに座らせ、優しく涙を拭ってくれた。
「痛かっただろうに。こんなところまで歩いてきて」
そう言いながら彼は私を抱き寄せ、軽く私の足を摩った。すると不思議と痛みが引いていく気がして、思わず自分の足を見つめる。歩いて動かしているときは、腰が抜けるみたいに痛くて立っていられなかったのに、どうしてか座って足を曲げている分には特に痛みは感じなかった。
(私、なんで痛いのにここまで歩いてきたんだろう?)
記憶を辿ってもわからず、どうして記憶がないのかも不明のまま思考を巡らせる。何故、短剣を持って、足の激痛に耐えながら彼の元へやって来たのか。それは…
「どうしたの?寂しい?」
ぼーっとしていたせいか、彼は心配そうに声をかけてきた。彼の問いに心臓がグッと押されたような感じがして、それが何なのかわからず、私は口を開く。けれど、やはり声は出ずに、何を言ったらいいのかもわからずに、魚のように口をパクパクさせるだけだった。何か伝えたいけれど、どうしてか緊張する。端から見たら、挙動不審に見えるだろう私を見て、彼はフッと笑って私を抱きしめた。
「俺も寂しかった。だから、今晩は一緒にここで眠ろう。さあ、もっとこっちへおいで」
彼に支えられながらベッドの真ん中へ移動する。そして彼はゆっくりと私を組み敷いて、私の上に覆いかぶさった。髪から頬へ、首へ、肩と指先で撫でて、熱っぽい視線を私に向け、小さく口を開く。
「君を、抱いて眠りたい。いいかな…」
静かな声で彼はそう言い、確認するように私に口付ける。私もそれに答えるように、無い舌を一生懸命に絡ませた。
(息が…できない)
苦しくて甘い口付けを何度か交わし、私達はまるで溺れるように愛し合う夜を過ごした。



「ナマエ…ナマエ…、」
目が覚めると目の前に心配そうにした孝太郎さんの顔があった。
「…っ…ぁ…」
何か喋ろうとして口を開いたけれど、何故か声が上手く出せず、カスカスと息だけが漏れる。私は驚いて喉元に手を当て、孝太郎さんを見上げた。
「大丈夫?うなされていた、というか様子がおかしかったから起こしたけど」
「こ…っ…」
「ん?」
「っ…み…ず…」
水が欲しいと声を振り絞ると、彼は気づいてくれたようで、慌ててベッドから飛び起きてパタパタとキッチンへ歩いていった。
(なんで、声が出ないの?)
そう思いながら、頭の中にさっきの状況が浮かぶ。さっきも夢の中で、私はちゃんと声を出せず、上手く喋ることが出来なかった。
「冷房のせいだろう。タイマーをセットしておけばよかったな」
戻ってきた孝太郎さんはそんなことを言って水を渡してくれた。私は受け取ってすぐにグラスの水を飲み干し、はぁーと息を吐く。
「今何時?」
「12時半くらい」
「孝太郎さん、寝てないの?」
「ああ、人魚姫の話を改めて読んでいた」
(人魚姫…あ、さっきのって)
時間を確認してグラスをワインセラーの上に置き、彼の隣にまたうつ伏せになって考える。彼の放った”人魚姫”という言葉を聞いてさっきの夢を思い出した。
(声が出ないのって、人魚姫の夢…私が人魚姫になってたってことかも)
そう思うと私は、『人魚姫』の話が気になり、彼の手元にある本を見る。開いているページの文字を辿ると”足を貰うのと引き換えに舌を切られてしまい、彼女は喋れなくなった”と書かれているのを見つけてしまった。
「ひっ…怖い」
「ん?ああ、これか。原作は、実は残酷なシーンが多いからな。他にも、”貰った足で歩く度に剣山で突き刺した様な激痛がする”とか、痛々しい場面があるんだが…」
想像するだけで鳥肌もんな内容に身を縮こませ、私は布団をギュッと握りしめた。残酷なシーンの話を続けようとした彼も、私の様子を見てフッと笑い、私の頭を撫でる。そして本を閉じてベッドから立ち上がり、自分のデスクに置いてある資料を弄り始めた。
「それにしても、王子は本当に愚かな人間だと思わないか?自分の愛する相手が誰だかわからないなんて。しかも”自分が助けた”と名乗り出た女に目移りして、その女と結婚する。その女が嘘をついてる可能性だってあるだろう?」
「まあ、そうかもしれないけど」
彼にそう言われて、寝てしまう前に話していた『人魚姫』のあらすじを思い出す。原作では、他に王子様を助けたという女性が現れて、王子様はその人と結婚してしまうなんて、確かにあんまりだと思う。上体を起こして、孝太郎さんの背中を見つめながらそんなことを考えた。
「俺が王子なら、嘘つき女とは結婚しない。自分を助けてくれた人魚姫をどんな手段を使ってでも見つけ出す。海岸に行って髪の毛を採取してDNA鑑定をすれば、すぐに判明するだろう」
「そうだね。DNA鑑定できたら」
「王子の盲点はそこだと俺は思う。本当にそんな女性が存在するのであれば、それを証明できる研究をすべきだろう?証明出来ないのであれば、それはただの幻や夢に等しく、王子の発言は全て虚言でしかない」
「虚言って…」
「よくもまあ、うる覚えの顔と声だけで本人を特定しようとしたな。違う意味で関心はするが、無謀だ」
彼の解説と意見に目からウロコ状態だけれど、納得はしてしまう。確かに一理ある。けれど、それを聞くと、人魚姫に出てくる王子様はなんとなく孝太郎さんに似ている気がしてきた。数少ない手掛かりで、何がなんでも探し出そうとする姿勢も、不確定要素を含んでいても自分の信じたものに一直線なのも。
(大分、絵本で見た王子様とは違うけど)
「孝太郎さんが解説すると、なんか王子様がカッコ悪く思えるね」
そう言うと彼はくるりと振り返り、眉間に皺を寄せて私に聞いてきた。
「カッコイイと思っていたのか?」
「王子様はカッコイイものだと思っていたから…なんていうか、意外と普通だなぁっていうか」
私の言葉に何かを感じたのか、彼は一度視線を落とし、またデスクの方を向いて資料をめくり始めた。
「人間は都合のいい様に夢を見たがる生き物だからな」
それは私には聞こえる程度の小さな声で静かに放たれた一言。その一言を聞いて、心臓がドクンと1回大きく跳ねた気がした。
(私が見た夢も、都合のいい夢…?)
夢の中で私は、人魚姫は短剣を手にしていたけれど王子様を殺せなかった。それなのに、泡にならずそのまま王子様の寝室で王子様との甘い夜を過ごした。足だって途中から全く痛くなくなって、王子様と体を重ねてる間は声も出ていたことを思い返す。
「どうかした?頬が紅潮している」
「え!?あ…その何でもない」
コウ王子と過ごした甘い夜を思い出していたなんて言えず、私は慌てて口を噤む。私の様子に少しだけ心配そうな表情をする彼は、そっと私の額に手を当てて体温を測る。慌てて「熱じゃないよ」と言えば、その手は引っ込められ、安心したように彼はまたデスクに戻った。
「孝太郎さんが、王子様だったらいいのになって考えてた」
「俺が?冗談じゃない、嘘をつく何処ぞの知らない女と結婚なんて御免だな」
「そうじゃなくて、孝太郎さんが王子様だったらカッコイイだろうなって」
それは本心で、実際に夢の中で王子様になった孝太郎さんは本当に素敵でカッコよかったから、感想のように私は意見を漏らした。それと同時に、きっと本当の孝太郎さんなら、もっと現実的で、さっき話していたようにDNA鑑定なんてしたりして、あまり夢を見るような言動はしないだろうとも思った。
「でも、孝太郎さんが王子様だったら、魔法とか夢のあるストーリーにならないかも。私はそれはそれで面白いとは思うけど」
冗談半分にそんなことを言ってみる。それでも彼は、私の夢に興味がないのか、こちらを向かずに資料に目を通し続けていた。
(あ、なんだろうこの感じ…?)
なんとなく、話していて虚しいような、何か物足りない感覚に襲われる。今日、帰宅した時にも似たような気持ちになったことを思い出して、私は顔を伏せたくなり、視線を彼から自分の足に落とした。なんとなくそのまま布団の中で抱えるように体育座りをしてみると、足は痛くはない。けれど、なんとなく何かが痛い気がして喉が、足が、体が布団に重く沈む感じがした。
「夢ならあるさ」
唐突に彼の口から聞こえた言葉に反応が遅れ、首が上がらず視線を少し上げる。そして彼はまた静かな声で続けた。
「もし俺が王子なら、君が人魚姫だ。君が俺を助けなければいけない」
まるで溺れるように愛しい人の元へ。そう思わせるような視線を私に向ける彼は、優しく嬉しそうに笑った。その笑顔が、本当に王子様のようで、私の中でキラキラと輝いて繰り返し映し出される。
(それは、夢っていうか願望だよ孝太郎さん)
段々と恥ずかしくなってきて、私は仰向けに寝転がり布団を被って彼の視線から逃れようとした。
「眠いなら、寝ていいよ。俺はもう少し資料を読んでからにするから」
彼は私の心情に気がついていないのか、そんなことを言いながら、自分のデスクから資料を手に取りベッドに座った。そんな彼を私は見つめることしかできないでいる。その横顔はいつもの孝太郎さんで、夢に出てきた王子様とはまた違う雰囲気を放っていた。
「(孝太郎さん)」
彼を呼び止めたい気持ちはあれど、声にまでならず魚のように口をパクパクさせる。
(私は、ここにいるよ)
思わず手を伸ばして彼の服の裾を摘む。気づいた彼は振り返り、私に愛おしそうな眼差しを向けて問いただした。
「どうしたの?寂しい?」
それは、夢の中でコウ王子が私に聞いたのと同じこと。
(そっか、私…)

声が出なくて喋れなくても
足が痛くても
それでも、あなたに会いたくて

(夢の続き、見せてほしいな)
体を起こして私は彼に抱きついた。
「(孝太郎さん、私をあなたの人魚姫にして)」
そんなのは恥ずかしくて言えないから、代わりに口付ける。切られてない舌を絡めれば、驚きつつも彼も同じだけ答えてくれる。そのまま私はベッドに組み敷れて、彼は私に覆いかぶさった。
「今日は随分と積極的な人魚姫だね。どうしてほしい?」
唇を離して少し嬉しそうにニヤついた笑顔でそんなことを言われる。呼吸を整えて返事ができない私は、また魚のように口をパクパクさせていた。
「それじゃあ…本当に声が出なくなるくらい、しようか」
いつの間にか彼が持っていた資料は床に落ちて、視界から消えている。彼は私に熱い視線を注いで、もう一度口付けた。
(息が…できない)
苦しくて甘い、そして長い口付けを繰り返し交わす。
そうやって私達は、互いの愛で出来た海に溺れていくの。

「「(愛してるよ)」」

泡となって消えてしまう前に
どうか 届きますように



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