スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『瞳の中の万華鏡』

『それは一瞬の、』の続編
メインストのネタバレ含む

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賑やかな道を一人、カランカランと慣れない下駄を履いて歩いていく。もうすぐ花火が上がる。でも、一人で見るのはなんだかしのびないから、私は帰って家でゆっくり見ようと会場の入口付近まで来ていた。それなのに…
まさか、こんな所で出会すなんて思いもしなかった。

「たこ焼き食べる?」
「いらないです。好きじゃないので」
いつものスーツとは違い、オシャレで質の良さそうな浴衣を着ていたため、最初声をかけられたときには一瞬誰だかわからなかったけれど、そのニヤついた声と一つに束ねた赤い髪を揺らして現れたもんだから、すぐに私は歩いていた方と反対を向いて歩き出した。
「実家に帰るって言ってなかった?」
「ええ、絶賛帰省中です」
「嘘ついて有休?いけないんだー」
「嘘じゃないです。実家が東京の隣りの県なだけです」
「近いんだね。今度ご両親に挨拶させてよ」
どうしてか、彼は私の後をついて来る。というより、最早隣りに並んで歩いている。そして、どうでもいい話をして私の有給休暇を邪魔するのだ。いつもいつも、暇を持て余した口は開きっぱなしで意味の無い言葉を私にぶつけてくる。こうやって、折角一人で気楽にお祭りを満喫し始めようと…まあ帰ろうとしていたけれど、彼に見つかってしまったからには落ち着いていられなくなる。
「ねぇ、ナマエちゃん」
沢山の屋台が並ぶ道はやはり人通りが多く、友達と来ていたら逸れてしまいそうだと思った。奥に進むにつれて人が増えて身動きが取りにくくなっているにも関わらず、不思議なことに全く逸れる様子もなく、彼はニコニコと私の隣りを歩いている。
「女の子一人でいるのは危ないよ?逸れるからほら、もっとこっち寄って」
そう言って彼は私の腰を抱き寄せようとしてくる。しかし、私は彼の手を払い、彼がいる方とは逆の方向を向いて歩き続けた。
「痛っ。ちょっと酷いなぁ」
鬱陶しいので無視する。けれど彼は相変わらずついてくる。そのまま無視し続け、気がつくと人通りが少ない道に出た。辺りを軽く見回すと、どうやら神社の敷地内に入っていて、奥に風鈴回廊が見える。遠目から見ても綺麗だなと思えるその場所は、もうすぐ花火が始まる時間帯である今、人が遠ざかっている様子だった。
(私、無意識に静かな空間に向かってた…)
それもこれも未だ隣りを歩く彼のせい。本当なら今頃、家にたどり着いてベランダでのんびり花火を見る準備をしているところだ。
「ねぇ、ナマエちゃん」
「もう、私に構わないでください」
いい加減にしてほしくて、私は足を止めて彼の方へ向き直り言い放った。キッと睨んだ私の表情に彼はうろたえることなく、いつもの様にニコリと笑っている。その口は躊躇することなく、私に向かってまた動かされた。
「なんで一人なの?」
いつもの様に柔らかい声でそんなことを聞かれる。その問いに、私の中でいくつか理由が浮かび上がってきたけれど、私は少し視線を伏せて現状だけを話した。
「…地元の友達と待ち合わせたら彼氏も一緒だったから、二人きりにしてあげただけです」
「ナマエちゃんは彼氏いないんだ?」
ああ言えばこう言うと同じように、いちいち余計な言葉を投げてくる。会話をしたいのに、埒が明かない態度にはもう慣れていた。けれど、聞かれたくないことや言いたくないことを、まるで私を試すように彼は聞いて楽しんでいるのが見て分かる。
「それで一人ぼっちに」
「しつこいです。そういう羽鳥社長こそ、なんで一人でこんな所にいるんですか?」
仕返しのつもりはなかったけれど、私に聞く前に彼も一人ぼっちだということに疑問を持って質問した。だっておかしい。彼のような人間が、何故お祭りの夜に女性を連れていないのか。
「ああ、俺はまあ…なんでだと思う?」
彼は一瞬だけ視線を落とし、すぐにまた私の目を真っ直ぐ見つめて、ふざけた口調でからかうように口を開いた。
「約束してた女の子が実家に帰省しちゃってさ。フラれちゃったんだよね」
当てつけなのか、実家に帰省した私にそんなことを言ってくる彼の心情が全くわからない。彼は何を考えているのだろうか。こんな言い方をするわりに、”約束してる”ことを主張してくる。
「約束なんてしましたっけ?」
本当は、覚えている。去年、私は彼と電話で『来年は一緒に花火を見に行こう』と約束していた。約束をして、去年は缶ビールを片手に一人で社長室の窓から花火を眺めていた。
「去年約束したでしょ、今年は一緒に花火見るって」
彼がまさか覚えているなんて思いもしなくて、なんとなく私は彼から視線を逸らし、体もそっぽを向く。
(覚えてたなら、なんで)
花火大会の日が発表になっても、彼からは特に誘いはなかった。仕事が忙しくてバタバタしていたのもあるけれど、それでもほとんど一緒に過ごしているわけだから、誘うタイミングは人一倍あったはず。だから、別の人と約束があるのではないかと思っていたのだけれど。
(なんで、ここにいるんだろう)
何万回と見せられた、私ではない人と約束を交わす彼の姿。また、誘われなかった事実に目を背けたくて角度を変えて見ても、事実は変わらず切なくなる。それでも私はどうしてか、彼を見ずにはいられない。反射を繰り返し、同じような華やかな人間を相手にしていれば、いつかは飽きて、ずっと彼を見続ける私に気づいてくれるのではないか、そう思ったことも何度かある。結局、今回も彼の口から”花火”の文字は出てこなかったわけだけれど。
「…よく覚えてますね、そんなこと」
「俺が死んでなければっていう大事な約束」
彼の言葉に驚いて、俯き気味だった顔を上げる。彼がどんな表情でそんなことを口にするのか気になり、振り返ろうと思った瞬間、あの時の出来事が頭の中に過ぎった。思い出すと涙が出そうになる。病院のベッドに横たわる彼は、意識不明のまま呼吸器やら何やら沢山の器具に繋がれていた。見舞いに行った時、私は絶句してその場に立ち尽くし、怒りと後悔が身体中に巡ったことを覚えている。
(あの時…)
「死んだかと思いました」
彼の耳に聞こえるか聞こえないか、その感想は小さく私の口からこぼれた。それと同時にヒューと少し離れたところで花火が上がる音が聞こえる。思わず聞こえた方向を向いて空を見上げたけれど、水滴のような何かで視界がボヤけてよく分からない。沢山の花火が目元で反射してキラキラと万華鏡のように彩やかに咲いていた。
「ナマエちゃん」
ふいに名前を呼ばれたかと思って彼の方を向いた瞬間、彼の腕が伸びてきてそのまま私は腕の中へ収められた。
「ごめんね、生きてた」
私の耳元で囁かれる声は、温かくて優しくて、私を安心させる。意外な言葉に驚いて、私は少しだけ目を見開いた。それと同時に目頭が熱くなって涙が頬を伝い、胸の中の何かが小さく呻いた気がした。
(なんで私、泣いて…)
嬉しいのか、悔しいのか、自分ではよくわからないモヤモヤとした涙が瞳の中から消えずにいる。こんなもの拭ってしまおうと手を動かした途端、フーッと耳に息を吹きかけられた。
「やっ………ちょっと!」
「あーあ、また泣かせちゃった。それとも怒ってる?」
いつものようにイタズラっぽい表情で覗き込む彼に、反発するように睨み顔を向ける。それでも彼は何度も角度を変えてはニヤリと笑って私の顔を見つめてきた。腹立たしくて距離を取ろうと両手を前に彼の胸を押してみるけれど、いつの間にか彼の手は私の腰にあり、私が逃げられない程度にやんわりとホールドしている。
「怒ってます。てゆうか、離してください」
「どうして?」
「…花火が見えないからです」
この涙を拭わなければ、花火がちゃんと見えない。そのためには、彼と距離を取らなければ、また泣いてしまう気がして。
「見えるよ。ほら、君の瞳の中でキラキラ反射して」
そう言って彼は私の涙を指で掬い私に見せびらかした。少しだけ彼の指に乗っている水滴にも、私の目元と同様に空に上がる花火が反射して映っている。それを彼と二人、至近距離で見つめて、どうしてか”綺麗だなぁ”なんて感想が出てきてしまうのは、私が今の状況に絆されているからなのかもしれないと思って冷静さを保った。それなのに…
「やっと一緒に見れたね、花火」
今度は珍しく嬉しそうな笑顔を見せてくるもんだから、私は口を噤むしかなくなってしまう。

また私は、そんな彼に魅せられて
何度も反射して屈折を繰り返しても
その姿が素敵だから
同じ万華鏡を見続ける

「あれ?どうしたの、そんなに顔赤くして。もしかして暑い?それとも…」
「…ビール」
「え?」
「たこ焼きじゃなくて、ビールがいいです」
ゴシゴシと両手で涙を拭いながら、要望を述べた。私の様子に驚いて、彼は一瞬キョトンとした顔をしたけれど、すぐに笑い出して「いいよ」といつもの軽い返事が返ってくる。そして顔を拭ったばかりの私の手を取って、勝手に繋ぎ始めた。
「そんなに擦ったら、せっかく可愛くした顔が台無しだよ?まあ、俺はすっぴんも可愛いと思うけどね」
「もういいんです。帰るだけですから。それより、私のすっぴんなんて見たことないですよね」
いつも通りのからかいに文句を言いながら、来た道を戻るように進んだ。手は繋がれたままだけれど、離すのも今は難しいから諦めた。段々と花火の音が小さくなっていくのを感じつつ、私たちは一足先に帰路につくのだった。



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