スタマイ*短編 | ナノ

青山樹『Blue wedding』前編

カードSSR青山樹『純白を抱く』の絵柄より
料理が下手な恋人

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ベールが外されて、彼に見つめられる。
白いタキシードを身に纏った彼は、優しく微笑みながら私の頬に触れた。
「本当に、最後のキスにならなくてよかった」
彼の問いかけにホッとした気持ちで、「そうだね」と返事をする。
「それでは、誓いのキスを」
神父さんの声が静かにチャペルに響き渡る。彼はそれを合図にもう少し私に近づいて、そっと囁いた。
「ナマエ、愛してる」
屈んで私の耳元に愛を囁く彼に「私も」と返事をする。そして彼は私に愛の口付けを交わすのだった。



「おかえり、樹」
私は仕事から帰ってきた彼を笑顔で出迎える。昨日、恋人の樹の家に引っ越してきた私は、これから毎日、彼の妻としてこうやって出迎えるだろう。
「ただいま。悪い、遅くなった」
「ううん、そうだろうと思ったから、今夕飯作り始めたところ」
そう言って私は、身に着けているエプロンの裾を持って、スカートのように広げて見せる。それを見て彼は、なぜかそこに立ち尽くしてじっと私を見続けた。
「な、なに?どうしたの?」
「いや…いいなと思って」
「え?」
「俺の嫁さんって感じがするなと思った」
少し照れくさそうに笑いながら、彼は私を抱き寄せようとする。その表情につられて、ちょっとだけ私も照れくさく感じながら、自然と彼の背中に腕を回そうとした。けれど、触れるか触れないかの位置でピタリと彼は止まり、眉をひそめて後ずさる。
「いや、お前に触れるのはちゃんと手洗いうがいをしてからだな」
「ふふ、そうだね。お風呂沸いてるから、先に入っちゃえば?」
「ああ、そうする」
こういう時、今までは”せっかくいい雰囲気だったのに”って思っていたけれど、今はこれでも幸せに感じる。後でたくさんイチャイチャしようとか、前向きに考えられるようになったし、彼の性格もちゃんと分かってるつもり。これからは、毎日樹と一緒に寝て起きて、たくさんの時間を暮らしていく。そう考えると、こういう時間もあってもいいよねって思えた。彼が一緒に居てくれること、それだけで幸せ。
(お風呂入ってる間にご飯作っちゃおう!)
明日は結婚式を挙げる。そしてその後、区役所へ婚姻届を提出して、私たちは正式に夫婦になる。今から楽しみで仕方ない気持ちをギューッと胸に留めて、婚約指輪を見つめていることが多くなった。よくプロポーズを思い出しては彼の顔を見つめて、視線を感じた彼に「なんだ」って聞かれる。そのキリッとした顔がまた良くて「好きだなぁって」と答えると「俺もだ」って言ってくれる。我ながらデレデレな同棲生活を送っているなと思うけれど、今は幸せすぎて無理なんですって言い訳にもならない自問自答を繰り返していた。
「はい、誓います!」
先日の結婚式のリハーサルで、一連の流れと神父さんの言葉をボイスレコーダーに録音している。私の最近の日課はこれを聞きながら、流れを覚えて返事の練習をすることだ。楽しみな気持ちが拗れるとこんなことになる。今までこんなに勉強したりすることなかったんだけどなと思いつつも、ボイスレコーダーで自主練するのが楽しくてやめられないでいた。
「お前、そんなの録音してたのか」
「あ、樹。もうあがったの?」
彼はいつの間にかお風呂からあがったようで、髪をタオルで拭きながら冷蔵庫開けた。
「そんなに難しい流れじゃないだろ。誓いの言葉でしか、特に喋ることもないし」
「ダメなの。本番で緊張しちゃうから、しっかり返事できるように慣れておかないと。イメトレは大事!」
「イメトレか。まあ一理あるな」
彼は話しながら冷蔵庫からいくつか食材を取り出して、何故か私の隣で調理を始めた。
「え、ちょっと私ちゃんとご飯作ったけど」
「焦げてんだろ。エプロンを着けたのはいいが、お前はまだ一人で料理するなって言っただろ?」
「う…そうだけど、樹に手料理食べてもらいたいし」
「修行僧の身で勝手に進めるな。サラダだけにしろ」
そう、何を隠そう私は料理ができなかった。彼と付き合うことになったのもお料理教室に通って出会ったのがきっかけで、それでも上達しない私の新たなお料理の先生になってくれたのが樹だったり。
(花婿に花嫁修業の監督をしてもらうっていうね。笑えない)
少し残念な気持ちになりつつも、フライパンの上にあるハンバーグっぽい黒い塊を片付けようとする。けれど何故か、「ちょっと待て」と彼に止められた。見上げると真剣な顔で調理をしながら、私に忠告する。
「料理は見た目も大事だが、一番は味だ。味見して評価してやるから、それは捨てるなよ」
「え…食べてくれるの?」
「味見だけどな」
言い方はお説教のようだけれど、彼の言葉から優しさが伝わって思わず頬が緩む。味見だとしても、彼が私の作ったものを食べてくれるのが嬉しくて、私は丁寧にお皿に盛り付けた。
「ねぇ、樹」
「なんだ?」
テーブルに出来たものを順番に運びながら彼に話しかける。
「ドレスさ、買ったけど1回しか着ないから、どうしたらいい?」
「別に好きな時に着ればいいだろ」
「好きな時ってそんな普段着みたいには無理だよ」
料理をしながら話を聞いてくれる彼は、少し考えてから火を止めて出来た料理を盛り付ける。完成したものを私がまたテーブルに運び終えると、彼はエプロンを外しながらキッチンを掃除し始め、徐ろに口を開いた。
「なら、毎回結婚式挙げるか」
「え?」
「銀婚式とか金婚式とか、節目の年にもう一回結婚式挙げて、そのときに着たらいい」
予想外な彼の発想に驚きはしたものの、私は嬉しくて彼の背中に抱きついた。
「私、頑張って体型維持するね」
「じゃあ俺は維持できるように、究極のヘルシーメニューを考える」
彼と選んだドレスが何度も着れるなんて、なんて幸せなんだろうか。こんなに幸せでいいのだろうかと思えるくらい幸福感に満たされていた。

そして幸せ絶好調の中、私たちは結婚式当日を迎えた。

早朝からホテルに入り、出勤と変わらない時間に式の準備が始まる。リハーサルと打ち合わせは数日前に済ませて、あとはドレスを着て本番を待つのみではあるけれど。
(それにしても早いね?)
控え室で樹を見ると、もうタキシードを着ている。式の時間までまだ2時間もあるのに、彼はたまにこうやってせっかちな時がある。
「早くない?」
「そうか?お前だって、もうヘアメイクするだろ?」
「そうだけど、花婿さんはお化粧するわけじゃないんだから」
姿見の前で服装を整える彼は、いつも以上に真剣な顔で丁寧に襟元や装飾を整えていく。色んな角度から自分の姿を確認しているのが面白くて、思わず笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「うふふ、なんでもない」
白いタキシード、彼の瞳の色に合わせてベストと襟の内側は淡いブルーに。雨があがった空のような色の蝶ネクタイとゴールドの燕の形をしたブローチをつけて、彼は鏡と向かい合う。こんなに完璧な人間はいないのではないかと思うくらい、完璧に似合っていて、カッコ良くて仕方ない。鏡越しではなく、こっちを向いて欲しいと思って、私は彼のすぐ傍まで寄った。そして気づく。
「樹、蝶ネクタイ少しズレてる」
「ん、本当か。直せるか?」
嘘をついた。彼はいつも完璧だ。蝶ネクタイがズレるわけがない。ただ、こっちを向いてほしくて、こうやって、蝶ネクタイを直すふりをして近くへ。
「…え!?」
急に額に柔らかい感触が走る。思わず蝶ネクタイを結ぶ手を離し、ゆっくり顔をあげる。同時に彼に肩をやんわりと掴まれて、予告を受けた。
「やっぱり口にするか」
「ぁ…」
突然のことで何もできず、目を開けたまま口付けられる。角度を変えたタイミングで私もそっと目を閉じた。
「ん…」
長いのに苦しくない。深いのにしつこくない。丁寧で軽やかで、優しくてほんのり甘いキス。
(ああ、幸せだなぁ)
こんなにも彼はキスが上手だっただろうか。いや、そんなことない。なんでも完璧だった彼は、確かに上手にキスをする人だった。けれど、満足いかないのか付き合い始めは不安定で、私の好きなキスを探していた時期もあった気がする。懐かしいなぁと思いながらも、今の彼のキスはとてもなんだか…
(なんか、安心する)
満たされる感覚に溺れてしまいそうになる、温かいキスだ。
「最後のキス」
「…は?」
ゆっくりと唇を離して、ふと思ったことを小さな声で呟く。
「恋人としての最後のキス。結婚式の途中の誓いのキスは、お嫁さんとしてのキス。それ以降は、妻としてのキス」
「嫁と妻って同じだろ」
馬鹿みたいなことを言う私に、彼は少し呆れながら笑って答える。そして、「ほんと馬鹿で可愛いな」ってポンポンと私の頭を撫でるんだ。
(もうすぐ、樹のお嫁さんになれる)
改めて意識すると少しずつ胸が高鳴る感じがして、顔の緩みが止まらない。側のトルソーにかけられたドレスを見て、もう一度幸せを噛み締める。このドレスを着てバージンロードを歩く自分を想像すると緊張してきた。
「ちょっと外に飲み物買ってくるね」
ドレスを見て、カッコよすぎる彼を見ているとますます緊張してしまうので、ちょっとだけ外の空気を吸いに行こうと思って告げる。
「は?いや、お前はもう準備始めないと。飲み物くらい頼めば出してもらえるだろ?」
「大丈夫、時間までに戻ってくるから」
「ちょっと待て、俺も一緒に行く」
「ダメ。樹はもう着替えちゃったから」
時間のことを考えて、私はお財布とスマホを片手に控え室のドアを開けた。
「樹の分もいつも飲んでるコーヒー買ってくるね」
出る直前、そう言って彼に手を振った。
式場の外壁に沿って並ぶ自販機で、目当ての飲み物を二人分買って振り返ると道路の向こうに美しい海岸が広がっていた。そういえば、二人でこだわってこの海が見える式場を選んだことを思い出す。今朝はバタバタしていたせいで景色を写真に収めることすら忘れていた。
(後で樹と写真撮らせてもらおう)
そう思って一先ず景色だけスマホで写真を撮る。しかし、日陰になっているここでは映りが悪く、私は道路を渡って反対車線側の歩道から青い海を撮ろうと歩き出した。数歩歩いて日陰から出た瞬間、太陽の眩しい光が視界を直撃して思わず足を止める。
(今日、すごい天気いいなぁ。結婚式、今日にして良かった)
そんなことを思いながら、私は淡い青色の空を見上げていた。
そう、私は道路の真ん中で…

あのとき、
ちゃんと彼の言うことを聞いていればよかったと

そう思ったのは、結婚式の日が終わったあとだった。


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