スタマイ*短編 | ナノ

九条壮馬『星空の下で』

とある企業の役員
九条の務める会社主催の社交パーティーにて

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ここなら大丈夫だろうと辺りを見回してから、私はバルコニーの窓を開ける。その途端、少しばかり冷たい風がふわっと室内に入ってくるが、私は急いで外側に出て窓を閉めた。
「はぁ、疲れた」
会社の指示で参加した社交パーティー。蓋を開けてみればちょっと上流企業の人やセレブがちらほらいる大規模な合コンのようなものだった。お陰様で、お偉いおじさま達よりは若い私は、少しだけ普段より声をかけられる回数が多く、気がつくと輪の中心にいた。
(もう二度と来たくない)
立食パーティーのくせにあんなに1箇所に人が集まるものだろうか。何か演説をしていたわけでもない上に、上司の代理で来たようなものだから、ビジネスの話もちゃんとできない私に構ってくるってことは、もう若さが原因としか思えない。もっと綺麗で美人で上品な女性はいたのに。
(さっきの人とか優しかったし)
化粧室に行くと言って慌てて輪から抜け出したときに、とっても綺麗な女性にぶつかりそうになった。謝ってくれた上に私のつけまつ毛が少し剥がれそうだとこっそり教えてくれた。上品で優しくて、ドレスも髪型もメイクも気品溢れる感じのまるでお姫様のような人だった。上司から「彼氏できるといいね」なんて言われて参加したパーティーだったけれど、素敵な女性を見れて心が洗われた。
(彼氏の前に、まずは自分磨きからかな)
そんなことを思いながら空を見上げる。深い藍色のキャンバスに星々がキラキラと輝く様子がよく観える快晴の夜空は、なんとなくロマンチックな雰囲気が漂っていた。豪華な会場で開かれた煌びやかなパーティー。きっと、こんな夜は一人じゃなくて、素敵な紳士と一緒にこうやってバルコニーに出て、二人きりで星空を眺めるのが正解なんだろうと妄想が膨らむくらい綺麗な景色にうっとりする。同時に自分が情けなくてため息が出た。
(もう、帰ろうかな)
もう一度ため息をついて窓の方を向いた。彼氏も出来なさそうだし、家に帰ってゆっくり休もうと思ったとき…
「おっと失礼。まさか先約がいるとは」
窓が開いて現れたのは、明らかに上場企業のセレブ層におられるであろう気品溢れる金髪のイケメン紳士だった。彼は私に気を遣ってか、そそくさと閉じた窓をまた開けて部屋に戻ろうとする。
「あ、すみません。丁度帰ろうかと思っていましたので、もし良ければどうぞ」
「そうでしたか。しかしせっかくのパーティーです、帰ってしまうのは勿体ない。もし良ければ少しばかりご一緒していただけないだろうか?」
「…へ?」
突然の誘いに間抜けな声を出してしまった。さっき室内で話していたお偉いおじさま達と違って若い彼は、とても穏やかに優しく私に微笑んでいる。その落ち着いた雰囲気から、この人は悪い人じゃないだろうと私は二つ返事で誘いを受けた。
「休憩にと思って来たのですが、やはりワインを持ってくるべきだったな。貴方がいるとわかっていれば…」
「い、いえ、そんなお気遣いなく。酔い醒ましに出てきたようなものだったので」
バルコニーの手摺りに腕を置いて二人で並ぶ。さっき思い浮かべていた情景が、まさかこんなに早く叶うとは思いもせず戸惑ってしまう。この男性はどこの誰だろうと確認しようと彼の顔をそっと見ると、気づいたようですぐさま目が合い、ニコリと微笑まれる。
(やばい…かっこいい…!)
改めて見てもその笑顔にドキッと心臓が高鳴る。誰が見ても恥ずかしがっているのがわかるくらい、私は焦って視線を空へ向けた。
「こんなに綺麗な星空を貴方のような素敵な女性と観るのなら、酒の一つでも交わしたいと思ったのだが、そういうことなら遠慮しておきましょう」
「あはは、ご冗談でも、褒めてくださってありがとうございます。ご期待に添えなくて申し訳ございません」
「冗談でこんなことは言いませんよ。窓を開けて驚きました、星空の下に可憐な妖精がいると」
ダイレクトな褒め言葉を躱すつもりで返事をしたけれど返り討ちに合う。通販で購入したドレスを着て付け焼き刃のアクセサリーとメイクでここに来たとは到底言えず、彼が上品に褒めてくださって申し訳なさと恥ずかしさが募る。小さな声で「そんなことないです」と謙遜すると、そっと微笑まれ顔が火照るのを感じた。
「それで、帰ると言ってましたが、もう酔いは醒めましたか?」
「え、あっはい!外が涼しかったので、もうすっかり…あ!」
慌てて返事をするも、段々と緊張してきたせいで自分が何を言ったのか頭から抜けていく。焦って反射的に距離をとってしまい、肩にかけていたストールを落としてしまった。
「私が拾おう」
ストールを拾おうと屈んだ瞬間、彼に先を越されて地面からスッとストールが抜き取られる。そしてすぐ返してくれるのかと思いきや、何故か彼はストールを畳み、私の手に握らされた。そのまま彼は「失礼」と私の肩にそっと触れた。
「確かに、随分と過ごしやすい気候になったと私も思います。今日は雲一つない快晴で星も綺麗だ」
「そうですね。星空が素敵で、つい魅入っていました」
「けれど、夜はやはり少し肌寒いでしょう。長居したのでは?体が冷たくなっている」
彼はそう言って私の背後に回り、自分が着ていたジャケットをかけてくれた。一見華奢な男性ではあったけれど、やはり男物のジャケットなだけあって、お尻辺りまですっぽり収まり寒さが緩和される。同時に上品な香水の香りがふわりと漂い、ちょっとだけ心が癒された。
「腰のリボンが切られている」
「…え?」
突如背後から耳元に不審な言葉が告げられる。驚いて少し振り向くと、心配そうな表情で彼が私を見ていた。
「貴方がここに来る途中でぶつかりそうになった女性。貴方目掛けて一直線に歩いていた」
「…どういう、ことですか?」
意味深な言い方をする彼に恐る恐る詳細を尋ねる。彼は真剣な顔で私と向かい合い、ジャケットに袖を通すように私に指示しながら話を続けた。
「おそらく、貴方はあの女性に狙われていた。事情はわからないが、あの女性とは知り合いでは?」
「いいえ、私は今回初めてこのパーティーに参加しましたので。それに、たまたまぶつかってしまっただけで、何もされていませんし」
「では、そのリボンは最初からそういうデザインだったと?」
「そういうわけでは…」
ジャケットのボタンを留められ、完全に着せられている状態になった。きっと、ドレスが落ちてしまうことを心配して彼は着せてくれたのだろう。首のリボンが解けない限りはずり落ちたりはしないけれど、万が一はある。
「彼女は、会場の中心にいた貴方を辱めたかったのでしょう。見かけない顔の女性が一人でいたら、男たちは我先にと群がる。まだ何も知らない人間を取り込むのは容易い。そういうものでしょう」
「まだ何も知らない…?」
「貴方はもう少し、人を疑った方がいい。人は見かけによらず、利己的で自信過剰、そして嫉妬深く独占欲が強い。少なくともこの会場にいる人間にはそういった者が多い」
彼の話を聞いていると、どうやら私は格好の餌食のようだったらしい。それが女としてなのか、ビジネスのことも含めてなのか、私には難しいことはわからないけれど、少なくとも”彼氏ほしい”なんて気持ちで来るような場所ではなかったのだと思い知らされる。
(私、何も知らなすぎたのかも)
現状にうなだれて視線を下げていると、視界に彼の手が現れた。その手は徐ろに私の頬へ伸びていき、触れる一歩手前で止まる。
「まあ、私もその一人…とも言えなくはないが」
彼は静かにそう言うと、私のくるりた巻いた髪を指で掬いあげてそっとキスを落とし、私に視線を送ってきた。驚いてつい彼の行動を目で追ってしまい、そのまま彼と目が合う。私の髪から唇を離した瞬間、優しい表情でふわりと微笑む彼に、鼓動がドキッと鳴り響くような気がした。
「ん?頬が赤い。もしやまだ酔いが醒めていないのでは?」
「い、いえ、大丈夫です!」
慌てる心を落ち着けようと胸に手を当てて半歩後ろに退く。不自然でないようにもう一度手摺りに手を置いて、星空を見上げた。
「この景色が気に入ったのなら、また来るといい」
「え?」
「先程は、色々と不安にさせるようなことを言ってしまいましたが、パーティー自体はよくある社交パーティーにすぎない。少しだけ注意を払って、参加してもらいたいだけだ」
そう話しながらまた星空を眺める彼は、どこか寂しそうな表情をしている。そして、言い終えると窓の方へ歩き始めた。
「待ってください。もしかして貴方は、私の事情を全部承知の上で、この星空の下へ出てこられたのでしょうか?」
彼はこのドレスのことにいつから気づいていたのだろう。気づいていても、この場でこんなに優しくしてくれるものなのだろうか。私を…
(どうして私を助けてくれたの?)
私に対する彼の行動に疑問を覚え、思わず引き止めてしまった。
「フッ、それは…貴方の想像にお任せしましょう。さあ、ご自宅まで送ります。お手をどうぞ」
振り返る彼は、先程とは違う上品で紳士的で社交辞令のような、それでいてどこか不敵に微笑んだ。それを見て「人を疑え」とさっき言った彼の言葉を思い出す。
(この人を信じてもいいのかな…)
その笑顔が何を意味するのか、まだ私にはわからない。けれど、袖を通したこのジャケットからは確かな温かさを感じる。

(どうか…この出会いが、良いものでありますように)

流れ星ではないけれど、ロマンチックな星空の下で、
私は中途半端に伸ばしたままの手を、
改めてゆっくりと、彼の差し出す手の上に乗せるのだった。



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