スタマイ*短編 | ナノ

神楽亜貴『子供じゃない』

神楽の職場のアシスタント
無意識に両片想い

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建物の閉店に合わせて、締め作業を行う。レジ業務なんて全くしたことのない僕にとっては、計算するのが精一杯。子供の日を含めたゴールデンウィーク限定、子供服のみの出店販売。企画としては大成功だったけれど、慣れないことはするもんじゃない、やっぱりレジスタッフを雇えばよかったと初日を終えてため息をついた。
「亜貴さん、お疲れ様です。大丈夫ですか?」
アシスタントの彼女は僕の疲れた表情を見てか、心配の言葉をかけてくれる。同時に売り場に設置していたウォーターサーバーの水が僕が作業するテーブルに置かれた。
「うん、あとこれ計算したら終わり。ねぇ、マシュマロ持ってないよね?」
「マシュマロ…ですか?」
「マシュマロ食べたい気分なんだよね。まあ、普通持ってないと思うけど」
ダメ元で聞いてみた分、期待はしていない。ただ、今日はあまりにも疲れたので、そろそろ糖分がほしくなってきたところではあった。いつもなら作業場に多少のお菓子はあるけれど、生憎持ち歩いてはおらず、お腹の虫を悩ませる。
(マシュマロ。マシュマロがいい)
甘いものならなんでもいいと思っていたけれど、一度好きな物のことを考えてしまうとそれがいいと、それじゃなきゃ嫌だと思ってしまうのが、僕の悪い癖ではある。
「どうぞ」
諦めて水を飲んだあとため息をつくと、彼女が何か差し出してきた。個包装された、白くて柔らかそうな一口サイズのそれが、僕の望んでいたものなのは明白だけれど、なぜ彼女がそれを持っているのか意味がわからない。
「なに、それ?」
「マシュマロ、です」
「それは見ればわかるでしょ。じゃなくて、なんで持ってるの?」
「え…?仕事のときはいつも持ち歩いてますよ」
まるで当たり前のように答える彼女は、なぜか嬉しそうにして、僕の目の前のテーブルにマシュマロを置いた。彼女の持っている袋を見ると開封したばかりのようで、他にも違う色のマシュマロがたくさん入っている。一先ずテーブルに置かれたマシュマロを食べた。
(美味しい…!やっぱり疲れてる時はマシュマロが一番かな)
あまりの美味しさに頬が緩む。もう一つ欲しくなって思わず勝手に彼女が持っている袋に手が伸びたけれど、お礼を言っていないことに気がついて手を止めた。
「…ありがと。ねぇ、他の色は味が違うの?」
「あ、はい。ピンクはイチゴ、青はラムネ、黄色はレモン、緑はメロンです。白は…ふふふ」
話している途中で彼女が突然笑い出して顔を逸らした。何が可笑しいのか気になり、僕は座ったまま彼女を見上げる。
「なに?」
「すみません、なんか…ふふっ…亜貴さん、子供っぽいなって」
「…は?どこが?なにが?」
普段こんなに笑うことがない彼女は、何がツボに入ったのか珍しくニコニコと僕を見る。そして口元に手を当てて、控えめに話し始めた。
「なんていうか、本当にマシュマロお好きなんですね。すごく美味しそうな表情されていたので、つい微笑ましくて」
「し、仕方ないでしょ、好きな食べ物なんだから」
彼女に予想外なことを言われ、少し食い気味に弁解をする。そんなに子供っぽい顔をしていただろうかと、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
「…もう一個、欲しいんだけど」
「はい、お好きな味をどうぞ」
そのまま、好きな食べ物を理由にもう一つ催促する。彼女はすぐに袋を僕に差し出し、また嬉しそうに僕を見ていた。
(また子供っぽい顔になってるってこと?)
少しだけ迷ってから袋の中に手を入れる。その様子を相変わらずの表情で見つめられて、ちょっとだけ悔しくなった。だから、僕も反撃の意を示して彼女の視線に目を合わせる。
「そういう君だって、さっきまで子供と一緒に店内ではしゃいでたでしょ」
「えっ!?そんなにはしゃいでたつもりはなかったんですけど」
驚いた顔になる彼女を追い詰めるつもりはないけれど、ちょっとだけ、ちょっとだけ仕返ししてやったり。でも別に嘘ではない。本当に彼女は来店した子供のお客様と楽しそうに限定新作を見回って案内していた。まるで自分が着るかのように、夢と希望に満ちた瞳をキラキラと光らせて。子供じゃないのに。
(あの時も…ううん、あの時から)
初めて会ったときにもそうだった。そんな風に目をキラキラさせて、作業場のトルソーに着せてある僕の作った服を見ていく姿がまるで、子供の様で可愛らしくて。仕事の合間に彼女の笑顔を見かけると思い出す。
(可愛いというより、僕の理想に近いかな)
「まぁ、いいんじゃない?そういう童心にかえるみたいなの。子供の目線になって物を見るってことは、子供を笑顔にするために必要なことだと思うし。子供服を作るならそれは大事なこと」
お客様を笑顔にする。それが子供だろうと何だろうと、お客様に喜んでもらうのが、僕の作品を作るにあたっての理想の一つ。頭の中で今日の出来事を振り返りながらそんなことを思った。
「お恥ずかしながら、完全に子供心に戻っていました。亜貴さんの作品、どれも可愛らしくて、すごく好きで」
「いいよ別に、今そんなこと言わなくても、見てればわかるから」
「え?」
「だから、君の顔見てればわかるから」
また少し恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、僕は差し出されたままのマシュマロをもう2つ掴み取る。そしてすぐに頬張って彼女から目を逸らした。
(これじゃあ、まるで僕がミョウジのことずっと見てるみたいじゃん)
そう思いつつ、すぐに自分の中で”まあ、そうなんだけど”と返答が返ってくる。思えばずっと、無意識に彼女の顔をよく見ていた気がしてきた。彼女に出会ったあの時から。
「帰るよ」
「え、帰るんですか?」
「これ終わらせて早く帰るよ」
こんなことで照れてしまう自分が子供っぽくて情けなくなる。でも、子供じゃないところ見せてあげないと、また笑われてしまうだろうから。
「それから、食事付き合ってよ」
(マシュマロほどじゃないけど)
彼女の笑顔に、人生救われてるところはあるから。お礼も込めて、僕はもう一度、彼女に目線を合わせるのだった。


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