スタマイ*短編 | ナノ

宮瀬豪『cleaning』

恋人 友達が男女共に多い
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今年ももう、あと数日で終わる。九条家でも、地味にちょこちょこ大掃除を始めたけれど、きっと終わるのは今年もギリギリだろうなと思いながら、気分転換に休暇を一日もらって彼女の家に来ていた。
「ごめんね豪さん、手伝わせちゃって」
「気にしなくて大丈夫ですよ。仕事柄こういうのは得意だから」
申し訳なさそうに謝る彼女に優しく微笑んで見せる。正直ゆっくりしようと思っていたけれど、こんな時期に押し掛けた俺も悪い、彼女の家では絶賛大掃除中で、それを手伝うことになってしまった。
「ありがとう。でもこれで大体は片付いたから、休憩しよ?今お茶淹れるね」
ニコッと笑って彼女は台所へ行ってしまった。いつもなら手伝ってお茶を淹れるけれど、今日はせっかくの休暇だから大人しく待っていようと思う。彼女の淹れるお茶は好きだし。
(夕飯、どうしようかな)
窓の外を見ると既に陽が沈んで暗くなっていた。今から外食にするか、何かあるもので作るか、彼女はどっちがいいだろうかと悩みつつ、何か買ってきて食べるのが一番楽だなと結論に至る。それなら先にお風呂を沸かして…と思っているとテーブルに置いたままの彼女のスマホが震えて画面に通話のマークと相手の名前が表示された。
(男の名前…しかも呼び捨て)
彼女には弟がいただろうかとまずは疑った。けれど、さっき片付けを手伝ったときに、家族写真が出てきたがそんな様子はなかった。とすると、今このスマホに映っている名前の人物は、余程親しい友人なんだろう。
(友人…か。年末に何の用なんだろう)
なんとなく嫌な予感がするそのスマホを手に取るが、震えが止まらない。本人は今、俺のためにお茶を淹れてくれていて、お湯が沸かないのか戻って来る様子は見受けられなかった。
(長いな)
しつこく鳴り止まない震えに嫌気がさして、切ろうとボタンを押す。必要な用事ならLIMEをすればいい。切ってしまえば、今は出られないんだろうと相手もわかるだろう。そう思って押したのに、なぜか…スマホから声が聞こえてきた。
『もしもーし、ナマエ!』
「…!?」
どうやら間違えて通話ボタンを押してしまったらしい。仕方なく彼女のスマホを耳にあて、俺は廊下に出た。
『この間クリスマスにみんなで行った店、気に入ってくれたみたいだからもう一回行こうかと思ってさ。今度は二人でどう?今から会える?』
「…」
いったいこの男は何を言っているのだろうか、と思いながら一方的に話す相手の話を聞く。クリスマスに彼女を誘ったらしく、調子に乗って年末まで一緒に過ごそうと言う。そういえば複数の友人とクリスマスパーティーがあると言っていて、当日は会えないと話をしたことを思い出した。だから今年のクリスマスは、イブに二人で過ごしていたんだけれど。
(なるほど、こいつはナマエさんを狙っているのか)
段々、まだペラペラとクリスマスパーティーの思い出を話す相手が憎くなってくる。この様子なら、パーティーの中、彼女にベタベタ触ったに違いない。友人と仲良くするのはいいけれど、この男は彼女のことが明らかに好きで、俺の知らないところでと思うと、本当に許せない。
『それでさ、あのとき』
「二度とかけてこないでくださいね」
耐えかねた俺は、優しく注意をして通話を切った。そしてすぐさま彼女のスマホの連絡帳を開き、今の相手含め不要な連絡先を削除する。これで一安心とはいかないが、きっとそのうち連絡帳に連絡先が入っていたことすら忘れるだろう。

必要ないものは消していこう。
年末だし、これも大掃除してしまえばいい。
(あなたに必要なのは…)
いつからだろうか、こんな感情を抱くようになったのは。

「豪さーん」
彼女のスマホを見つめていると、お湯が沸いたのかリビングから彼女の声が聞こえた。俺は、スマホをズボンの後ろポケットにしまい、リビングのドアを開けた。
「すみません、トイレに行ってました」
「あ、そうだったの?お茶淹れたよ!お菓子も見つけたの」
そう言いながら彼女はテーブルにお茶とお菓子を並べ、ソファに座った。俺も隣に座ってお茶とお菓子に手をつけ始める。
「はぁ〜、疲れた体にお茶が染みる」
昨日まで仕事で彼女も疲れていたのだろう。このままこうやって二人でまったりしていると眠ってしまいそうだと思いつつ、彼女のあいた右手に自分の左手を重ねる。
(いや…俺に必要なのは)
「ナマエさん、これを飲んだら、一緒にお風呂に入りましょう」
「え!?なんで、急に?」
俺の唐突な提案に彼女はお茶を零しそうになる。けれど、彼女の体が汚れていないか確認を…いや、汚れを落とさないといけないから俺は手を止めることなく彼女に迫った。
「あなたの、綺麗な裸を見たいなと思って」
目を合わせてそう言うと、彼女は段々と頬を赤くし始めて、口元を隠すように身構える。こんなことで動揺してもらえるなんて、彼女はそんなに初だっただろうか。いや、そんな人はクリスマスに男と遊んだりしない。
「冗談です。フフ」
(俺以外の男が触るなんて有り得ない)
俺の言葉に少し安堵した様子を見せる彼女の頬に手を添えて、軽くキスを交わす。彼女を俺の動きに合わせて目を閉じてキスに答えてくれた。そのまま抱きしめて顔を違え、俺は彼女の耳元で呟く。
「でも、今日、ここに泊めて」
耳を舌で舐めると、一瞬彼女は体をビクッと震わせる。

可愛くて愛しい彼女
この世界には俺と彼女の二人だけ
そうでありたいのに

必要ないものは消していこう
全部、大掃除してしまえばいい
あなたに必要なのは 俺だけ
そうでしょう?

(ああ、今すぐこのスマホをぶち壊したい)

心の中で後ろポケットにしまった彼女のスマホに悪態をつく。
気がつくと、悩ましい声で小さく俺の名前を呼ぶ彼女を強く抱きしめていた。
別に彼女は悪くない。
ただ

ただ、
俺の心がどんどん汚れていくだけ
それだけ

(あなたが、俺の心を綺麗にしてくれませんか?)

そう問いながら、俺は彼女を抱きしめ続けるのだった。



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