スタマイ*短編 | ナノ

菅野夏樹『スノーマジック』

恋人 時間が合わなくてあまり会えない
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寒いと思ったらやっぱり。
食事を終えて帰ろうと店を出ると、一気に体温を奪われ身震いする。
「あー寒い」
隣に立つ彼も同じように震え、顔を歪めた。二人とも眉間にしわを寄せて、お互いに指でそのしわを伸ばす。”怒っちゃ嫌ぁ”と私達の間で喧嘩したときによくやることだ。
「どうしよう、降り始めたばっかりみたいだね」
「うーん。走って帰るか、そこのラブホに入るか」
そう言ってニコニコと笑顔で答える彼にはもう慣れているけれど、休憩でホテルに入ったところで終電はなくなるだろうし、余計に帰りにくくなりそうだった。
「もう、疲れた?俺はもうちょっと一緒にいたいけど」
「疲れてはいないけど、電車逃しそうだから」
「確かに」
暗闇に、ふわふわと浮かぶようにゆっくり降りてくる白いそれを、レストランの入口の屋根の下で見つめる。寒いので早く帰りたいのに、生憎、傘はない。きっと触れると冷たくてすぐに手が真っ赤に焼けてしまうだろうと思えるくらい、気温は低く、白いそれは粒が大きめだった。
「フードついてるじゃん」
「あ、そうだっだ。夏樹も」
互いのコートについておるフードを被せ合う。これで大丈夫かは微妙だけれど、何もないよりはマシだなとまた空を見つめた。
「積もるかな?」
「かもなー。積もったら庁舎前の掃除させられそう」
「捜査一課なのに?」
「何も事件がなければ可能性はある。ま、蒼生さんに押し付ければいっか」
捜査一課。彼はこの国の国民を守るヒーロー。お仕事が忙しくてなかなか会えないけど、頑張っているのだから、応援するしか私にはできない。今日ももっと一緒にいてあげたいけど、明日も彼は仕事。きっと事件解決のために駆け回るのだろう。
(風邪とか引かせられないよね)
こういう時はどっちが正解なのか悩んでしまう。一緒にいたいけど明日があるし、でもたまの休日くらい彼を癒してあげたいし、早く帰ってゆっくり休んでもらった方がいいような気もするし。考えてはまた眉間にしわが寄る。彼はどう思ってるのか気になり、困った表情のまま彼を見た。
「お前が風邪引く前に帰るかー」
私の眉間のしわを伸ばす彼は、どこか寂しそうで、それでも優しく笑顔を作って私に手を差し伸べる。その大きな手に私はしがみつく様に自分の手を重ねた。
「あ、でも俺が風邪引いて熱出たら、今日泊まって看病してくれる?」
「ふふ、何それ?…でも手、熱いね」
「じゃあ熱あるかもなー。今すっごいテンション上がってるし」
前にも職場でそんなことがあったと話しながら二人で駅へ向かう。確かに、今日はいつも以上に元気で、ヒーローショー行って、ショッピングモールでセール品に群がる人の中を掻き分けて買い物して、迷子の子供のお母さん探して、ひったくりを追いかけてっていうすごくアクティブなデートだったけれど。
「え、夏樹もしかして風邪引いてるの?」
自分で風邪を引いてることに気づかない彼が心配になって聞いてみた。でも彼はイタズラっぽく「どっちでしょー?」なんて言いながら笑っている。そんな彼に苦笑いで返すことしかできない私は、これでもそのちょっと呆れちゃうような態度が心地良いって思ってるの、彼はわかってるのかな。
「まぁ、テンション上がってるのはナマエとデートできたからだけど」
繋いでいた手をぎゅっとされて、嬉しくなる。油断しているとすぐに嬉しくなることを言って私を喜ばせる彼は、きっと私にとってもヒーローなんだなと最近は会う度に思ってしまう。周りに誰もいない信号待ちをいいことに、私もこの喜びを伝えようと彼の腕に抱きついた。
「風邪引いたら、ずっと一緒にいてあげる」
良いこと言えただろうか。私も彼のヒーローになれたらいいな…なんて子供っぽいかもしれないと心の中で笑う。
(帰りたくないな)
頬に冷たいものが落ちてくる。それと同時につま先がひんやりしてきた。思わず足元を見ると既に地面の7割は白くなっていて、足跡を残せるくらいに降ってきたもので埋め尽くされる。これはもう一度建物に入らないとずぶ濡れになりそうと思い、彼を見るとさっきまでの笑顔はなく、妙に冷静な顔で、寒いのか頬を少し染めていた。
「あーだめだ。家まで我慢できない」
彼が振り返った拍子に抱きついていた腕が離れる。信号が青に変わったのに彼は元の道を引き返すように歩き出した。
「え、どこ行くの?」
「ラブホ!」
「ちょっと声大きいって」
予想以上に大きな声での返答に、慌てて声を被せる。周りに人は特に見当たらないけれど、公衆の面前でその単語はやめてほしい。恥ずかしくなって動けないでいると「早く」と催促された。
「行かないの?なんかすげぇ降ってきたし、俺、ナマエとあったまりたいんだけど」
そんなことを言われると恥ずかしさは増すばかり。おかしい。いつものことなのに、今日は彼の言い回しや態度にドキドキして恥ずかしくなってしまう。それに、
(寒くなってきた…)
さっきまであった温もりがこの寒さのせいか一瞬で消えてしまい、私はまた体を震わせる。それを見かねてか、彼は私の元に戻り、ぎゅーっと私を抱きしめた。
「ほら早く行くぞー。いっぱいあっためてやるから、お前も俺のこといっぱいあっためてよ」
耳元で囁かれてまたドキッと胸が高鳴る。抱きしめてもらえるのが嬉しくて、私も彼の背中に腕を回した。そのまま顔を彼の胸に埋めるけれど、コートはびしょ濡れで冷たく感じる。
(でもいいか。これから温まるんだもん)
白くて冷たいこれがきっかけでくっついていられるなんて、最高の魔法だななんて、少しだけ頬が緩む。いつもよりちょっとだけテンションを上げて、私達はこのあとホテルのドアを開くのだった。



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