スタマイ*短編 | ナノ

早乙女郁人『Cotton candy girl』後編

大学生3年 たまに瀬尾研の手伝いをする
可愛ひかると友達

*****************************
そんなつもりじゃなかったの。気がつくと私は、森林公園に来ていて、一人とぼとぼ歩いている。この辺りは、屋台もほとんどなくて、人も少ない。所々にあるベンチにカップルや歩き疲れた親子なんかが座っているだけの静かな場所なせいか、人混みを抜けてやっと頭が冷静になる。
(どうしよう…)
彼には何も告げていない。 彼に持ち物を預けたまま、何も持たずにただ混雑するお祭りの道を掻き分けて、流れとは逆に進んできたため、スマホで連絡をとることもできない。

『可愛と一緒の方がアイツも楽しいと思いますし、そもそも俺なんかやめて、可愛と付き合えば…』

電話をしている彼の元へ戻ろうとしたときに、彼の口から聞こえた言葉。 その言葉を聞いて、彼に笑顔を向けられる自信がなかった。なんとなく、わかってはいたことだったけれど、本当に私と別れたいって彼が思っているとは思わなくて、なんだかんだ今日もお祭りデートを承諾してくれていたことに安心しきっていたところがある。
(今頃心配…なんてしてないよね…。あ、でも”迷子になるとかガキかよ”って怒られるかも)
そう思って少し笑えてきた。それと同時に頬に涙が流れる。ううん、涙ならさっきからずっと流れてる。暑くて熱い道を花火が見える川の方向とは逆に、彼から逃げるように、彼に私の今の顔を見られないように、途中転びそうになっても、帯が少し曲がっても、ひたすら涙を流しながら走った。
(もう…ダメなんだ)
心で言葉にすると、目からは水が溢れて止まない。
私は森林公園の道の真ん中で立ち止まり、無意識に空を見上げる。すっかり日も落ちて、真っ暗な夜空に星がキラキラと散りばめられて広がっている。所々に小さく浮かぶ雲が綿あめのようで、先程の彼とのやり取りを思い出した。
(綿あめ、一緒に食べたかったなぁ)
そして、また涙がこぼれた。
化粧はとっくに涙ぐちゃぐちゃになって、アイメイクが若干目に沁みる。走ってきたせいで、アップにしていた髪も落ちてきて、浴衣も着崩れて、本当に酷い格好になっていることが鏡を見なくてもわかった。
(あのね、郁人さん。私、今日郁人さんと久しぶりにデートできるの嬉しくて、一生懸命オシャレしたんだよ。ひかるくんに相談に乗ってもらって、郁人さんに釣り合う女になれるように、大人っぽい浴衣にして…)
目を閉じて、今、隣にいない彼に心の中で話しかけた。それには全く意味はなくて、それでも何か懺悔するかのように、心の中で話し続ける。
(ごめんね、私ちゃんと郁人さんのこと考えられてなかったのかも…)
気持ちを落ち着かせようと胸に手をあてたが、余計に心が締め付けられる感じがして、俯いた。足元を見ると、慣れない下駄で足の親指と人差し指の間が擦れて痛いことを思い出す。さらに昨日の夜に可愛く塗ったネイルも剥げていた。本当に情けない自分の姿に笑えてくる。けれど結局、もう一度彼の仕草や態度、言葉が頭の中を巡って涙が目を覆った。ついでに瀬尾研究室で過ごした彼との思い出も走馬灯の様に映り渡り、私に追い打ちをかける。私の一目惚れで始まったこの関係、そもそも彼が私を好きになる要素なんて最初からなかった。さらに周りの目もあるから、生徒と助教という立場では、さぞ迷惑だっただろう。それでも、初めてキスをしてくれたときは彼も私を好きでいてくれているんだと、泣き出すほど嬉しかったのを覚えている。あの時ほどの気持ちはもう彼にはない、いや、もしかしたら、あのキスは魔が差したとか、なんとなくとか…。可能性ならいくらでもあった。
(今更、考えても仕方ないよね。もう、終わりなんだから)
いつまでもここでうじうじしている訳にもいかない。彼のところに戻らないと、迷子だって大騒ぎになってしまう。
私は涙を手で拭い、元の道に戻ろうと振り返るとそこには彼が立っていた。
「…やっと…見つけたっ」
走ってきたのか、彼は少し息を切らして呼吸をしていた。少し着崩れした浴衣姿が、セクシーでカッコよくてつい見惚れてしまう。
「い…郁人さん…い゛ぐどさぁああんん」
「やめろ!こんな所で人の名前を叫ぶな」
まるで何ヶ月も会っていなかったときのような、そんな気持ちになる。会えたことが嬉しくて、私は痛い足など忘れてすぐさま彼の元へ駆け寄った。
「勝手にほっつき歩きやがって…って何泣いてんだお前は。泣きたいのはこっちだよ、もしもお前に何かあったら…俺は」
「え…郁人さん、私の心配してく」
「は?勘違いするなよ。うちの生徒に何かあったら同伴してた俺の首がとぶからだ」
(あ…やっぱりそうだよね)
わかっていたことだけれど、はっきり言われると残念に思う。それでも探してくれたことが嬉しくて、私は涙をどばどば流しながらニコりと笑った。
「ったく、大体なんでこの歳になって迷子なんだ」
彼はやっぱり怖い顔で文句をいいながら、私の涙を、いや顔を私の巾着からハンカチを出してゴシゴシ拭う。これで完全に化粧はとれてしまったが、もうそんなものはどうでもいい。彼とは今日でさよならなんだから、一生懸命作った顔など何の意味もない。それを考えると涙が止まらなかったけれど、彼は拭き続けてくれた。
「なんだ、泣くほど迷子でいるのが心細かったのか?それとも俺に会えたのがそんなに嬉しいのか?そりゃあそうだよな。お前はスマホも持たずに、こんな人のいないところまでのこのこと歩いて行きやがって…聞いてるのか?」
彼の話はいつも長くて少し難しい。だから、話は半分くらいしか聞いてないときもあるけれど、今は、最後の文句を聞いていたくて、一生懸命頷いた。
すると彼は、私の顔から手を離してハンカチを仕舞い、急に真剣な顔で私を見下ろす。
「お前、俺が追いかけて探してくれると思ってただろ?甘ったれてんじゃねぇ。俺はそういう甘ったれた女が大嫌いだ」
大きな声ではなかったけれど、はっきりとした発音で発せられたその言葉は、私の胸に突き刺さり、即座にまた涙を流した。声が漏れそうになり、口元に手を持っていき唾を飲み込む。
(ああ…私のこういうところがダメなんだ…)
自分が甘えんぼである、そういう認識はなかったけれど、彼といると安心しきってしまい、いつも甘えてしまう気がする。もっと自立した人じゃないと、彼とは釣り合わないのだろうか…あの人みたいな…。
「…郁人さん、わ、私」
これ以上、彼からの言葉を聞いていられないのと、彼を怒らせたくなくて、まだ固まっていない気持ちを伝えようととにかく口を開いたが、それは唐突に彼が私の前髪を優しく払ったことにより遮られた。
「けど、俺は好きな女しかこうやって追いかけて探したりしないからな。しっかり覚えておけ」
予想外の言葉に頭が追いつかず、後から嬉しさが込み上げてきてまた涙が流れた。
(好きな女…!)
「郁人さん!郁人さん!」
歓喜のあまり、私は彼に抱きつこうと両手を広げた。何も考えず、今はただこの喜びを彼に抱きついて表現したいその一心だったが、そうはいかなかった。
「おっと、そうはいかねぇ。誰が見てるかわからない場所で抱きつくな」
彼は私が動くのとほぼ同時に一歩身を引いて、ペチンっという音と共に私の顔面を手のひらで押さえつけた。
「全くお前は本当に、ふわふわメルヘンお花畑な思考に甘ったれた根性だな。そんなお前には綿あめがお似合いだ。…ほらよ」
そう言って彼は、自分の帯に紐で結んで括りつけていた、棒のついた大きなピンク色のビニール袋を私に手渡す。受け取ったそれは、よく見ると可愛らしいハートや星模様のプリントがされているビニールでラッピングされていて、とても軽い。
「…何これ?」
「綿あめだよ。お前食べたがってただろ。さっき、売ってる店見かけたから買ったんだよ。どうせお前は、泣きべそかいてると思って…いらないなら俺が食うぞ」
「食べる!あ、その前に写真!」
急いで彼の手にかかってる私の巾着からスマホを出す。その様子を見て、彼はため息をついて近くのベンチに座った。私も可愛い綿あめの写真を撮りながら郁人さんの隣に座り、ビニールを取り始める。現れたのは、ウサギの形をしたピンク色の綿あめで、ちゃんと顔も描かれた本当に本当に可愛い、まさにインステ映えする一品だった。これをよく崩さずに持ってきてくれたなぁと彼に「ありがとう」とお礼を言うと、彼は「俺がそんなヘマするわけないだろ」と言わんばかりのドヤ顔でニヤリと笑った。
「ねぇ、郁人さん写真撮って。私とこのウサちゃんと一緒に」
そう言ってスマホを渡して撮ってもらうと、彼は撮った写真を見て眉間に皺を寄せて画面を睨んだ。
「酷い顔だな。目腫れてんじゃねぇか。お前、なんでそんなに泣いてたんだ?」
「え…」
それを聞かれると返答に困ってしまう。正直に”郁人さんが私と別れたがっているみたいだったから”と言うべきか、言わない方がいいのか、私にはわからず黙ってしまう。さっきは”好きな女”と言ってくれたけれど、電話で瀬尾さんにあんなこと言っていたのも事実で、私は彼の本当の気持ちがわからなかった。この綿あめみたいな、薄らと曇りがかっている彼の気持ち。いつもよく、見えなくて…。
「…まぁいい。それ食ったら帰るぞ」
答えない私を見計らってか、軽くため息をついて、彼は私の綿あめを引きちぎってパクリと食べた。
「あぁ!耳が!」
「甘いな。まぁ嫌いじゃないが」
「酷い郁人さん。可哀想。耳が痛い」
「いいからさっさと食え。置いてくぞ」
また一口分ちぎられて、彼は立ち上がり帰り道を歩き出す。「待って」と言っても聞いてくれる様子はなく、慣れないはずの下駄でスタスタと歩いていく彼は、やっぱりカッコよくてどこまでも完璧だった。
(…写真、撮っちゃおう)
彼の隣を歩くのは、まだ私には程遠く感じる。でもいつか、出来れば近いうちに、彼に釣り合う女になれるように頑張ろうと、私は痛い足を我慢して歩き始めた。
「郁人さん、花火は?」
「間に合うだろ」
「方向逆だよ?」
「あんな人混みでゆっくり見られるわけがないだろ。だから、帰るんだよ」
意味がよくわからず、首を傾げて綿あめを食べる。やっぱり、お祭りなんて来たくなかったのだろうか。時間の無駄だっていつも言っている気がしてぼんやりと思い出す。
(時間の無駄か。郁人さんは花火とか興味ないのかな)
彼の後ろに付いて、少し残念に思いながら彼の表情を窺うと、暑さにやられてかなんとなく頬が赤いような気がする。大丈夫かと声をかけようとしたとき、彼は急に立ち止まり振り向いて、私を睨むように見つめた。
「うちのベランダでなら、花火も見える。誰にも邪魔されず、二人だけで」
それだけ言うと視線を進行方向に戻し、また歩き始めた。

彼は、私をドキドキさせる天才。
「待って、郁人さん」

甘いひとときが過ごせるのかもしれないと、
ふわふわと期待を募らせる。
そうして、私の中の綿あめはどんどん大きくなるのだ。

一人じゃ食べきれないから、
二人で一緒に食べたいな

人前じゃ手も繋げないけれど、彼のお家までは、
綿あめで甘さを補給して我慢と心に決めるのだった。



[ back ]


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -