スタマイ*短編 | ナノ

早乙女郁人『Cotton candy girl』前編

大学生3年 たまに瀬尾研の手伝いをする
可愛ひかると友達

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なんとなく蒸し暑い空気から、少し風が出てきて涼しくなり始めた夜。彼女に誘われてやって来たのは、淑央大学近くの森林公園から商店街に続く屋台が並ぶ、大変賑やかで何のメリットも感じない不快な場所だった。所謂、お祭りというやつで、一体何のためにコイツらが騒いでいるのか理解できない。 まだ夕方だが、今日は花火もあるため早い時間から参加している輩が多い。今、この満員電車のようなところを歩いて進んでいるわけだが、ため息が底を尽きるくらい煩わしかった。
「ねぇ、見てこれ、ひかるくんからのLIME!インステ映えする綿あめ発見だって!私もこれ食べたい!どこにあるかなー??」
「知るか。可愛に聞け」
「写真LIMEで送るね。郁人さんも探して!後でこの綿あめ買って写真撮りたい!郁人さんもせっかく浴衣着たんだからいっぱい写真撮ろうよ」
「俺はいい。写真が撮りたいなら勝手に撮ってろ」
俺の浴衣の袖を掴んでスマホを弄る彼女は、可愛と仲が良く、よく一緒にインステ映えする写真を撮るためにわざわざ出かけている。今回もお祭りなんてはしゃぐ歳でもないのに、瀬尾研究室内で話が出た時に、二人して妙に食いついていた。 そして当日である今日も「楽しみだね!」と彼女は朝から何度もLIMEを送ってきて、鬱陶しい。言動や格好まで可愛とそっくりになりやがって、出会った頃より女らしくなったからいいとは思うけど、まるで可愛と交際しているかのように俺には見える。まあ、同じ大学の助教授と生徒が交際していると噂がたつより、マシだけどな。
「ねぇ郁人さん、あれやりたい!一緒にやろう?」
俺の袖を引っ張って彼女が指さすのは、よくこういった祭りにあるヨーヨー釣りの屋台だった。馬鹿馬鹿しい、こんなゴム風船、後で処理に困るだけだろう。いい大人がそんな不利益なことしてどうするんだか。
「やりたいならお前だけやってくればいいだろ」
「もう、ひかるくんなら一緒にやってくれるのに」
「だったら可愛と来ればよかっただろ。大体なんで俺と…」
「ひかるくんは他の友達と来てるの。ねぇ、せっかく来てるんだから、二人で一緒に何かやろうよ」
「俺はいい。ほら、持っててやるから好きな物やってこいよ。俺は瀬尾さんに電話してくる」
そう言って俺は、彼女に小銭を渡して代わりにスマホと手荷物を受け取り、道を外れて屋台のすぐ横辺りに移動した。彼女もついて来ようとしたが、ため息をつくと俺の小銭を握りしめてヨーヨー釣りの屋台に向かった。そうだそれでいい、俺を面倒くさいことに巻き込むな。
(全く、いつまでもメルヘンお花畑な思考だな。いつもふわふわして、甘えたことばかり言う綿あめ女)
少し呆れながら、俺は瀬尾さんに電話をかけようとスマホを開く。 今日は瀬尾さんに引き継がなければいけないことがあったはず。メモは残したけれど、メモの場所を瀬尾さんが覚えていられるかが問題だ。
瀬尾さんに電話をかけると2コールほどで出てくれた。普段そんなに携帯を弄らない人なのに、珍しい。
『どうしたの郁人くん?』
まるでその場にいるような出方に少し気持ち悪さを感じるが、構わず確認事項を伝える。
「それだけ確認したくて。瀬尾さん、今日も講演会のハシゴして疲れてませんか?」
『うーん、まあ大変ではあったけど、それより郁人くんはちゃんとナマエさんとお祭り回れてるの?』
「回るもなにも、混みすぎて進むのがやっとですよ。全く、なんで俺がこんなところに」
『そんなこと言わず、二人きりで楽しんできたらいいのに。すごく楽しみにしていたんじゃなかった?』
「それはアイツだけです。俺は別に、祭りなんて」
そう答えつつ彼女の様子を見ると、ヨーヨー釣りの屋台で知らない子供と楽しそうに話しながら、やり方をレクチャーしている様子が見えた。
(アイツが楽しいなら、俺は別にそれでいい)
彼女を見ていると、俺の視線に気づいてか、ふと顔を上げて俺を見て笑った。手まで振ってくる。俺は軽く手を上げようとしたが、いつ誰が見ているかわからないと思い、その手を引っ込めた。そして彼女の方へ向いていた体ごと視線を逸らし、電話を続ける。
『そういえば、可愛くんには会った?』
「いいえ、アイツが連絡とってるとは思いますが、見かけてないですね」
『今、彼から美味しそうな綿あめの写真が送られてきたから、ナマエさんも好きそうだなと思ったんだ。二人で行ってきたらどう?』
「いや、可愛と合流したら俺は帰ります。そういうのは可愛と一緒の方がアイツも楽しいと思いますし、そもそも俺なんかやめて、可愛と付き合えば…」
可愛の名前を聞いて、なんだか気持ちが落ち着かない。思わず放った自分の言葉に一瞬焦り、口を噤んだ。
『郁人くん、それは彼女の前で言ってはいけないよ。君にも思うことはあるかもしれないけれど、本心でないのなら口にしない方がいい。失ってからではどうにもならないこともあるからね』
瀬尾さんからの言葉は重みがあって、俺の心にずしりとのしかかる。そんなこと、わかっている。しかしアイツらの行動は日頃から目に余るから、文句を言わずにいられない。
(また、気を遣われた…)

”恋人なんだし、たまには二人きりで行ってらっしゃい”

話が持ち上がったとき、俺が渋っていると瀬尾さんに言われた。いつもなら、こういった祭りは瀬尾研全員で行くが、いつもガキのお守りと瀬尾さんから目を離さないようにしていないといけない俺を思ってか、今回は二人で行ってこいと。それから、俺たちがあまり上手くいっていない、そう思われているというか、実際上手くいっていないのかもしれないが、瀬尾さんからそういう意味も含めての気遣いの言葉だった。
もちろん、彼女は喜んで俺を誘った。可愛とこそこそ何かプランを練っているようだったが、俺はその様子が鬱陶しくて、見ないように聞こえないようにこの数日間振舞っていた。

「気遣いはありがたいんですが、大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても。上手くやれてます…」
どことなく、自分にも言い聞かせるように精一杯の返答をした。
『そうかい?だったら、郁人くん、君も可愛くんにヤキモチ焼くくらいナマエさんのこと好きなんだから、面倒くさがらないで早く彼女のところに戻りなさい。俺との電話はいつでもできるよ』
その言葉を最後に電話を切り、少し考える。
(ヤキモチ…?)
そんな風に瀬尾さんには聞こえたのだろうか。それとも、普段から俺の可愛に対しての態度がそう見えるのか。どちらにせよ、そんなつもりはなかった。これは、俺と彼女の問題で…いや、別に問題なんてない。俺たちはちゃんと恋人として成立している。ただ、本当は…
(俺といるより、可愛といる方がアイツは楽なんじゃないかと思っただけで…。俺は…)
自分の気持ちに疑問を持ったまま、スマホを開いて彼女からLIMEに既読をつけた。内容は先程言っていた可愛からの綿あめの写真と『これ食べよヽ(*´▽`*)/』という一言。

”二人で一緒に”
画面を見て、さっきの彼女の言葉が浮かんだ。
(アイツは、俺と一緒にいたかったのか…?)
疑問を問いただしたくて、彼女がいる屋台の方に向き直った。
しかし、そこには彼女の姿が見当たらない。何か別のものを始めたのかと、辺りを見回してみるが人が多くてよくわからない。
(どこいったんだアイツは)
俺は人混みをかき分けるように彼女を探した。道を進むが、こっちで合っているのか不安になる。もしかしたら、トイレに行っているだけかもしれないと思い、トイレの標識を探すが近くには見当たらなかった。
(そうだ、電話だ)
スマホを取り出し彼女に電話をかけると、聞き覚えのある着信音が近くから聞こえる。慌てて周りを見渡すが、彼女らしき人物は見当たらず、留守番電話に切り替わった。
「おいお前、今どこにいる。勝手にどこか行くなっていつも言ってるだろ。迎えに行くから、今いるところから動くなよ。場所の写真をLIMEで送ってくれ」
簡潔に内容を留守番電話に録音し、電源を切って気づいた。
(アイツのスマホ、俺が持ってるな…)
自分の手首にかかった彼女の荷物を見つめたまま、俺はこの熱苦しい満員電車のような道に立ち尽くすしかなかった。
遠くでナンパされている知らない若い女の声が聞こえる。女は嫌がっているようだが、複数人の男が寄って集って連れ出そうとしていた。本来なら、その女を助けることもできなくはないが、今は自分の世評を上げている場合ではない。
「ナマエ…どこに行ったんだ…?」
不安が募り、俺は柄にもなく混雑した道を走り出した。



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