スタマイ*短編 | ナノ

新堂清志『ネコ耳パーカー、初めて見たぞ』

社会人 同い年 童顔
九条家のみんなとバカンスでの話

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(ふむ、暑いな)
久しぶりにこの避暑地に訪れたが、最早避暑地とは言い難い。特に変わった様子もなく、白い砂浜、青い海が広がっているプライベートビーチ。そして、雲ひとつない快晴で空も青い。こんなに暑いのに、よく元気に泳げるなと海で泳いでる彼らを眺めながら俺はパラソルの下でトロピカルドリンクを飲んでいた。
「君は泳がないのか?」
隣のパラソルの下に座っている彼女に問いかけると、暑さのせいか疲れた様子でこちらを向いた。
「暑いので、大丈夫です」
水着の上から可愛らしいロングパーカーを着た彼女は、日焼けをしないように足を曲げてパーカーの中に収め、丸まった姿勢でビーチチェアに座っている。
(なるほど、それなら日焼け止めを塗らなくても済むな)
今日は彼女、というより新堂からの提案でここに訪れることになったのだが、提案者の恋人が放ったらかされたこの状態が些か気になり、声をかけてみた。しかし、その心配は不要だったようで、新堂が海から上がってこちらに戻ってくるのが視界の端に見える。
「確かに、今日は思ったより気温が高い。日焼け対策とはいえ、そのパーカーは逆に暑くないのか?」
「暑いと言えば暑いんですけど、日焼けというより、水着が恥ずかしくて。清志が選んだ水着、お尻、丸見えなんですよ?」
彼女の衝撃的な言葉に一瞬耳を疑う。しかし彼女は困った顔でこちらを向いて話を続けるため、本当のことだと確信する。
「なるほど。だからロングパーカーを着ているのか」
新堂も大胆なことをしたもんだと、少し呆れて笑った。俺なら、恋人にそんなセクシーな水着を着せるのは控えるだろう。そんな姿を他の人間に見られるのはとても嫌だと感じる。
「水着買いに行った時に、こっそり買ったんです。ネコ耳パーカー。フードに耳とお尻に尻尾も付いてて可愛いから、つい」
そう言って彼女はこちらに後ろ姿を向けた。なるほど、これがネコ耳パーカーというやつか。表向きは無地の白いロングパーカーだが、背中の部分にも模様が入っているという可愛らしいデザインに頬が緩む。そして、彼女にはそれが似合う。
話をしていると、海から上がった新堂が、濡れた髪をかきあげながらこちらへやってきた。彼女はタオルを手渡し、続いてドリンクを手渡すと、新堂はそれを一気に飲み干してグラスをテーブルに置いた。タオルで軽く体についた余分な水分を拭いて首にかけ、イスに膝を抱えて座っている彼女を見下ろし言い放つ。
「それで、いつまでそうしてるつもりなんだ?」
その問いに対して、彼女は不服そうな顔をして新堂を見上げた。
「何のためにこの俺が水着を買ってやったんだ、さっさとそのパーカーを脱いだらどうだ?」
新堂は極めて落ち着いた口調ではあったが、言い方が少し偉そうで、強引さが見受けられる。彼女は相変わらず不満そうにして、新堂から顔を逸らした。
「海で泳ぎたいって言っていたのは君だろう」
「泳ぎたいなんて言ってない。私は海でデートしたいって言ったの」
どうやら話が上手く通らず、彼女の要望と新堂が用意したデートプランは違った様子だ。さて、口を挟むべきか。このままでは喧嘩になってしまうかもしれない。せっかく家族と恋人でやってきたわけだ。ゆっくり仲良く楽しんでもらいたい。
「新堂、とりあえず一度休んで…」
そう言いかけた時、新堂は彼女の肩を掴み、パーカーのジッパーを下ろし始めた。驚いた彼女は慌てて新堂の手を止めようと掴むが遅かったようだ。
「せっかく海に来たんだ、とりあえず一度脱いで泳げばいい」
「ちょっと、やだ!恥ずかしい!」
ジッパーを下まで下ろされた彼女は、黒のセクシーなビキニを着ており、彼女が言っていたようにやはり少々露出度の高いデザインのようだった。これでは男性陣の方が目のやり場に困るであろうその姿を、彼女はパーカーを引っ張り隠そうとする。
「ねぇ、やだっ」
「暴れるな、服が破ける。いいから大人しく…なんだそれは」
脱がされるのを逃れようと彼女はくるりと回り、新堂に背を向けた。すると、彼女の背中を見つめて新堂の動きがピタリと止まった。
「所謂、ネコ耳パーカーというやつだ。新堂が邪な気持ちで選んだ露出の多い水着が恥ずかしいと彼女なりの対策だ」
ジッパーの合わせ目をギュッと掴んで体を隠している彼女の代わりに、俺がパーカーの説明を新堂にしてやると、新堂は徐ろに彼女のフードと尻尾を手に取り、数秒それを見つめた。そして新堂は、暑さのせいか少し頬を赤く染めながら深いため息をついて、彼女の肩に優しく手を置いた。
「…悪かった。俺が間違っていた、その水着を買ったことは謝ろう。その…こっちを向いてくれ」
新堂の言葉にゆっくりと彼女は向き直り、パーカーを抑えていた手を緩めキリッとした表情で新堂を見つめる。
「パーカー着てていいなら、一緒に海入ってあげる」
彼女もやはり暑いのか、少し顔が赤い気がする。その一言を聞いて、新堂はもう一度ため息をついて彼女のジッパーを上に上げた。
「ああ、脱がなくていい。あと、このフードは被っておけ。頭皮から焼けるからな」
彼女に視線を合わせ、見つめ合いながら新堂は彼女の頭にフードを被せ、そのままフードについた可愛らしいネコ耳を撫でる。先程の少し険悪な空気とは違い、少しばかり照れくさいような、それでいて柔らいだ雰囲気が漂っていた。キスでもしそうなくらい二人の距離は近く、それを横から見るのは少し野暮だと思い、俺は視線を外して海を眺めた。
今日は暑い。雲ひとつない快晴で日差しの刺激が少し強いと感じる。そんな中でも、彼らは海に入って泳いだり、砂浜で何か作ったりと元気に遊んでいる。そして、先程まで俺の横で座っていた彼女も、パーカーを着たまま恋人に手を引かれてその風景に溶け込んでいく。その表情は二人とも穏やかで、愛おしそうに互いを見つめていた。

(ふむ、暑いな)

暑いけれど、家族が幸せならそれでいい。

少し食い違いはあった様だが、
連れてきて良かった

そう思える一日になりそうだ


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