スタマイ*短編 | ナノ

荒木田蒼生『Bitter And Sweet』

カフェの美人店員 イケメン好き行動派
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仕事が早く終わり、行きつけのブックカフェで今日も本を読む。
静かな店内の一番奥の端にあるコーナー席に座って、ページを読み進める。この席は、入口からも見えないし、背の高い観葉植物が近くにあって、ここに席があることさえ分かりにくい俺だけの特等席。
「お待たせしました」
小さな声で店員が何かを運んできた。頼んだ覚えはなく、本にしおりを挟んで、傍らに立つ女性店員の顔を見上げる。
「あの…頼んでないんですけど」
小皿に乗ってるのはめちゃくちゃ甘そうな真っ白いケーキ。俺が絶対頼まないやつだ。
「このケーキ、そちらのコーヒーと相性ばっちりなんですよ、ってマスターが。お兄さん、いつも来てくれるから私からのサービス。騙されたと思って食べてみて」
そう言いながら俺にウインクをして、彼女は足早に席を離れていった。
(サービスって…勝手にいいのかよ)
少し彼女の心配をしながら、ケーキに手をつける。思っていた通りクソ甘いそのケーキは、クリーム量が多く俺の口の中ですぐに溶けてなくなった。一口食べてもういらねぇと思い、コーヒーを飲む。するとコーヒーの苦味で口内の甘みが緩和され、不思議と美味く感じる。
(なんだこれ…すげぇ合う)
彼女の言った通り、ケーキとコーヒーの相性はばっちりで、思わず顔を上げて彼女を探す。彼女はカウンターで他の客に笑顔で接客していた。夜はバーもやっているこの店は、このくらいの時間から飲みにくる奴もいるらしい。酔っているのか若い男がやたら彼女を呼びつけて、隣に座るように絡んでいる。彼女も仕事だから笑顔で対応しているが、面倒な客もいるんだなと俺は本を開き直した。
(美人は大変だな)



やっと大きい事件が片付いた休日。今日は午前中からまたブックカフェに来ていた。いつもの席で、美味いコーヒーを飲みながら本を開く。先日から都築誠先生の作品を最初から読み返していて、ちょうど3作目を読み終えようとしているときだった。
俺の向かいのイスに突然誰かが座ってくる。相席しなきゃならないほど混んでいないこの店で、何故ここに座ってくるんだろうか。俺は本を閉じてその相手を見た。
「こんにちは、お兄さん。いつもこの席よね?」
そこに座っていたのは、この間サービスのケーキをくれた美人店員。今日は休みなのか、制服姿ではなく、ボタンを第3ボタンまで開けた白いシャツに黒のタイトめなミニスカート、おまけに薄い黒ストッキングを履いている。
(すげぇ服、攻めてんな…)
目のやり場に困り、視線を逸らそうと俺は再び手に持っている本を開いた。
「ここあんまり見えないんで落ち着くんですよ」
「へえ、人に見られたくない本でも読んでるの?って都築誠じゃない!!」
彼女は急に俺の本を奪い、しおりも挟んでないのに閉じて表紙を見て微笑んだ。
「うふふ、3作目か。私はね、ここ。このシーンがすごく好き」
そう言って彼女は本をパラパラめくり、後ろの方のページを開くと、指をさして俺に見せてきた。そのページは、クライマックス少し前に起こる事件の謎解きをするシーンで、関わった人物たちの本質が見えてくる重要な場面。しかし、通常のミステリーとは違い、謎解きの途中に何度も回想シーンが出てくる少し変わった展開となっている。彼女が指さすのは、その回想シーンのひとつで、俺がいつも何度も読み返し泣きそうになるところ。
(わかる…俺もさっき読んで泣きそうだった)
本をそのまま受け取り、文面を見つめて思い返す。涙が出てきそうになり、それを止めるようにコーヒーを飲んだ。
何故か向かいに座る彼女は小さな声でクスクスと笑っている。やべぇ、もしかして今の顔に出てたかも。
「おい、何笑って」
「お兄さんも都築誠好きなのね」
彼女は笑っていたかと思えば、俺の言葉を遮り話しかけてきた。しかも都築先生の話で少しテンションが上がる。
「私も好きなの。都築誠のコーナー、私が設置したのよ」
そう言って彼女は、入り口付近にある都築先生のコーナーを指さした。俺はここに通い始めた頃から、展開されたそのコーナーが気に入っている。今までこんなに素敵に展開されたコーナーがあっただろうか。都築先生の作品のことをよく理解している人物が、上手に展開していると踏んでいた。丁寧に書かれた作品POPやキャプション、こだわりを感じる装飾と並び、どれを見ても最高のコーナー展開だと感動する。それを作っていたのが彼女だとわかった今、この感動と喜びを彼女に伝えたいと思ったが、柄じゃないし、親しくもない相手に嬉しそうにニコニコして話なんかできるわけなかった。
「うんうん、喜んでくれてるみたいで良かったわ」
俺が表情をひとつ変えずにコーナーの方を見ていたにも関わらず、何故か彼女は俺の思っていることがわかるようで、またクスクスと笑っている。そして、彼女はテーブルにそのデカい胸を乗せるように身を乗り出し、話し続ける。
「私たち、お互い都築誠のファンみたいだし、気が合いそうね。ねぇ、お兄さん名前は?今日は私お休みだから、この後どこかお食事なんてどうかしら?」
「は?」
(何言ってんだこいつ。逆ナンてやつかこれ…)
美人でいい女だと少し思っていた自分を恥じる。確かに都築先生のファンとの交流と思えば悪い気はしないが、彼女の格好と軽い態度があまり同志と思えない。
「いや、せっかくだけど俺はそういうつもりじゃ」
「お兄さんも今日お休みでしょう?土日は大抵来てるもんね。ねぇ、なんのお仕事してるの?」
(こいつ…人の話聞かねぇな)
だんだん面倒くさくなってきて、俺はさっきから読もうとして読めていない本にしおりを挟んでテーブルに置いた。話をつけて帰ってもらおうと思った時、突然腕を触られた。
「けっこうガタイいいわよね。腕もしっかりしてて、素敵」
「ちょっ!触んな…」
驚いて腕を引くとまた彼女はクスクス笑う。いったい彼女の目的は何なのか、俺に不信感を抱かせてどうしたいんだと思い、話そうとするとまた遮られた。
「あなた、表情が殆ど変わらないけど、それは昔から?それともわざとそうしてるの?」
そんなことを聞いてくる彼女は急に真面目な顔をする。真っ直ぐと俺に視線を送る彼女が、何を知りたくてそうするのか、相変わらずつかめない。警察なのに、逆に職質されている状態の俺は、どうやってこの状況を打破できるのだろうか。
「うふふ、何のお仕事してるか、当ててあげる」
悪戯っぽくニヤリと笑う彼女は、どこか妖艶で俺の心を惑わせる。

ケーキのように甘い彼女の笑みと
コーヒーのように苦い俺の表情

(相性ばっちりって言ってたのは誰だっけ…?)

頭に彼女と寄り添い合う自分の図がぼんやり浮かぶ
これは男特有の煩悩といつやつなのか?
それとも…
(…運命の…相手…いや、まさかな)
煩悩を頭から払い除けようと、俺はまた苦いコーヒーを口に含むのだった。


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