スタマイ*短編 | ナノ

桧山貴臣『お月見団子』

庶民社会人 付き合ってそこそこ経つ
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白くて柔らかい生地を粘土のようにこねていく。
(うーん、意外と難しいかも)
今夜は彼の家のガーデンでお月見しながら食事の約束をしている。せっかくだから、風流なものを作ろうと思って、私は昼からこの桧山邸のキッチンを借りていた。
「丸くならないし」
料理なんてまともにできない私でも、お月見団子くらい作れるだろうと奮闘するが、意外と上手くいかないのが現実である。さっきから、こねてこねて丸めてを繰り返しているが、なかなか綺麗な丸い形にならなく、何度もやり直していた。
「何をしているんだ?」
聞き覚えのある声がした方を見ると、やっぱり貴臣さんがそこにいた。
「あれ、貴臣さん今日は夜戻るって言ってなかったっけ?」
「予定の変更があって、時間が空いたんだ。聞いたら、ここにいると言われ様子を見に来た」
「そうですか」
そう言われ、一緒にいる時間が増えて嬉しいと思う反面、今ここにいられると邪魔なんだよなぁと思う自分がいた。邪魔というか、ほら、彼は私が今、生地をこねてる手を興味津々で見ている。多分、”自分もやってみたい”って言うんじゃないだろうか。
「それで、その手は何をしているんだ?」
「丸くなるようにこねてるんだけど、なかなか綺麗に丸くならなくて」
自分の不器用さにため息をついて、 先程からずっとこねている生地をボウルに置いた。歪な形の団子の様なものが、大きな生地の上にちょこんと乗る。彼はそれを見つめ、一瞬心配そうな顔をしたけれど、何か思いついたかのようにパッと顔を上げて私に訴えかけた。
「俺がやってみよう。料理の経験はないが、それを丸くするだけならできる」
ほらきた。良い返事を期待しているのか、彼はとても生き生きとした表情で私を見つめる。やってみたいのならやればいいけれど、この後も彼は仕事があることを考えると、着ているスーツが汚れてしまうのではないかと心配になる。せめてエプロンでもつけてもらわないと、と彼のエプロン姿を一瞬想像した。
「ナマエ…」
「へ!?な、なに?」
彼は急に、スッと私の頬に片方の手を添えて少し顔を持ち上げた。真剣な顔で私を見る彼は、少しずつ顔を近づけてくる。
(キスされる…!)
いったいどこで急にスイッチが入ったのかはわからないが、このタイミングでの行為に体を強ばらせてギュッと目を閉じる。しかし唇には特に何もあたらず、何故か顔の右側の眉から額にかけてを数回撫でられた。驚いて目を開くと、彼の綺麗な顔がキスするときみたいに近くにあった。
「顔色が悪いのかと思っていたが、違ったようだ。白い粉みたいなものがついていた。これで…ああ、取れたな」
そう言われて、さっき生地を作っているときに邪魔な前髪を粉のついた手で払ったことを思い出す。けれどそれより、キスをされると勘違いした自分が恥ずかしくなって、彼から顔を逸らした。
「それで、これはどれくらいの大きさに丸めたらいいんだ?」
私から離れるなり、彼は勝手にジャケットを脱いで、シャツの袖を捲り、水道で手を洗い始める。やる気満々の態勢でボウルの前に立った。
「うーん、ひとくちくらいの大きさかな?食べやすいサイズなら何でも大丈夫」
(もう…人の気も知らないで)
人の気も知らないで彼は生地を手に取り、ひとくち分を一掴みする。傍から見て、それは大きいのではないだろうかと思うくらい豪快にちぎった生地を両手でコロコロとこね始めた。
(あ、そうやればいいんだ)
手のひらで転がすように生地をこねる彼を見て驚く。私はさっきから、指で押して丸を作ろうとしていたが、どうやら彼はセンスがあるようで、見る見る生地が綺麗に丸くなっていった。
「貴臣さん、すごく上手」
「まあ、丸くするだけなら。子供の頃に砂遊びで泥団子を作ったことがある」
「うーん、それはまた作り方が違うと思いますが」
少し大きいけれど、あまりにも綺麗に丸く出来上がった彼のお団子を見て私も真似をする。両手のひらで挟んで転がすように丸め、形を整えていく。すると、さっきより確実に丸に近い綺麗な形に仕上がった。
「見て貴臣さん!私も丸くできた!」
綺麗に出来たことが嬉しくて、彼に見せる。彼は私の手のひらに乗っているお団子をそっと手に取り、手首を回しながら確認するように見つめた。
「ああ、先程のより丸めているな。でも、少し小さくないか?」
「貴臣さんのが大きいの。ひとくちって言ったでしょう?」
そう言うと、「なるほど」と納得した様子ではあったけれど、多分さじ加減が上手く出来るようになるのは、もう何個か作ってからだろうなぁと思うと少し微笑ましかった。
「よし、じゃあさっさと作って、茹でちゃわないとね」
そうして二人でお団子を丸め続けると、一人でひたすらこねていた時とは違って、気持ちが幾分か高揚する。色々ツッコミたいところは多いけれど、たまには二人でこういうことをして過ごすのもいいかな、なんて、なかなか難しいんだけどね。
(お仕事に遅刻しないように、早く作ろう)
彼の態度と格好からして、まだ時間に余裕はあるのだろうけれど、早く終われば仕事の時間まで彼とゆっくりできるかもしれないと期待して、私は手を早めた。彼も同じことを思っているのか、とてもスピードが早い。まあ、彼はコツを掴むと何でも手早くできるのだけれど。
「お前に似ているな」
「え?」
唐突によく分からない言葉が聞こえ、耳を疑う。そして思わず手を止めて彼を見た。
「ああ、いや、この生地の柔らかさが、さっき触れたお前の頬と同じだと思って」
そう言われてしまうと、もしかして最近やっぱり私は太ったのかと心配になる。顔の大きさが変わってないから大丈夫だと思っていたけれど、どうやら肉はついているらしい。
「それに、可愛らしい」
そう言って、どうして彼は愛おしそうに手のひらのお団子を見るのだろうか。そのお団子を見て、私を思い出してくれるのは嬉しいけれど、本人がいるのだから、直接こちらを見てほしい。私が黙っていると、彼は急にこちらを向いてフッと微笑んだ。それは何の笑いだとツッコミたくなるけれど、彼の不意打ちの笑顔にはついついドキッとしてしまう。
(…人の気も知らないで)
私はまた恥ずかしくなり、彼に熱くなった顔を見られないように、お団子を茹でるための鍋の準備を始めるのだった。


「ところで、これは何を作っているんだ?食べ物か?」
「もう、そこから?」
「食べ物なら、お前の手料理を初めて食べることになるな。楽しみだ」
(また、笑顔でそういうこと言うんだから。…もう、人の気も知らないで)


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