スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『それは一瞬の、』

2018年『響いて、揺れて、夏の夜』イベント実装記念夢
社長秘書

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パンッという音と共に夜空に大きな花が咲く。窓ガラス越しでは大して音は聞こえないし、距離もあるから大して花自体も大きくもないけれど、その色彩だけは、夏らしさが表れて見えた。
オフィス用の小さな冷蔵庫を開いて、昨日から忍ばせていた缶ビールが入っていることを再確認する。思うことは色々あるが、急だったことはお互い様なのだから、仕方ない。私は、2本あるうちの1本だけを取り出し、冷蔵庫を閉めた。
(瓶ビールの方がよかったかな…)
応接用の椅子に座りパソコンで仕事を片付ける息抜きとしては贅沢すぎる現状に頬が緩む。せっかくだ、私は窓越しに映るその景色をスマホで写真に収めた。
そして、彼も今、同じ景色を見ているのだろうかと先程のやり取りを思い返す。


忙しなく働き、やっと本日最後の仕事に就く。いや、正確には帰ってからまだやることはあるが、一先ず急ぎの任務は最後だった。
会社から少し離れた海浜公園で今日は花火大会があるらしく、急遽それに参加すると社長に言われ、大急ぎでスケジュールを調整したのである。しかし、なんとか予定通りの時間で車を出せたものの、近隣の道路は渋滞していた。そんなにみんな車で行くものだろうかと思いつつも、やはり一向に進む気配はない。車の中は冷房が効いていて快適な温度だけれど、屋台の並ぶお祭りの道はきっと暑苦しいんだろうなとどうでもいいことを考えながら、運転を続けた。
「ちょっと厳しそうだね」
助手席に座る社長が困った顔でスマホと道路を交互に見ながら呟く。とりあえず、目先の十字路を左に曲がれば海浜公園の入り口が見えるはず。あと一息のところがつっかえている状態だ。
「降りますか?」
「あれ、もしかしてもう近くまで来てる?」
「はい、そこを左に曲がれば入り口が見えるはずですよ」
社長が腕時計を確認すると同時に私も自分の腕時計を確認する。時刻は18時7分。花火が始まるのが18時半であることを考えると、やはり今車を降りて歩いて行くのが得策だと確信する。お祭りの道も混んでいることを考慮してもギリギリの時間な気がして、私は社長を心配して視線を向けた。
「この様子だと、会場入ってからもヤバそうだよね。うん、ここで降りて歩いて行くよ」
そう言って彼は、スマホとジャケットを手に車のドアを開けて降りた。覗き込むように屈んで私に視線を合わせ、この後のことを私に指示する。
「会社戻るなら、議事録起こしておいて。俺の車、普通に車庫に入れたら直帰でいいから。迎えはなし。多分飲んで帰る」
「帰宅したら一応連絡ください。状態見て明日のスケジュール組み直すので。朝帰りでも」
花火大会なんかに行くってことは、どうせ女の人とだろうと思い、念の為に付け加える。しかし、彼は「そんなんじゃないよ」と一言、どこか優しい表情で笑い、ドアを閉めて手を振りながら歩いていった。
(そんなんじゃない…ね。さて、迂回するか)



そして、今こうして私は社長室で缶ビールを片手に窓から花火を眺めているわけだ。
(遠いな…)
窓ガラスを指でなぞるように夜空に浮かぶ花火を触る。一瞬で消えてしまうそれは、どこか儚げで寂しいと感じる。いや、これは今、私が一人で遠くに輝く花火を見ているからそう感じるのかもしれない。
丁度ビールが空になる頃、その煌びやかな景色は終わりを告げて、最後に大輪の花を咲かせて静かに時を終えた。
撮った写真を見ると、花火が複数小さく映っている。映ってはいるけれど、写真にしてしまうと臨場感みたいなものが失われてしまった気がして、結局虚しくなる。
なんとなく、撮った写真を彼にLIMEで送った。ただ、この社長室からでも、これくらいは花火が見えるという事実を伝えたくて。
すると、すぐに返信が返ってきた。さらに何か写真が2枚ほど送られてきて、それを見ようとした瞬間、スマホが震えて電話が鳴る。出ようか悩み、7コールくらいしてから一応出た。
「はい」
『あ、出た。やっぱりオフィスに戻ってたんだね』
「どうかしましたか?」
どうして急に電話してきたのか分からず、何か気になることでもあるのか訊ねると少し予想外な返答がきた。
『ごめんね、今日は色々と忙しくさせちゃって』
「いえ、いつものことですから」
『この埋め合わせは、また今度ランチでもどう?』
「いいです、別に。そんなに気を遣うようなことでもないですよね?」
いつも通りの彼の誘いに軽くため息をついて答える。そんなことのためにわざわざ電話してきたのだろうか。誰と一緒に花火を見ているのかは知らないけれど、勝手に電話をして失礼ではないのかと思い、またため息が出る。
『だって、寂しい想いさせちゃったからさ』
「……は?」
『あれ、違った?でも、寂しいから俺にLIMEで写真送ってくれたんでしょ?』
いったい何をどう解釈したらそうなるのだろうか。私はそんな言葉を口にしていないし、「寂しい」なんて彼に言える立場でもない。
(でも、もしかしたら社長と、この部屋から花火見れるかもって…思ってはいたんだけどね)
社長から花火の話を聞いたのは、昨日の夕方。私は、友人から花火に誘われていたので、花火があること自体は知っていた。しかし、当日は仕事の予定が詰まっていたため、友人の誘いは断り、きっとこの社長室で社長とミーティングの資料を作りながら見ることになるだろうと踏んでいた。
現実はそう上手くはいかない。朝から予定を変更し、社内ミーティングは前倒し、社長は現地へ、私は社長室で、この花火を見終えたのだ。
「そんなんじゃないです」
強くそう言った。その否定は、嘘だけれど、それでいい。私の中に響いて浸透すればいいと思った。
『素直じゃないんだから。俺は…君と一緒に見たかったな』
(嘘ばっかり…)
彼は、そうやってよく私をからかう。おまけに本心もほとんど言わない。「本心だよ」なんていつも言っているけれど、それもからかうための言葉のひとつにすぎない。
『ただ、今しか見れない景色かもしれなかったから、どうしても行きたかったんだ。来年はどうなってるか、わからないからね』
それは、きっと、彼が送ってくれた写真のことだろう。一瞬だけれど、1枚には社長と誰か人が何人か映っていた気がする。
来年がどうなっているかはわからない。一緒にいたい人と集まれないかもしれないということが、なんとなくわかった。
(でもそれは、私だって同じ)
『でも、それは君も同じ。君と一緒に花火が見られるのは今日が最後だったのかもしれないよね。という訳だから、埋め合わせは来年、君と花火を見に行くってことでどうかな?』
またそうやって、彼はからかいながら私を振り回してその気にさせようと見ている。彼の言葉と声がいつも私の中に響いて、私の心を揺らしていく。
(とっくにわかっているくせに…)
「…いいですよ。社長がそれまで生きてたら」
『え、それどういうこと?俺、暗殺でもされる予定あるの?』
「さあ?…お疲れ様です」
これ以上、私の気持ちが見透かされないように、私は無理矢理電話を切った。スマホは彼とのLIME画面の表示に戻り、先程送られてきた2枚の写真を眺める。
1枚は花火の写真。私が撮ったものとは比べものにならないくらい、大きさが違うし、なんとなく迫力もある。
もう1枚は、社長と知らない男性が3人、花火をバックに楽しそうな表情で映っていた。
彼が車を降りたとき言っていた言葉と表情を思い出す。あの優しい笑顔は、彼らを思い出しての表情なのだろうか。それとも、あれは私に対する…いいや、今はやっぱりやめよう。

(来年、社長がまだ社長として生きてたら)
(私をまだ傍に置いてくれるのなら)

私は、揺れる気持ちを打ち消すように、缶ビールをもう一人分開けて飲み干すのだった。


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