スタマイ*短編 | ナノ

服部耀『向日葵弁当』

捜査一課職員 服部の部下 毎週末デートする関係 両片想い
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カフェかレストランか、もしくはコンビニで何か買うか。
「んー、あー」
今日はこれと言って食べたいものが思いつかない。というより、近場の店には行き尽くして、近場のコンビニにも行き尽くして、これと言って食べたいものが思いつかない。
(司は…あ、でも今日のは不味そうだな)
司はデスクに2つカップラーメンを並べて給湯室でお湯を沸かしていた。食べられそうなら、1つ貰うかコンビニに買いに行こうと思ったが、”塩キャラメルラーメン”と”パクチー増し増しパクチー麺ラーメン”では、いまいち食欲がわかない。
「うーん」
この分かり切ったことしか書いていない書類に目を通して判子を押せば昼食だけど、どうしたものか。
「あの、もしかして私、どこかミスしてますか?」
デスクで書類に目を通していると、このくだらない書類を提出してきた本人が緊張した顔で質問してくる。そうだ、俺のすぐ横に彼女をずっと待たせていたことを思い出した。
「うーん、別に?特には問題ないと思うよ」
「いや、さっきから頬杖ついて、あーとかうーんとか唸っていたので」
俺の返答に少し安心したように息を吐く彼女を横目に、俺は書類を指でパラパラパラ〜っとめくり、最後まで目を通して判子を押した。その俺の行動を見て表情が引きつった彼女に屈むように手招きする。そして俺は口元に手を添えて、彼女に耳打ちするように囁いた。
「お昼何食べるの?」
「は?あ、ちょっと!」
体を傾ける彼女の腰に手をあてて引き寄せると、一瞬ビクリと彼女は体を震わせる。少し過剰反応しすぎだなと思う反面、そうなったのは俺がそう躾たからかと納得した。
「だから、お昼」
「…お弁当です、けど。じゃなくて、なんで耳元で?」
警戒してか、顔を少し染めながら慌てて俺から離れる彼女の姿が可笑しくて笑いが込み上げてくる。そのまま逃げられないように彼女の片手を捕まえた。
「最近ずっとお弁当作ってるみたいだけど、花嫁修業か何か?」
向かい合うように立ち上がって聞くと、さっきより顔を赤くして無言で目を逸らされた。
(図星か…)
誰のためだか知らないけど、少し気に食わないなと思い彼女の手を握る手に力が込もる。そのまま手を引っ張り、彼女を引き寄せた。
「俺が味見してあげようか」
口元に弧を描いて笑ってみせると、彼女は驚いた顔をして俺を見つめ、瞬きを数回繰り返す。そしてまた視線を逸らされて、「お願いします」と控えめに返答が返ってきた。

人気の少ない建物内のテラスを選び、ベンチに二人並んで座る。別に、人の目が気になるわけではない。ただ、彼女と二人で食事をとる事に俺も慣れたいと思っただけ。それから…
(俺の食の好みも知ってもらわないとね)
躾の一貫のつもりで二人きりを選んだ。それに比べて彼女は、周りの目を気にしてそわそわしている。遠くでタバコを吸っている職員が数人いるだけで、こちらを見ている訳でもないのに、気にすることがあるだろうか。まあいいけど。
「早く早く、お弁当」
「は、はいどうぞ」
彼女は俺と少し間を空けて座り、その空いたところにピンクのチェック柄のハンカチを敷いて、小箱のような二段のお弁当箱を並べた。順番に蓋をあけると、おかずは冷凍食品を使った様子はなく、色とりどりの野菜や肉料理が少しずつ収まっていた。意外と器用なんだと感心していると、ふとご飯の方に目が止まる。おそらく白米が詰められているそれは、焦げ目が全くない黄色くて薄い卵と肉そぼろ、それから何か緑色の葉のふりかけで埋め尽くされていた。
「あ、それ、何に見えます?」
「んー?何って、向日葵でしょ?」
「正解です!よかった、崩れなくて」
どうでもいいクイズを当ててもらえて喜びを見せる彼女は、ウキウキしながら話を続けた。俺は構わず箸を取り、おかずの方に入ってる肉じゃがっぽいものに手をつける。
「この間、耀さんを探しに公園を散策していた時に、見たんです。花壇に植わったたくさんの向日葵がすごく素敵で、なんだかすごく元気が出たので」
「ああ、あの向日葵」
(うん、肉じゃがは美味いなぁ。いい味出してる)
話半分に彼女の顔を眺めながら食事を進める。普段、俺の前ではなかなか笑わない彼女が、楽しそうに俺に話しかけているのが珍しくて、ついついじっと見てしまう。そういえば、こんな風な顔して笑ってたな、アイツらとは。
「近くで、気持ちよさそうに寝ていた耀さんが微笑ましいなぁってなんか、和みました」
「ほーん。それで、俺のこと考えながら作ってたの?」
そう聞くと、突然彼女の表情が変わる。また頬を染めて焦った様子で目が泳ぐ。そして、また黙りだ。全くこの子は、いつまで経っても本心を口に出してくれない、恥ずかしがり屋さんだなぁ。聞き込みや取り調べは慣れてるけど、惚れた女の口を割るのは未だに上手くいかないんだよね。
(まぁ、言わなくても伝わるものはあるけど)
俺は視線をお弁当に移し、向日葵が描かれたご飯に箸をねじ込む。何かわからない緑色の葉のふりかけの部分を一口分すくい上げて、口に含んだ。
(ほうれん草…いや、小松菜…?和風な味付けで美味い)
「…これ、なんの葉っぱ?」
「え、大根の葉っぱですけど…美味しくないですか?」
質問しただけなのに、不安そうな顔でこっちを向いて見つめてくる。視線を合わせて特に意味なく笑ってやると、慌てて喋り出した。
「ごめんなさい、あの無理して食べなくていいので、それ返し」
「はい、あーんして」
もう一口分すくって彼女の口元に持っていく。1つしかないお弁当を俺だけが食べてちゃ可哀想だ。箸も1つしかないし、俺が食べさせてあげようと、口を開けるように仕向ける。
「美味しくできたか心配なら、自分で食べてみたら?」
「え!あの、私、自分でやりますから」
「いいから口を開ける」
半ば強引に彼女の口を割るように、箸先を押し当てると、彼女は困った顔で口を小さく開いて、ご飯を口に含んだ。本当に嫌ならもっとやり方があるだろうに、抵抗しないってのはどういう理由なんだろうね。随分と従順になったもんだ。
「どう?美味しいでしょ?」
「…はい、美味しいです。え!?あ、美味しかったんですか?」
彼女の反応に馬鹿だなぁと思いつつ、俺は箸を進める。肉じゃがもだし巻き玉子も唐揚げも美味いし、この向日葵ご飯も見た目も味もいい。というより…
(ピンポイントで俺好みの味付け…いつ調べたんだか)
いつのまにか俺を見ている彼女に少し驚く時がある。ほら、今も。黙々と食べる俺を見て、嬉しそうにこっちを見ている。
彼女の笑顔と態度が嬉しくて、ついフッと笑みがこぼれた。
「ご馳走様、美味しかったよ」
半分くらい食べ終えて、彼女に箸を返す。本当は全部食べたかったけど、彼女の分も必要だからね。とりあえずコンビニでお腹の足しになるもの買ってこよう。彼女にも何か甘いものでもお礼するかね。
「お口にあってよかったです」
「んじゃ、明日からは俺の分もよろしく。向日葵弁当」
そう言いながら立ち上がり、彼女にニヤリと笑いかける。一瞬驚いた顔をした彼女は、すぐに真面目な表情になり、胸の前でお願い事をするときのように手を組んだ。そして、少しだけ声を張って言う。
「わかりました!あの、今週末、一緒に…耀さんのお弁当箱買いに行きませんか?」
予想外の言動に一瞬呆けるが、すぐに可笑しくなって俺は笑い出す。彼女が頬を染めながら必死な表情で言うもんだから、可笑しくて可笑しくて。そんなに一生懸命お願いしなくても、ナマエからのデートのお誘いなら断らないのに。
「は…いいよ、今週末のデートはそうしようか」
俺はまだ笑いながら、彼女の頭をワシャワシャ撫でるのだった。

まさか向日葵弁当にしてやられるなんて
恥ずかしがり屋もたまには悪くないか


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