スタマイ*短編 | ナノ

由井孝太郎『愛の温度差』

恋人になったばかり 体の関係はまだない
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寝室のカーテンの隙間から僅かに明るい光が差し込み、なんとなく目が覚めた。いや、それとほぼ同時に右の脇に何か温かいものが触れたのを感じて、私は目を覚ましたのかもしれない。
「ん…」
その熱を帯びた何かは、ゆっくり何かを探すようにもぞもぞと動き始め、私の両胸を二往復くらいして、左胸をがしっと掴み動かなくなった。そして、なんとなく背中に人の息遣いを感じる。
「孝太郎さん」
「……」
「起きてるんでしょ。この手は何?」
私は怒っている口調で声をかける。さっきまで隣で寝ていたはずの彼は、なぜか体勢を変えて私に抱きついて眠り続けていた。
「もう、起きて!」
私は彼に体当たりする勢いで無理矢理寝返りをうって、彼の方を向き、彼の頬を容赦なくつねる。そこまでしても起きないくせに、彼の右手から私の左胸は解放されず、掴んだまま付きまとう。
(信じられない!)
私は彼の手を引き剥がして起き上がった。そして毛布を抜き取り、ソファへ移動して寝ようと心に決める。寝ているとはいえ、これはセクハラだ。私たちにはまだ体を重ねる習慣はない。けれど、それでも一緒にベッドで眠りたいと彼が言うから、お泊まり時の二人のルールを決めたのだ。何もしない、触らないと約束してお泊まりに来ているのに、こんなの裏切りだ。
(あー寒い)
毛布を体に巻き付けてソファに寝転がった。12月半ばの早朝は流石に冷える。けれど、寒いからを理由に戻る訳にはいかない。私はミノムシ状態のまま、少しでも早く温まるようにもぞもぞ動いた。しばらくして、なんとなく自分の体温で温まってきてこれで安眠できると目を閉じた。
「ナマエ……ナマエ……」
その矢先、突然寝室から私を呼ぶ声が聞こえる。孝太郎さんだ。声の主が孝太郎さんだということは明白だった。他に誰もいないしね。
彼は呻くように私を何度も呼ぶ。次第に「どこいった」だの「寒い」だの言い始め、最後にはすすり泣くような音が聞こえてきた。なんだろう、まるで大きな子供ができたような気持ちになる。仕方なく私は毛布を持って寝室のベッドに戻った。
「ナマエ!どこにいたんだ!」
ベッドの脇に立って彼を見下ろすと、彼は布団を体に巻き付けて座っていた。寒いのか、鼻水をすすりながら話している。
(さすがに泣いてはいなかったか)
「孝太郎さんがルール違反したからソファで寝ようと思って」
「違反?違反なんてしてない」
「しました。私の胸触りました。だから、もう一緒に寝ないから」
そう言ってソファに戻ろうとすると、「待ってくれ」と彼は私にしがみついてきた。振り払おうとしても、全く解けない。仕方なくしがみついている彼を睨むと、彼も眉間に皺を寄せて私を見ていた。
「俺は寝ていたから覚えていない。いつ俺が君の胸を触ったんだ?」
「さっき鷲掴みされた」
「寒いんだから、温かいものを求めるのは人間の本能だろう」
「布団があるでしょう?」
「今週から一気に気温が下がった。布団じゃ足りないんだ」
呆れてため息が出ると同時に軽くくしゃみが出た。確かに今週から一気に気温が下がって、夜も明け方も室内にいても寒い日々が続いていた。暖房はつけるけれど喉が乾燥するのでタイマーで止まるようにしている。そうすると、明け方にはすっかり冷え込んでしまうのだ。
「君も寒いんだろう?ほら、こっちへおいで」
彼はそう言って私をベッドに引きずり込まれ座らされる。布団と毛布を広げ、私をやんわり包み込み、彼に抱きしめられた。
(あったかい…)
そのまま額にキスをされ、頬にキスをされ、首筋まで彼の顔が降りてきたタイミングでストップをかけた。
「孝太郎さん」
「君と一つになって温まりたい」
「…は?」
彼は顔を上げて私をじっと見つめる。その表情はとても穏やかで優しい顔をしていた。そして徐ろに私の手を取り、彼の胸に当てる。
「ナマエがいないと凍えて死んでしまいそうだ。泊まりに来てくれるときはまだいいが、夜一人だと寒いし、寂しさで寒さも倍増する」
「大丈夫、こんな気温じゃ死なないよ」
悲しい表情に変わった彼のことはお構い無しに、私はにっこり笑って、そっと手を引いた。ここで同情してはいけない。彼を調子に乗らせかねないし、何も解決しない。私は再び毛布を手に取り、ソファに移動しようと動き始めた。しかし、やはり彼は再び私の腕を掴み阻止しようとする。
「孝太郎さん、私はやっぱりソファで寝るよ」
「待ってくれ。俺は、ナマエと一緒に寝たい」
「ダメ。ルール違反するでしょ」
「しない」
「されたの」
「もうしない」
何度も続く口論に再び深いため息が出た。孝太郎さんは、少し頑固なところがある。別にそういうところは嫌いではないけれど、私もこうやって譲りたくないことがあると、埒が明かない。とりあえず腕を振り払おうとすると、また強く引っ張られた。
「仕方ないだろう。好きなんだから」
彼も深いため息をついた。その言葉を聞いた瞬間、私は進行方向から振り返ると、彼は真剣な顔で真っ直ぐに私を見つめていて、言ったあとに少しだけ微笑んだ。そして私の腕を掴んでいた手を離し、布団を広げ直す。
「本当に寒いから、しっかり毛布をかけて寝ること。いや、もう巻き付けて寝た方がいいかな」
彼は布団の中に入り、私に背を向けて寝転がる。寒いのか、首元まですっぽり布団に入る彼は、話を続けた。
「多分、こっちよりリビングの方が寒いだろう。なんならいつもリビングにあるブランケットもかけるといい」
「…そうだね。ありがとう孝太郎さん」
優しくアドバイスをくれる彼にお礼を言いながら、改めて毛布を手に取る。ベッドからよいしょと降りると彼が私を呼んだ。
「ナマエ…」
「何?」
「何もしないから…隣にいてくれないか?急に居なくなられたら心配する。君が誘拐されたんじゃないかって」
静かな部屋に響いた彼の声は、なんとなく少し震えているように感じた。彼は相変わらず私に背を向けたまま布団にうずくまるようにしてベッドに横になっている。
(誘拐って大袈裟な…)
そう思う反面、いつも人と感性や解釈が違う彼ならそう思うのも無理ないかと、なんだか愛おしくなる。
そして、さっきの言葉が頭に浮かび上がって心がちょっとだけ温かくなる気がした。
「いや、なんでもない。今のは聞かなかったことにしてくれ。おやすみ、ナマエ」
「孝太郎さん」
私は再びベッドに乗り、毛布を広げて彼の上にかける。そして彼の隣に入り、布団と毛布を自分にもかけた。彼は、驚いてか少しだけこちらを向いて様子を覗う。私は仰向けのまま、視線を彼に送り、告げた。
「手を繋ぐだけならいいよ、一緒に寝ても」
私の言葉を聞いた彼は、落ち込んだような表情から眉を上げて嬉しそうに笑った。そして私の方を向いて、私の手を布団の中でそっと握ってきた。
(孝太郎さんの手、あったかいな)
私も握り返し、お互いの温度差を確認しながら温め合う。冷たい私の手を一生懸命に握って温めようとしてくれる彼は、本当に私のことを好きでいてくれているんだなと実感する。
『仕方ないだろう。好きなんだから』
再び頭に彼の言葉が過ぎった。
(私も、温めてあげられたらいいな)
そんなことを思いながら私は、冷たかった自分の手が段々と彼と同じくらいの温度になっていくのを感じ、眠りにつくのだった。



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