スタマイ*短編 | ナノ

青山樹『ドヤ顔と甘い施し』

恋人 同棲してる 手先が不器用
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お風呂から上がって、鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かしながら整える。ああ、やっぱり。前髪が目にかかって視界が狭まる。
「う〜ん…」
今日、美容院に行ってきたのだが、後ろ髪を巻いてもらうのに満足して、前髪はいじってもらわなかったのだ。けっこう伸びていたから切ってもらおうか迷っていたところ、巻き髪にしたら意外とバランスがいいなと思ってしまい、切らなくていいですと言ってしまっていた。
ドライヤーを仕舞い、くしで前髪をとかす。やっぱり、目にかかる。
「ナマエ、まだ終わらないのか?」
洗面所からなかなか出てこない私が気になったのか、樹さんがやってきた。
「前髪がね、ちょっと」
鏡越しに背後に映る彼に返事をするが、意識は前髪に集中する。横分けにしたり、真ん中で分けたり、七三分けをやってみるが、どれもしっくりこない。
「別に変じゃないぞ。これから寝るだけだし、また明日の朝やればいいだろ」
「そうなんだけど、長くない?」
もう一度、一通り同じように分けてみるが、やはりしっくりこなくて、私はハサミを手に取った。すると急に彼がハサミを握った私の手を掴んでくる。
「待てよ。お前、自分で切るつもりなのか?」
「ちょっと整えるだけだし、大丈夫だと思うけど、多分」
不器用な私でも、前髪くらい大丈夫だと思いたいが、正直どうやって切ればいいのか検討がつかない。彼はため息をついて私からハサミを奪い取り、私を彼の方に向かせた。
「俺が切ってやる」
「え、樹さん出来るの?」
「出来るに決まってんだろ、揃えるくらい」
彼はハサミを見せつけ、いつもの様にドヤ顔で言ってくるが、本当に人の髪を切ることができるのかは不明。確かに、料理が上手で手先は器用かもしれないと思う。思うけれど、彼の書く文字は暗号化されたそれにしか見えないほどである。
「これ持ってろ」
渡されたのはよくポストに入っているチラシ。これを顔の下に広げて、切った髪が床に落ちないようにする。斜めにしないように保つのがなかなか大変だ。
「そんな不安そうな顔するなよ。大丈夫だ、お前の可愛い顔を傷つけるわけないだろ」
少し不安に思っていると、私を安心させるようにそっと私の頬に手が添えられる。そのまま手は顎のラインをなぞり、少しだけ顔を上げられた。
「そのままで角度キープな。あと、危ないから目閉じろよ」
言われた通りに顔の位置をキープして目を閉じた。そしていよいよ、前髪に彼の手が触れる。ジョキジョキとハサミで髪を切る音が聞こえ、肩が震えそうになるのを必死で止めた。しばらくしてハサミの音が止み、前髪を右側に寄せられる。
「もう、終わった?」
「まだだ。最後の仕上げが残ってる。まだ目開けるなよ」
綺麗に整えてくれているのか、彼の両手が右のこめかみの上辺りを何度か往復するのを感じて気になる。私は仕上がりを楽しみに大人しく待っていた。
「よし、できたぞ。ほら、鏡を見てみろ」
その言葉を聞いて目を開く。彼に持っていたチラシを渡して片付けてもらい、振り返り鏡を見た。
「えっ…これって!」
そこに映ったいつもと違う自分の前髪は、編み目の整った綺麗な三つ編みが作られ、右側に収められていた。見覚えのあるその髪型に思わず口元が緩んでしまう。
「俺ほどじゃないけど、似合ってるな」
ニヤケながら彼を見るとドヤ顔でそんなことを言われる。それが余計におかしくて、声を出して笑ってしまった。
「なんだ、そんなにお揃いが嬉しいのか?」
「ふふっ…これで出かけたら、すごくバカップルみたいだなって」
「…じゃあ、やめるか?」
私の感想に彼は不服そうに聞いてくる。彼がお揃いにしたくて三つ編みをしたのかはわからないけど、もしそうだったらと思うとなんだか彼がとても愛おしく感じた。
「ううん、お揃い…ちょっと嬉しい」
私はニコリと笑顔を作って正直に気持ちを伝える。すると彼も嬉しそうに微笑んで、チュッと私の額に優しいキスをくれた。
「…可愛い」
「ありがと」
自然と彼の首の後ろに手を回し、距離を近づける。彼からも抱きしめられてもっと密着した。
「お前は本当に可愛いな」
「もう、そればっかり」
スイッチが入ったかのように、可愛い可愛いと、彼は褒めてくることがよくある。いつもはっきり言われると照れくさいけれど、それでも今は彼からの甘い施しに酔っていたい。
(こんなことで喜べる日々がずっと続きますように)
私たちは幸せを分かち合うように、何度もキスを交わすのだった。


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