スタマイ*短編 | ナノ


槙慶太『キスしたくなるその寝顔』

槙視点 恋人 会社の部下
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(ん…?なんか今、目に当たった)
瞼に何か当たるのを感じて、閉じていた目を薄ら開く。
部屋のベッドで抱き合うように眠ろうとしていた俺たちは、慣れない体勢のせいか、なかなか寝付けずにいた。
「ごめん、寝てた?」
「いや、目瞑ってただけ」
そう返して目を擦った。ぼんやりしていた視界が、少しだけハッキリする。目の前では彼女がぼーっと俺を見つめていた。
「どうした?」
「…槙さんって、けっこう睫毛長いよね」
考えたこともないことを言われて、一瞬ポカンとする。あと、なんとなく女顔とか童顔とか、遠回しに言われてるように感じて複雑な気持ちになった。
「羨ましくてキスしちゃった」
「なんだそれ」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女が可愛くて、口元が緩む。こっちがキスしてやりたくなり、彼女の頬に手を伸ばそうとしてやめる。今キスしたら、またしたくなる。このままじゃいつまで経っても眠れない。
「いいなぁ、そういう睫毛が一番憧れる」
「ほら、寝るぞ。目閉じて」
伸ばしかけた手が不自然にならないように、彼女の瞼の上に当てる。大人しく目を閉じた彼女は、そのまま話を続けた。
「ねぇ、知ってます?キスする場所によって、それぞれ意味があるって」
「え?ああ、よくうちの女性社員とかが話してるよな」
「唇は愛情。ほっぺは親愛。おでこは友情。ってちょっとずつ違うみたいなんですよ」
話半分に、彼女のキス顔はこんな感じかなんて考えて、目を閉じたまま話す彼女の顔を見つめる。どこか既視感があるこの顔。いや、彼女の寝顔は何度も見ているが、そうじゃなくて。
俺は思い出そうと目を閉じた。
「えーっと、目?あ、瞼?瞼はなんだったかなー?槙さんわかりますか?」
”瞼”と聞いて思い出すことがある。
あれは、俺たちがまだ付き合う前、ただの上司と部下の関係だった頃のこと。同僚や部下たち(主に女性社員)の間で、キスする場所によってそれぞれ意味があると話題になっていた。別にそんなに興味はなかったが、耳に入ってきてしまったから、なんとなく覚えている。特に”瞼”にキスする意味は、当時の俺には想うものがあって、忘れられずにいた。

ぼんやりと会社の仮眠室の風景が広がる。
仮眠室のベッドで眠る彼女の瞼にキスした俺は、こう思っていた。
(アンタを恋人にできたらな…)
触れたせいか、彼女はゆっくり目を覚ます。目を擦りながら開いて、傍に立つ俺を見上げた。
「…ん…あ、あれ?あ、槙さん、お疲れ様です。ああ、ごめんなさい。私、ちょっとだけ仮眠とるつもりがこんな時間になっちゃって」
まだ眠そうにしている彼女が可愛くて、抱きしめたくなる衝動にかられる。どうにかそれを堪えて、彼女の頭を軽く撫でる。
「アンタは無理しすぎ。今日はもう帰ってゆっくり休めよ」
頭を撫でられたことが照れくさいのか、彼女は少し頬を染めて「大丈夫です」と答える。いつもそうだ。
その時の俺は、瞼にキスする意味を知らなかった。なのに無意識にそこを選んでキスしていて、あとで部下から話を聞いて驚いた。
(瞼にキスする意味は、)

「もう、聞いてます?」
「ん?」
声をかけられて目を開けると、昔のことを思い出して静かにしてたせいか、少し怒った顔で俺を見る彼女が。
「瞼ですよ。瞼にキスの意味。あーもういいや、調べれば出ますかね?」
そう言って彼女は起き上がろうとする。それをすぐさま止め、布団を被せてあげた。
「なんでもいいよ、そんなのは。キスする時点でアンタのこと好きなのには変わらないし。もう眠い」
やっぱり仰向けになろう。この体勢じゃ眠れない。
そう思って、布団の中の彼女の手を探す。せめて手を繋いで寝たい。それに気づいてか、彼女の方から手を繋がれる。
二人で手を繋いで仰向けになり、ゆっくり目を閉じた。
「あってるよ」
「え?」
小さく一言呟く。
彼女はまだ何か言っていたが、俺はそのまま眠りに落ちた。

(瞼にキスする意味は、憧憬。憧れるってこと)

俺の睫毛に憧れるって?
そうかよ




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