スタマイ*短編 | ナノ

桧山貴臣『ストレートな誘惑』

夢主視点 庶民の婚約者
まだそんなに親密ではない

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「なっ…!!ちょっと、これ!?」
襖を開けると、そこには一組の布団が敷かれていた。
信じられない現実にその場に膝をつく。
ここは、温泉と豪華お料理が有名な老舗旅館。温泉に浸かって、美味しいお料理をいただいて、大満足して、あとはふかふかの布団で寝るだけ、そう思っていた。しかし、現実はそう甘くなく、婚約者と宿泊しに来たからにはそれ相応の代価が必要なのです。
「どうした、ん?転んだのか!?」
私が発した大きな声に駆け寄ってくる婚約者である彼。膝をつく様子を見て、怪我をしたと思っているみたい。
「あ、いや大丈夫。なんでもないです」
彼は私の返事を聞くと安心したように作業に戻った。仕事が立て込んでいる中、なんとか休みを私に合わせてくれて設定した今日、やはりパソコンを持ち込んで業務を続けていた。
(忙しそうだなぁ)
チラッと彼を見ると、眉間に皺をよせてパソコンとタブレットを交互に見ている。邪魔をしない方が良さそうだ。
布団についても変に話題にするより自然体でいる方が、安眠できるかもしれない。 立ち上がってまじまじと一組の布団を見つめる。
(別に、嫌ではないんだけどね。ただ…この布団)
この布団を敷いたのは貴臣さんではない、ということは明白だった。
(旅館の人に頼んだのかな?もしくはいつもの執事さん)
少なくともこの布団を敷いた人には、”ああ、この部屋のカップルは今晩、夜の営みをするんだな”って絶対思われている。二組敷いてもらって、どちらかの布団に一緒に入ればよかったのに、どうして彼はわざわざ「布団は一組で充分だ」って係の人に言ってしまったのだろうか。実際は知らないけれど、そう言っているシーンが安易に想像できるから困ったもんだ。
天然なのはなんとなく知っていたけれど、デリカシーがないというか、常識外れというか…。
「さっきからそんな所に突っ立ってどうしたんだ?」
寝室に一向に入ろうとしない私を見て、不思議に思ったのか彼が声をかけてきた。
「いえ、なんでもないです」
振り返り、笑顔で答える。すると彼はパソコンを畳み、片付け始めた。
(あれ、仕事終わり?仕事してる間にもう一組敷いちゃおうと思ったのに)
片付け終え、彼は布団を見る私の肩を横から抱き寄せる。正直、まだ彼と密着することに慣れていないので、急にこういうことをされるとドキッとする。彼はいつも唐突だ。
「もう眠いのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど」
「布団を見ていたから眠いのかと思った」
布団を見ていたことに気付かれて、別の意味でドキッとする。どうしたものか、このままではこの一組の布団で私は彼と…。
考えている間も私の肩にあった彼の手は、だんだんと下へさがり、腰に添えられる。
「ちょ、ちょっと、貴臣さんっ」
「なんだ?」
「なんだじゃなくて、その…手を退けて」
「何故だ?」
「何故って…」
私の意図を読んでか読まずか、腰から手は退けてくれず、そのまま抱きしめられる。彼の胸元を押して抵抗してみるがビクともせず、諦めてそのまま彼の着ている浴衣を握った。
次第にこの状態すら恥ずかしくなり、鼓動の音が速くなるのを感じる。
「フフッ、緊張しているのか?」
「え、緊張って…てゆうかなんで笑ってるの!?」
なぜか彼は笑っていて、私の右耳側から囁くように喋る。そんなところで喋られると、背中がゾクゾクして余計に鼓動が高鳴ってしまう。
「すまない、フフフ。お前が布団を見てあまりに動揺しているから、おかしくて」
「だ、だって布団が一組だけってこれ…」
それ以上は恥ずかしくて言葉にできないでいると、急に私を抱き締める腕に力が込もる。さらに密着して、鼓動が二重に聴こえる気がしてきた。
「俺は、お前を抱きたいと思っている。お前はどうなんだ?」
ストレートに要望を言われ、またドキッとする。もちろん、そんなことはわかっていた。一組の布団を見たときから。
彼は私に意思を伝えるため、わざと一組だけ布団を敷くように命じ、私が襖を開けたら意識するように仕向けたのだ。
そう、私はその一組の布団を見たときから、誘惑されている。
(別に、嫌ってわけじゃないの。ただ…心の準備ができていないだけ)
どうしたらいいのだろう。こんなにストレートに言われたことがない。いいや、彼はなんでもストレートに言ってくる方だけれど。思えばこの旅行も彼からの提案で、最初はあまり私は乗り気でなかった。彼と一夜を共にするのが初めてだったからだ。でも、あまりに素敵なプランだったのでまんまと引っかかってしまい、というか温泉とお料理の誘惑に負けたのだ。
「ナマエ…ん…」
「あぁ…!ちょっと」
答えないでいると急に名前を呼ばれ、右耳にキスされた。さっきから耳元で話されているせいか、敏感に反応して声が漏れてしまう。その事実に恥ずかしくなり、一気に顔が熱くなってきた。
「早く…俺もそんなに待てる男ではない」

性急に結論を求められ、私は口を開き小さな声で答える

果たしてこの誘惑に私は勝てるのだろうか
むしろ、逃げられないように布団が一組敷いてあるのが見える

直球すぎるのもどうかと思っているけど
キスで誘惑するなんて
ずるい人
ああ、でも、言葉で伝えるより、
ストレートかもね




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