スタマイ*短編 | ナノ

九条壮馬『Each love situation』

クリス様 リクエスト夢
夢主視点
■リクエスト内容■
泉玲に嫉妬しちゃうみたいな感じ
夢主 23歳くらい 九条家のメイド
視点はどちらでも
夢傾向 切甘

*****************************
おやすみ前の薬と白湯を持って、私は今夜もご主人様の部屋を訪れる。大学を卒業し、この屋敷のメイドとして働くようになって1年。屋敷の主人である壮馬様は、夜寒い日があると必ず私に薬と一緒に白湯を持ってくるように頼む。そしてベッドの傍らで、彼が眠られるまで話を聞いたり、私が話をしたりして、彼の手を握って温める。それが、私の役目。最近は一気に寒くなり始めたこともあり、私が出勤している日は毎日だったり。不思議なもので、最初はただの仕事だと思ってこなしていただけだったのが、手を握っているせいか、段々と情が湧いてくる。 情というより、なんというか、こんなにお顔立ちの良い方と手を握り合っていると自然とドキドキしてしまうのだ。それに、彼はとても紳士的で、私に仕事を申し付けることはあっても、決して雑な扱いはせずに一人の女性として優しく扱ってくださる。私は壮馬様のそんなところに惹かれ、今では使用人としての感情以上にとても慕っている。

部屋のドアをノックするとすぐ様「入りなさい」と中から返事が聞こえてホッとした。時々、壮馬様自身がメイドである私を呼んだにも関わらず、先に眠ってしまっていることがあるからだ。眠ること自体は構わないけれど、彼には万が一があるので、その場合は起こさないように部屋に入って脈を計り、改めて布団をそっと掛け直して整え、照明を消してからもう一度彼を見て呼吸をしているかの確認をし、部屋を出ると決まっていた。
「失礼します」
部屋に入ると彼はベッドに座り本を読んでいた。カートに薬と白湯を淹れたマグカップを置きながら、何の本を読んでいるのか尋ねると、いつもより明るい表情で本のタイトルが告げられる。聞いたことがあるタイトルではあったけれど、彼があまり読まなそうなタイトルに私は違和感を覚え、思わず尋ねてしまった。
「珍しいものを読まれていらっしゃいますね。その本は新しく購入されたのですか?」
「いや、彼女から借りたものだ」
それを聞いて私は、なんだか胸の奥がザワつくような、少しモヤっとした気持ちになる。”彼女”という人物に心当たりがあるからだ。おそらく、ここ最近よくこの九条邸に訪れる厚労省で働く女性、泉玲さんのことだろう。先日いらっしゃった時に、紅茶を飲みながら壮馬様と本の話をしていたのをなんとなく覚えている。
「彼女というのは、どちらの…」
「泉玲さんだ。すまないが、もう少しで切りのいいところまで読み終わりそうだ。少し待っていてくれ」
「はい」
私は壮馬様にベッドに座るように手招きされ、隣りに座って待機する。念の為聞いてみたけれど、やはり泉さんのことだった。まあ他に、本を貸してもらうほど親しくしている女性は、今のところ泉さんしか知らない。壮馬様は仕事に支障が出る可能性を考えて、仕事関係で縁のある方とはあまりこういうことはしないから。
(あ…でも泉さんも元は仕事の関係)
そう考えると、なんだかまた胸がザワついた。彼女は仕事に関係なく訪れることも多いからだ。近くに来たついでにとか、個人的に頼みたいことがあってとか、はたまた壮馬様が食事会に呼んだり。
「ナマエ…。ナマエ」
「あ、はい」
考え事をしている間に読み終えたようで、いつの間にか壮馬様が私を呼んでいた。少し遅れたけれど、私は振り返り反応する。
「薬を貰おう」
「はい、こちらをどうぞ」
彼から閉じた本を受け取り、私はすぐ様立ち上がった。カートに本を置く代わりに薬と白湯を取り、壮馬様にそっと手渡す。彼は手馴れた様子で薬を口に含み、白湯を一口飲み込んだ。
「ご気分はいかがですか?」
薬のゴミを受け取り、いつも通り就寝前の体調確認をする。今日は疲れた様子もなく顔色も良くて、本人も昼間から調子がいいと言っていた。夕食もレバーをしっかり食べて、嬉しそうにされていたことを思い出す。
「特に問題はない。今日は調子がいい」
「それは良かったです」
私の質問に答える壮馬様は、ゆっくりと白湯を飲み干し、穏やかな表情で私にマグカップを手渡す。常に様子を窺っているけれど、本人からの返答があってやっと安心ができた。受け取ったマグカップをカートに置いて、就寝の支度を整える。
「今夜も大分冷えるな。寝間着を一新しようかと思っているんだが、どう思う?」
「そうですね…どのようにされますか?」
彼は上体を起こしたままベッドに入り、私はベッドの端に座って彼の左手を握る。喉に悪いと寝る前は暖房をつけていないせいか、この時の彼の手はいつも温度が低い。今日は本を持っていたため、指先がひんやりと冷たかった。
「こう…ふわふわとした…いや、もこもこだったか」
「…え?」
突如謎の擬音が聞こえ、思わず摩って温めていた手を止めて彼を見る。しかし彼は至って真面目な表情で右手を顎に添えて何かを思い出そうとしていた。
「先日、泉さんに教えてもらったブランドの商品がとても温かそうだった。若い女性に人気のブランドだと思うんだが、知っているか?」
「パジャマを扱ってるブランドですか?」
「ああ、もこもこのふわふわで淡い色の商品が多い…何と言うブランドだったか…食べ物のような名前だった気がする」
そこまで言われて私はすぐにどこのブランドだか検討がついた。けれどそれよりも、また彼女の名前が出てきたことになんだか気持ちが落ち着かない。
(泉さんが薦めてきたものを買うつもりなのかな…)
私はメイド服のポケットからスマホを取り出し、ブランド名を検索する。すぐに出てきた公式通販サイトをタップして、壮馬様に画面を見せて確認をとった。
「ああ、これだ。なるほど、LIMEでURLを送っておいてくれ」
「はい」
「素材が温かそうでデザインが可愛らしい。きっと似合うだろうと思ったんだが、どうだろうか?」
私に質問する彼は、どこか嬉しそうに、楽しそうにしている。”似合うと思った”という言い方から、買おうと思っているパジャマは、壮馬様ご自身のものではなく、誰かに差し上げる用なのがわかる。
「壮馬様のお気に召したものでよろしいかと思います」
(泉さんにプレゼントするのかな…?)
彼女が薦めてきた本を読んで、彼女が薦めてきたものを買う。そうやって、壮馬様が段々と彼女色に染まっていくような気がしてならない。それが何だか嬉しくなくて、もやもやと煮え切らない気持ちが溜まっていった。そんな私の気も知らずに、彼はまた泉さんから聞いた世間話をする。きっと、彼にとって庶民の話が物珍しいのだろう、だからこんなに楽しそうに私に報告してくるということは、分かってはいるけれど。
「どうした。今日はあまり喋らないな」
「いえ、何でも…ございません」
「俺の話は退屈だろうか?」
「とんでもございません。馴染み深いお話ばかりで、その…色々…ここに来る前の生活を思い出していました」
嘘をついた。本当は昔のことなんて何一つ考えていない。彼の手を擦りながら私はずっと、”早く終わればいいのに”なんて思って話を聞いていた。
「そうか。何か、嫌なことがあったような、そんな表情をしている。良ければ話を聞かせてくれないか」
「えっと…」
いつの間にか顔に出ていたようで、彼は心配そうに私に質問した。勿体ないお言葉に申し訳なさを感じ、思わず摩っている手が止まってしまう。何を話せばいいのかわからず、私はしばらく俯いて黙り込んだ。
「話したくなければ、無理にとは言わない。ただ、何か俺が力になれることがあればと思ったんたが…」
「いえ、お心遣いありがとうございます。その、特に嫌なことがあったというわけではありませんでしたので…」
このモヤモヤとした感情を伝えられるほど、私は今の自分の状態が理解できていない。それにもしかしたら、これは壮馬様に対する何かなのかもしれない。そうなると、壮馬様にご迷惑をおかけする可能性もあると考えていた。
「そうか。それなら良かった」
「あの…一つ、質問してもよろしいでしょうか…?」
何故自分の中に疑問が浮かぶのか、明確な理由はわからない。けれど、私はこのモヤモヤとしたものに憤りを感じ、耐えきれず申し出た。
「…構わないが」
「その…壮馬様はどうしてそんなに泉さんのことを…気にかけるのですか…?」
私の疑問は、彼にとって意外だったようで、彼は一瞬驚いた様子を見せて眉間に少しだけ皺を寄せる。そして何か考えるように視線を私から逸らし、「ふむ」と唸りを上げた。
「すみません、変なことを聞いてしまって…。お答えにくいことでしたら、大丈夫ですので、どうかお気になさらないでください」
私は自分の胸の前に両手を掲げ、慌てて訂正の言葉を並べる。口にしてみて、自分の中に生まれたこのモヤモヤの正体が何なのか、少しずつ見えてきた気がした。彼と彼女のはっきりとしない関係に、私の行き場のない想いがぶつかって、息苦しかったのだと。ただの使用人なのに、こんなこと思っている自分がおこがましすぎる。職務を全うしようと、私は立ち上がって布団を捲った。
「そ、そろそろ日付も変わりますし、お休みになりましょう。温め直しますので、どうぞ横になってお布団にお入りください」
私の動作を彼の視線が追いかける。慌ててはぐらかそうとする私を見てか、彼は小さく笑って呟いた。
「フフフ…妬いているのか」
たった一言、自分の気持ちをはっきりと言い当てられる。思わず触れていた布団の端をギュッと握り、どこか嬉しそうに笑う彼から視線を逸らした。
「…も、申し訳ございません。先程の戯言のような質問は、取り消します」
「取り消す必要なんてない。ナマエ、こちらに来なさい」
私は気まずい気持ちのまま、彼にベッドに座るように促される。もう一度ベッドの端に座ると「もっと近くに」とやんわり腕を引っ張られた。何を言われるのだろうと緊張しながら、恐る恐る彼に身を寄せて、ベッドに上がり改めて座り直す。彼は優しい表情で私の様子を見て、ゆっくりと口を開いた。
「俺とって泉さんは、大切な友人の一人。それだけだ」
「そう、なんですか」
彼の回答を聞いて、ホッとする自分がいることに、戸惑いを感じて俯く。やはり、壮馬様をご主人様としてだけでなく、一人の男性として私はお慕いしていることに今気付かされた。
(私は…壮馬様のことが…)
ぼんやりとし始めた意識を小さく首を振って頭から振り払う。そして彼を見上げると、また嬉しそうな表情で笑っていた。
「こんな風に嫉妬をしてくれるのなら、勘違いされるのも悪くはない。しかし…」
一瞬視線を落とした彼は真剣な眼差しを私に向け、そっと両手を私の頬に添えて包み込んだ。
「俺は貴女を使用人として雇っているのではなく、使用人だから囲っているのだが、この意味がわかるか?」
「え…?」
(囲うって…)
まるで、他のものを見ないように。そしてその言葉を私に刻みつけるように。彼の優しい瞳がギラリと光った気がした。
「驚いている様だが、これは本心であり事実だ。時が来るまで、貴女を囲わせてくれないか」
言葉の意味を知らないわけではない。けれど、その言葉をそのまま捉えていいのだろうか、そうすると自分の都合のいいように解釈してしまう。迷う気持ちを胸に私はただ彼の顔を見つめた。
(時が来るまで…って?)
「あの…壮馬様…」
困惑するあまり小さく彼の名前を呟く。彼はそんな私を見てまた「フフフ」と笑いながら、私を軽く抱きしめ耳元で囁いた。
「今夜は一段と冷えるからな、添い寝をしてくれると有難いんだが、どうだろうか」
「そ…添い寝ですか…!?」
「まあ、まだ寝巻きを用意していないからな。貴女に似合う寝巻きを贈ったら、考えて欲しい」
体を離し穏やかに笑う彼は、何事も無かったかのように布団に入ってしまった。彼に言われたことを頭の中で反芻して、フリーズする私は、彼に名前を呼ばれて我に返る。職務を全うしようと私はまたベッドの端に座り、改めて彼の手を握ってゆっくりと摩って温めていった。
私はその時の壮馬様の状態を覚えていない。だって、いつも以上にドキドキが止まらなかったから。
(いつか、時が来るまでずっと傍にいたら)
彼の言葉が頭を離れないまま、期待に近いものを胸の中に膨らせる。 同じことを繰り返し思いながら彼の手が段々と温まっていくと同時に、私の頬の温度も増していくのだった。



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