スタマイ*短編 | ナノ


早乙女郁人『Umbrella Romance』

とまこ様 リクエスト夢
■リクエスト内容■
年下 同じ大学の事務員
両片想い→両思い
夢主視点
切甘(もしくは甘)

*****************************
来客名簿を取り出し、目の前に現れた女性に記入をお願いする。フリルタイのついた白いブラウスにシャギーの入った淡いピンクのスカート。黒い低めのヒールがついたパンプス。髪はセミロングでハーフアップに纏めた自然な茶色。
「いつも夜遅くまでありがとうございます!」
彼女は人懐っこそうな笑顔で、お礼を述べながら来客名簿に退出時間を記入した。
「それでは、失礼します」
私は彼女がこの受付から遠ざかり、大学の玄関口へ歩き出してから来客名簿をまじまじと見つめる。
(泉玲…。厚労省、捜査企画課って…麻薬の取り締りとかの…?)
1年程前から、よく瀬尾教授の研究室に出入りするようになった彼女。詳しくは知らないけれど、おそらく瀬尾教授の研究している内容や意見が、彼女の仕事に必要なのだろうと思っている。お堅い感じの職種に就いている割りに、彼女自身はとても穏やかで明るい、前向きな…お人好しそうな人だなという印象だった。
「あ!雨降ってる」
ザーッと響く音が気になり、窓の外を見るとかなり大粒の雨が降っていた。そういえば、彼女は傘を持っていなかったなと、私は置き傘を手に取って立ち上がる。せっかく可愛らしい服を着ているのに、濡れてしまっては可哀想だ。
(風邪引いたら大変だし)
そう思って私は傘を持って小走りで彼女の元へ向かう。幸い、彼女は玄関口から外へ出ておらず、呼び止めて傘を手渡そうと思った瞬間、前方から一人の男性が傘をさして現れた。彼女は嬉しそうに片手を振り、その男性は彼女の元へ歩み寄ってさしている傘の中に彼女を引き入れ、二人仲良く帰っていった。
(相合い傘か…彼氏なのかな?)
恋人が迎えにきてくれるなんてちょっと羨ましいなと思いながら、受付まで戻ってきて自分の荷物を整理する。残っている教授たちもいるだろうけれど、本日最後の来客が帰ったから、私はもう帰ることができる。
部屋から出て施錠をして、確認をしようとドアノブに手をかけたそのとき、受付窓口のところにスッと人影が現れた。
「あ、早乙女先生。お疲れ様です」
「ああ、ミョウジ。今、アンポンタン…厚労省からの来客の女が来なかったか?」
振り向いて現れた人物を見ると、”ああ、やっぱり”と勝手に溜め息が出てしまう。早乙女郁人先生、彼は瀬尾教授の元でこの大学の助教授をしている。生徒からも人気があり、色んな教授からも高い評価を受けている優秀な超エリート。別の大学で教授をしている私の父親も、学会の食事会で彼に会ったときにめちゃくちゃ褒めていた。顔もイケメンと大学内では狙っている女性も多い。なお、私もその一人だったりする。
「おい、聞いてるのか?」
「あ、はい。今さっき…ん?」
彼はそれだけ聞くと玄関口の方へ向く。その手には車のキーが握られ、明らかに急いで走ってきた様子で彼は少し呼吸を乱していた。
「アイツ、傘持ってなかっただろ」
「そうですね。でも、彼氏さんが迎えに来て一緒に帰られましたよ」
「は?彼氏?」
こんなに焦って帰り支度もきっちりして来るなんて、余程彼女のことが大切なんだなと思ってしまう。それをわかった上で”彼氏”がいることをはっきり悪びれもなく告げる自分は、性格が悪いのかもしれない。
「彼氏、だと思いますよ。年上のスーツ着た、黒髪で優しそうな感じの」
私が彼氏の情報を伝えると、彼は少し考える素振りを見せて、キリッと私を睨んだ。
「その人は多分ただの上司か同僚だ。大体なんで彼氏だと思った?根拠はあるのか?」
根拠と問われても、そんなの特にない。彼がそんなに気にするということは、やはり彼は泉さんに想いを寄せているのかもしれないと少し気持ちが落ちる。元々エリート助教授の彼と、ただの受付事務員の私では、最早別の世界で生きてるようなもので、釣り合わないとは思っていた。まして、彼に好きな人がいるとなると勝ち目などない。
「だって、相合い傘してたので。走って行けばまだ間に合うかもしれないですよ。車で送るつもりだったんでしょう?」
落ち込んで怒りに近い気持ちをぶつけるように、少し早口で言葉が出てきた。私だって、彼に釣り合うように努力してきたのだ。毎朝、余所に出かけるときのように身だしなみを整えて、笑顔で挨拶して、愛想を振りまいて、彼に頼まれた書類のコピーは迅速に丁寧に、職員の飲み会の時はなるべく近くに座って食べ物を取り分けたり、グラスが空いていたらすぐに注文を聞いてオーダーしたり、けっこう積極的に彼と接触はしてきたつもりではあった。世間話以上の深い話をしたのは、本心だろうなと思える愚痴を何故か一度だけ、私しかこの受付にいない時に言いに来たことがあって、それくらいだ。
(なんで…私じゃダメなんだろう)
「好きなら、ちゃんと言葉と態度で示さないとダメですよ?自分とは別の世界で生きてるような相手なら、尚更です」
自分で言ってから、ブーメランだと気づく。だからと言って彼を好きだと告白しても、フラれるのはもう分かっている。そう考えると段々と情けなくなり、私は泣きそうになるのを堪えながら「帰ります、お疲れ様です」と小さく言って、彼に背を向けて職員玄関口の方へ歩き出した。
「おい待て。何勝手に帰ろうとしてんだ」
彼に腕を掴まれて引き止められる。 どうやら私の言動が気に食わないようで、彼は少しイラついた口調で文句を言いたそうにしていた。腕を掴む力も逃がさないと言わんばかりに段々と強くなってくる。少し痛みを感じたけれど、私は振り返らずに足を止めて、泣きそうな顔を見られないようにそっぽを向いた。
「は…離してください」
「はぁ?離すわけないだろ。誰が誰を好きだ?お前、勝手に勘違…って何泣いてんだ」
少し腕を引っ張られて振り向いた瞬間、溜めていた涙が零れ落ちるのを感じながら、彼を思わず睨む。誰のせいでこんな気持ちになっていると思っているんだろうこの人はと、私は思うがまま口を開いた。
「私だって、早乙女先生のことが……好きです」
誰もいない静かな廊下に、震える小さな私の声が響く。その声がちゃんと届いたのかはわからないけれど、彼の表情は私の顔を見た時と一切変わらず、少し眉間に皺を寄せて引きつったままだった。
(言っちゃった…どうしよう…)
彼の顔を見て、やらかしてしまったと焦る。咄嗟にこの場から逃げ出したくなり、私は彼の手を振りほどこうと掴まれていた腕を動かした。
「ぃ…今のは、忘れてくださいっ」
そんな私を見逃してくれるわけがなく、彼はまた少し力を込めて私を引き止める。そして両肩を掴まれ、向かい合うように強引に引っ張られた。
「おい待て。…忘れるわけないだろ」
強引な手つきとは裏腹に、彼は私の顔を真っ直ぐと見つめながら、いつもより柔らかい声色で呟く。彼の様子に驚いて見ていると突然キッと私を睨み、「帰るぞ」と自分の鞄からハンカチを取り出して私の顔に押し当てた。
「んん…な」
「その不細工な顔を何とかしろ」
私は押し当てられたハンカチを受け取り、言われたとおり涙を拭った。言い方はともかく、彼は実は優しいという場面に何度か遭遇したことがある。私が仕事でミスをしたり、飲み会で飲みすぎたときも、近くにいた時はいつも文句を言いつつ厳しく叱って、優しくしてくれたことを思い出した。
(私、やっぱり早乙女先生のそういうところ、好き)
ハンカチを見つめて改めて彼を好きになったことを実感する。そしてこの有名ブランドの紳士物のハンカチを黒いマスカラで汚してしまったことを申し訳ないなと思いながら、彼の方を向いた。
「あ、傘!」
その瞬間、近くに落としたままでいた私の傘を彼にとられた。
「早くしろ。時間が勿体ない」
そう言って彼はスタスタと職員玄関の方へ歩いていく。慌てて鞄を拾って借りたハンカチをしまい、彼を追いかけ始めるも彼の足は本当に速く、なかなか追いつかない。結局、玄関口まで来てしまい、待ってくれているのか、彼は玄関口の外で足を止めていた。
「傘っ…返してください」
「駐車場までなら一緒に傘に入ってやってもいい」
「…え?」
私の言ったことに対して別の返事をされたことに、ポカンと口を開けて彼を見上げる。そんな私をお構い無しに、彼は私の傘を勝手に広げてさし始め、徐ろに私の肩をそっと掴んで「早く入れ」と軽く抱き寄せる。
「え、あのちょっと!?」
「もう少し寄らないと濡れるぞ」
彼の言動に困惑して彼の手を払い損ね、されるがまま私は彼がさす傘の下に身を寄せられた。そして彼は駐車場のある方へ歩き出し、私も濡れないためにはついて行くことしかできず歩き始める。
(あ…やっぱり優しい)
彼は私が濡れないように気を使って傘をこちらに少し寄せてくれている。 よくわからないけれど、私は今の状況に喜びを感じていた。さっき失恋したばかりなのに、簡単に絆されていく自分が少し情けなくなる。彼が一緒に傘に入れてくれたのは、ただの同情かもしれない。というか、そうでしかないと考えざるを得なかった。
(それでも、早乙女先生と付き合えたらなんて)
無言のまま、いつの間にか早乙女先生の車の前までやってきていた。彼は何故か助手席側のドアを開けて、私に視線を送ってくる。これは「乗れ」ということなのだろうかと考えていると注意を受けた。
「乗れ。送ってやる」
「え、そんな、私そんなつもりじゃ」
「いいから」
強引だけれど優しい手つきで、私は車に押し込められるように助手席へ座った。ついでに少しだけ濡れた彼の鞄を受け取り、そのまま膝の上に抱える。彼は強めにバンッとドアを閉めたあと、私の傘をさしたまま運転席側に回り、ドアを開いて車に乗り込んだ。
(本当に、送ってくれるつもりなのかな…)
シートベルトを絞める彼にチラリと一瞬見られる。その様子を見て、私も慌ててシートベルトを絞めた。そしてエンジンをかけて発進すると思いきや、彼は急に大きな溜め息をついて「くそ」と空中に悪態をつく。やはり機嫌が悪いのか、いやもしかしたら、私が告白紛いな事を口走ってしまって機嫌を損ねてしまったのかもしれないと、彼の態度を見ていて思ってしまう。
(怒ってる…のかな…?)
沈黙が続き車も発進しないこの状況と、おかしなことを言ったにも関わらず、同情して車で送ってくれるなんて申し訳ない気持ちで段々と焦りが生じてくる。変な緊張に耐えかねた私は、畳まれた傘を手に取り恐る恐る彼に声をかけた。
「あ、あの、早乙女先生。さっき言ったことですけど、本当に忘れてください。私、一人で帰れますので」
「おい待て。勝手に一人で終わらせるな」
「…え」
話しながらドアノブに手をかけたとき、傘を掴む私の手の上から彼に手を重ねられ止められた。さっきとは違い、優しくそっと重ねられたことに一瞬ドキリと心臓が跳ねる。逃がさないと言わんばかりに、彼は私に鋭い眼差しを向けて話を続けた。
「お前が何を勝手に勘違いしてるか知らないが、俺は別にあのアンポンタンのことは何とも思ってない」
「アンポンタン…?」
「泉のことだ。大体、俺のことが好きなんてのは普段のお前の行動を見ていればわかる。まあお前は、回りくどく探りを入れる様にアンポンタンの名前を出してきたわけだが、そんなことしなくても、さっさと直接聞くなり告白でもすればよかったんだ」
話し始めた彼はいつも通り、誰かに文句を言うときと同じ口調で少しイラついた雰囲気が漂っていた。けれど合間に溜め息をつく度、雰囲気は和らいで落ち着いていき、どうしてか私から視線を外して、目を細め頬を染めている。 その様子は、何かを思い出しているような感じがしたけれど、私には彼が何を思っているのかわからないまま、意味の無い確認を口にした。
「…バレていたんですね、私が早乙女先生のこと好きなの」
「あんなに一生懸命、俺に取り繕った態度をとっていたら誰でもわかる」
私の早乙女先生への態度は、確かにわかりやすいと思っていた。それが、私の努力したことであり、私の彼に対する気持ちでもあったから。しかし、本人にバレているというのはやっぱり気恥ずかしいのと、もしかしたら踊らされていたのかもと思えてくるのも事実で、私はどこかやりきれない気持ちのまま押し黙ることしかできずにいた。彼に私の気持ちに対する答えを求めても、きっと同情しか返ってこない、それでも傘に入れて車で家まで送ろうとしてくれているのが、嬉しくてたまらない。
「やっぱり、一人で帰ります」
考えた末に口にしたのは、やはり一人で帰ることだった。気のない人に甘えていては、後々迷惑になるか、遊ばれて辛くなるかしかない。
もう一度、傘を握り締めると重ねられた彼の手がギュッと私の手を握ってきた。驚いて彼を見ると、彼は私を見ておらず、正面を向いて空いている片手でハンドルを握っていた。
「お前の言う定義通りなら、相合い傘してるヤツらは付き合ってることになるんだろ?言っとくが、俺は好きな女以外と相合い傘なんかするつもりはないからな」
「え…それって…」
(私のことは、好きってこと?)
その横顔は、どこか照れたようにさっきよりも頬を染めて、不服そうに外を見ていた。視線の先に、学生のカップルが相合い傘をして帰っている姿が見える。こんな時間まで残って勉強していたのだろうか、違うか、きっと人気のないこの駐車場で戯れていたのだろうと彼の視線を追ってぼんやり思った。
「私だって、好きな人とじゃないと相合い傘はしないです」
そう言って私は、手首の角度を変えて、重ねられていた彼の手との間に傘を挟む様に指を絡めて握った。彼の温かい手から伝わる体温にあてられてか、私は体全身が熱くなってドキドキしてくる。こんな初恋みたいな自分の言動が恥ずかしくて俯いていると、唐突に彼に名前を呼ばれた。
「おいナマエ。俺にわざわざこんなこと言わせておいて、ただで帰れると思うなよ」
振り向いた瞬間、彼はチラリと私を見ていつものドヤ顔で笑う。謎の脅し文句を言われてしまったけれど、それが嬉しくて緊張していた頬が緩んだ。もう一度、私が彼の手を握ると、私よりも強い力で彼が握り返してくる。私たちは二人で同じ傘を手に取ったまま、車を発進させるのだった。


[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -