スタマイ*短編 | ナノ

神楽亜貴『結束の花』

仕事のアシスタント 神楽を尊敬している
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誕生日と言えど、仕事には変わりない。今年は土曜日ということもあり、上手いこと催事の準備と重なっている。まあ、夜は慶ちゃんといつものバーでみんながお祝いしてくれるみたいだけど。
(そんなお祝いするような年齢じゃないのに。まあ、ありがたいとは思うけど)
僕を筆頭に催事用の展示衣装の製作チームは、前日ということもあり、20時までに仕事を終わらせて完全撤収する形で動いていた。仕事の早いアシスタントの子たちのお陰で会場のセッティングも時間通りに完了して、少しばかりやり切った感じを噛み締める。正直に言うと、もう少し会場の設営に手を加えたいけれど、頑張ってくれたみんなをこれ以上拘束するのは悪いから、一先ず撤収の声をかけて会場を後にした。
「はぁ…疲れた」
帰りのタクシーの中で小さく息を漏らす。今のは体力的に疲れただけで、僕にはやることがまだある。アトリエに帰って戸締りはもちろん、明日の催事のスケジュール確認、人員の配置の訂正、モデルへの連絡、持ち物諸々支度、次の仕事の進捗管理、それから…
(メイン衣装の見直し)
最後の最後まで、二つの柄で悩んでいた。今回のテーマは和洋折衷。最近一部の女性の間で流行っている、洋服を使って和服のように見せるというファッション。時間がなくて、より催事に適している柄に決めたけれど、やっぱりもう一つの柄が、僕は好きだ。
アトリエに戻って、もう一度トルソーに着せた二つのサンプルを見比べる。着物にAラインスカート、リボン止めできるように帯を合わせて、中にブラウスを着せることによって大正浪漫を思わせる雰囲気のワンピースに仕上げた。悩んでいるのは、上の部分の着物の柄。夏らしさを考えて、金魚柄と朝顔柄の2パターンを用意。派手さと色彩を考えて金魚柄に決定したけれど…。
(なんか違う…)
スカート部分にはプリーツを入れて無地の藍色と青海波の柄を互い違いに縫い合わせている。これも金魚柄に合わせて柄と色を決めた。ストーリーは完璧である。スカート部分の水面を泳ぐ金魚という意味で映像的にも見えるだろう。振袖部分を透け感のある布地にして涼しさを表現して、展示の際はそこにプロジェクションマッピングを使って光をあてる予定でいた。
(演出としてはこっちが抜群にいいんだけどな)
どこかしっくりこなくてため息が出る。隣りに並べた朝顔柄の方を見るとやっぱり込み上げてくる感情がある気がした。どっちも原案が僕なのには変わりない。けれど、何故こんなにも朝顔柄を気にしているのか、自分でよくわからない状況に少し苛立ちを感じた。
「柄違いで置くのはやっぱりダメでしょうか?」
「当たり前でしょ。商品として売り出すならまだしも、展示のみだからね。一種類ずつの配置レイアウトだし、今から変更はきかないから…って、まだいたの?」
かなり集中して悩んでいたせいか、突如後ろから聞こえてきた誰かの意見に気づくのが遅れる。振り返るとアシスタントのミョウジが残念そうな表情で立っていた。
「何してるの?今日は早めに帰る約束だよね?」
明日に備えて早く帰ってもらいたいのに、こんな時間まで残ってもらっては困ると思い、すぐ様指摘する。けれど彼女は、僕の顔を見て、少し慌てた様子は見せるものの、着ている作業用エプロンのポケットから何か出して、両手で僕に差し出してきた。
「あの、お誕生日おめでとうございます」
「なにそれ」
「もしよければ、これ、使ってください」
差し出されたのはメイン衣装の柄の布で作られた財布だった。誕生日プレゼントのつもりらしく、祝いの言葉を添えられれば受け取らないわけにはいかず、そっとその財布を手に取る。
「余り布で作ったんですけど…」
「見ればわかるけど」
片面は深い緑色と麻の葉柄の布をプリーツのように互い違いに縫い合わせ、もう片面は朝顔の柄を着物の襟の様に二枚重ねて縫い合わせ、中心上部に白の布地をあててブラウスの襟のように少しだけフリルが付いている。まるで、トルソーに着せられたサンプルのワンピースと同じデザインに、思わず視線だけでサンプルと財布を見比べた。
「…花咲かせてあげたくて」
「え?」
「せっかくチームのみんなで結束して作ったのに、晴れ舞台で咲かせてあげられないのは、少し残念というか、仕方の無いことなんですけどね」
僕の手の上にある財布を見つめてそんなことを言う彼女は、一瞬だけ顔を歪めてからトルソーの前に移動した。自分のチームが作った朝顔柄のワンピースを見つめて、また口を開く。
「なので、せめてもの意味を込めてその財布を作りました」
その声は少し切なさを帯びていて、静かな部屋に小さく鳴り渡る。そして、
「私は、こっちの朝顔の柄が好きです」
彼女は僕の方へ振り返り、悲しそうに笑った。
その表情を見て気付く。僕がどうして朝顔柄の方を気にしていたのか。
(僕も好き。ミョウジの選んだものが、好き)
同じ柄にも色々ある。僕はデザインを2チームに渡して、それぞれに色柄のセンスは任せていた。僕の育てたアシスタントたちは優秀で、各々が僕の提示した柄の布を持ってきたわけだけど、彼女はいつも僕好みのものを持ってくる。きっと、僕の好みを把握しているのだろう。そんな彼女の選んだものを、僕は自分で気が付かないうちに、気にするようになっていたのかもしれない。
「がま口財布って、センスなさすぎ」
「え、可愛く出来たと思うんですけど…」
「僕、小銭持ち歩かないんだけどね」
「あぁー!すみません!そういえば、そうですよね」
「まあ、これは可愛いから貰っておくけど」
誕生日プレゼントを見つめて考える。何かいい方法はないだろうか。なんとかして、彼女の作品を世の中の人に見てもらいたいと他のアシスタントより贔屓目で見て思ってしまうのは、いや、考えないようにしよう。
(誕生日プレゼントのお礼くらいにはなるかな)
彼女の隣りに立って、もう一度朝顔柄のワンピースの全体を眺める。そして、ふと名案が浮かぶ。
「さてと、会場閉まるの22時だから急ぐよ」
「亜貴さん、何考えて…」
「決まってるでしょ。こっちも持ってく」
僕は急いでトルソーからワンピースを取り外し始める。彼女は僕の行動に驚き、戸惑った様子でこちらを見ていた。
「ちょっと手伝って。仮縫い部分、全部本縫いするから。あと、置く場所ないから明日はミョウジが着ること」
「え!?私が着るんですか?」
「他に今サイズ合わせできる人いないでしょ」
僕の声掛けに彼女はすぐに手伝ってトルソーから装飾小物類を外していく。そう、会場の配置を今から変えるのは難しいけれど、何着かはモデルに着せて回らせる予定だから、それならこの朝顔柄のワンピースも持っていくことが可能だろう。あとは時間との勝負だけれど、多分、彼女とならやれる。僕がそう確信を持ってした提案に、彼女は驚いて手が止まっていた。
「ほら、早く。僕たち二人で結束して作らないと間に合わないよ」
もう一度声をかけて手を動かさせる。少しばかり慌てた彼女は、明日を想像したのか頬を染めて緊張した面持ちで「はい」と返事をした。

作業台にワンピースを広げる。
隣りにはこのワンピースを着る大切なモデルがいる。
そして僕らは、タイムリミットまでに結束をより固めて業務を遂行する。
それが出来たら、きっと…なんでもない。
誕生日と言えど、仕事には変わりない。
本当に、なんでこんなことにって、君が悲しそうに笑うから。
でも、たまにはこういう誕生日も悪くないかなって、思ってあげる。

(僕が、君を咲かせてあげるんだから)
ワンピースと彼女を照らし合わせながら、僕は柄にもなくそんな気持ちを募らせるのだった。



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