スタマイ*短編 | ナノ

槙慶太『初恋告白』

年上の幼馴染み 両片想い
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ぼんやりと白い景色が広がる。ここはいったいどこなのだろうか。分からずいるとどこか遠くの方から、聞き覚えのある唄が聞こえてくる。

あかりをつけましょ ぼんぼりに
おはなをあげましょ もものはな

(ああ、これひな祭りの唄か…)
ぼーっと唄に聞き入っていると何やら遠くから知っている人物がこちらに集まってくる。
(あれ…?亜貴…?兄貴と桧山くんに羽鳥。親父とお袋も)
みんなこっちを見て嬉しそうな顔で拍手をしている。何人かは俺の方に向かって何か言っているが、声は聞こえない。ただ、ひな祭りの唄だけが耳にスーッと響いていた。
「慶太」
不意に誰かに呼ばれる。それは聞き覚えのある声で、左隣を見るとやはりナマエがいた。
(ナマエ…なんだその格好)
彼女は何重にも重なった鮮やかな着物を纏っている。まるでお雛様のような格好に、俺はポカンと口を開けて見つめることしかできなかった。
「…………………」
満面の笑みを浮かべて彼女が何か言っている。けれど、何も聞こえなくて、ひな祭りの唄が頭を巡る。訳の分からない状況に一度目を閉じて考え始めると、また彼女が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「慶太」


「慶太、慶太」
「…ん?あ…どうしたんだ?」
気がつくと見慣れた部屋の景色が目の前に広がる。今まで何をしていたのか思い出そうと、頭を少し振った。
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
ソファに座っている俺の左隣に彼女は座って、寝ていた俺を起こしてくれたところみたいだ。まだ少し寝ぼけながら「ありがとう」とお礼を言うと、彼女は少し困った顔で微笑んだ。
「あれ?亜貴は?」
「急に仕事入ったって帰ったよ。一緒に見送ったでしょ?」
「ああ、そっか」
そういえばそうだった。今日は俺の家で俺の誕生日を祝うパジャマパーティーをする約束で、ナマエと亜貴が来てくれたが、亜貴は急な仕事で帰ってしまって、今はナマエと二人きりだった。
(…二人きりって、まずくないか?いくら幼馴染みとは言え、泊まってくのは)
そう思って彼女を見ると、彼女はすでに風呂に入って上がってきたところのようで、モコモコした可愛いパジャマ姿で髪を乾かしていた。シャンプーのいい香りが漂ってきて、やっとぼんやりしていた頭が目を覚ます。
「俺も風呂入ってくる」
なんだか少し気恥ずかしくなり、顔を逸らして立ち上がった。その瞬間、服の裾を引っ張られて振り返る。
「待って、ちょっと話したいことがあるの」
風呂から出たばかりだからか、彼女は少し頬を染めて俺を見上げる。その姿がちょっと可愛くて思わずドキッとしてしまう。
「あ、でもその前に…おめでとう。誕生日おめでとう慶太」
「ああ、ありがとう。さっきも言っただろそれ。亜貴とケーキ食べてるとき」
「そうだけど、改めて言いたくなったの」
会話しながら少し彼女の方を向くように斜めに座り直す。俺の服の裾を握りしめていた手は離れ、彼女はさっきまで使っていたドライヤーを片付け始めた。
「それにしても、今日よく休み取れたな?会社含め、今日はひな祭りだから、忙しかったんじゃないのか?」
話したいことがあると言うから待っているが、彼女はなかなか話そうとしない。ドライヤーを片付けたと思ったら手鏡を見ながら髪を梳かしている。話の内容がそんなに言いづらくて重要なことなのだろうか。ちょっと嫌な予感がする。
「私にとって3月3日はひな祭りより先に慶太が生まれた日って認識だから」
「なんだよ、それ」
確かに、小さい頃からひな祭りというより俺の誕生日パーティーに出席している彼女にとって、3月3日はひな祭りではなく俺の誕生日なのかもしれない。でも、改めてはっきりそれを言われるとなんだか照れくさくて顔を逸らした。同時に、さっきまで嫌な予感がしていたけれど、二人きりというこの状況に少しだけ期待する自分がいた。
「それで、ね。話したいことなんだけど…」
「ん?ああ、なんだよ改まって」
髪をしっかり整えじっと俺を見つめる彼女のすっぴんを見るのは、大人になってからは初めてだなと思うと少し緊張する。別にこのあと何かがあるわけではないのに、妙に色っぽいと感じてしまう。
(意識したら、やばい)
「もしかして、もうおばさんから聞いてる?」
「は?いや、特に何も聞いてないけど」
何故急に母親が出てくるのかわからないが、ちょっと拍子抜けする。なんで俺より先にお袋がナマエから話を聞いてるのか、まあよく会うし一緒に出かけることもあるから、話している可能性はあるけれど。そして、いったいなんの話なのかはさっぱり見当がつかない。
「そうなんだ…」
彼女はぽつりと呟く様に相槌をうつと、膝に置いていた両手をぎゅっと握って俯き、徐ろにたどたどしく話し始めた。
「んー、あー実はね、両親同士がいつのまにか婚約を決めてて…結婚…することになったの」
衝撃的な彼女の言葉に、思わず目を見開いて彼女を見つめる。時が止まったかのように俺は動けず、思考も一瞬停止した。しかし、彼女が顔をあげないのが気になり、すぐに思考は回復する。
(結婚…て…。マジか…俺、振られたってことか)
別に付き合いたいとかを考えていたわけじゃない。ただ、まさかそんな形で振られるなんて、いや、恋人になれなければいつかはそうなることはわかっていた。でも恋人にならなくても…
(ずっと、この関係が続けばいいって思ってたんだけどな)
「おめでとう…って言うのはちょっと違うか」
口に出してみてなんだかしっくりこない。やっぱり心からそう思えない自分がいた。自分の気持ちを振り払おうと、彼女がずっとこっちを見ないで話すのは何故なのかを考える。自然と導き出された答えは、両親同士が勝手に決めたというところが原因なのかということ。
(もしかしたら、あまり乗り気じゃないのか?)
「その、大丈夫なのか?好きになれそうなのか?」
「え…?好きもなにも…は、初恋だし。ずっと昔から…好きだよ」
相手が昔からの知り合いだということに少し安心する。そして、別に俺に言ったわけではないのに、「好きだよ」という彼女の声にドキッと胸が高鳴った。
「なんか言ってよ」
「なんかって、なんだよ」
やっとこっちを向いたが、初恋を告白したのが恥ずかしいのか、頬を赤く染めて睨んでくる。俺に感想を求めてるのだろうか。
(そんなの、できれば聞きたくなかったな)
膨れっ面する彼女が可愛くて、少しだけ苦笑いを浮かべた。
「慶太は…?慶太は、どう思ってるの?嫌じゃないの?」
「え…いや、ナマエが幸せになれるなら、それでいいと思ってるけど」
本心だった。誰かが彼女を最高に幸せにしてくれたらそれでいい。例えその誰かが俺じゃなかったとしても。
「そ、そうじゃなくて。…私のこと、どう思ってるの?」
予想外な質問にまたポカンと口を開けて彼女を見る。彼女の顔はどこか不安そうで必死に何かを求めているように俺を見つめ返す。
「俺の気持ちは関係ないだろ」
「関係あるよ。すごくある」
何故そんなことを聞くのかわからないが、今更俺の気持ちを伝えても変わらない。そう思って返したのに、彼女は真剣な顔で俺の返答を望んでくる。それになんの意味があるのか。もしかしたら、この婚約を破棄するために俺に何かしてほしいとか。
(いや、まさかな)
考えて否定する。だって有り得ない。今さっき、彼女自身がこれから婚約する男のことはずっと昔から好きだったと言っていたのだから。長い時が経ったとしても、初恋なら尚更、忘れるわけがない。寧ろ、きっと想いは募り膨らむばかりじゃないのだろうか。

(俺だって…初恋だったよ)

「風呂、入ってくる」
無意味な質問に返せる言葉はない。風呂に入ろうと立ち上がり、少しだけ話を逸らして質問した。
「それで、どんな人なんだ?その婚約者になる人って。俺の知ってる人か?」
気にならないと言えば嘘で、やっぱり相手が気になる。本当は聞かない方がいいような気がするが、彼女を幸せにできる相手なのか心配だ。
「…………」
何故か返事はなく、寝巻きと下着を持ってソファに座る彼女を見ると眉間にしわを寄せて何か考えてる様子だった。近づいて顔を覗き込むとまた頬を染めて睨んでくる。
「どうした?」
「…バカ」
「は?」
「バカ。ほんと、慶太のバカ」
急に罵倒され、訳が分からない。彼女は徐ろに立ち上がると、鞄から封の開いた白い封筒を出して俺に渡してきた。無言のまま中を見るように視線で訴えてくる彼女は、真剣な表情で俺を見る。よく分からないが、封筒の中身を取り出すと見慣れない紙が入っていた。
「婚姻…届…は!?」
驚きのあまり持っていた衣類を落とし、俺は紙を広げて再度確認する。瞬きしてもその文字は変わらず、紛れもない婚姻届が自分の手元にあった。既に記入された部分が多く、花嫁の部分にナマエの名前と証人の部分にナマエの両親と俺の両親の名前が書いてある。
「相手の人に書いてもらわないといけないの」
そう言われて花婿の欄を見ると、そこだけ空欄になっていた。つまり、これは…
「書いてくれる?」
言葉と共に、上品な万年筆が俺に向かって差し出され、同時にさっき彼女が話していた言葉が頭の中を巡り、急に緊張に似た鼓動が体に響き渡る。
(両親同士って…初恋って…好きだよって…全部俺かよ)
いつの間にか手に力が入っていて、紙の端に皺を作っていた。慌てて整えて、俺は彼女を真っ直ぐに見つめるとやっぱり不安そうな表情で俺を見ていた。
「あの…でもその前に、やっぱり慶太の気持ち…聞きたいな」
彼女は口を小さく開いてそう言うと、また照れくさそうに頬を染める。つられて俺も、きっと今、顔が赤い。
「バカ、俺だって…」
恥ずかしくて、でも嬉しくて、照れ隠しで悪態をついてから告げる。

「初恋だよ」

初めて告白するこの想いはずっと
届くことはないと思っていたのに
まさか、誕生日に
こんな形で返ってくるとは

俺は万年筆を受け取り、ソファに座り直した。そして婚姻届をテーブルに置いて、花婿の欄に”槙慶太”と記入する。他にも書くべき項目はあるけれど、それはもっと…
「ナマエ」
「…はい!」
俺の左隣に座り直した彼女を呼ぶと驚いた声をあげる。婚姻届と彼女に交互に視線を送り、慎重に言葉を選ぶ。一言間違えば、また彼女を不安な顔にさせてしまう。
「あのさ、今は書くのここまででいい?」
「え、どうして?やっぱり、私のこと好きじゃないとか…?」
「違う!そうじゃなくて、なんていうか…もっと、恋人の期間ほしいなって」
欲張りな願いかと少し心配になるが、きっと彼女も望んでるはず。だって両親の勝手な判断で結婚なんてしてたまるもんか。俺達はずっと、お互いに初恋で、ずっと、お互いに好きだったのだから。
「幼馴染みだし、ずっと傍にいたけど、恋人としてはまだ何も知らないし。それに、ちゃんとプロポーズとかも…したい。夫婦になる前にしたいこともあるだろ?だから…」
「じゃあ、ゆっくり。私たちのペースで書けばいいよね」
言葉尻に「だから、ゆっくり」と続けようとした瞬間、彼女に先を越された。どこか既視感のある満面の笑みを浮かべて、彼女は俺の手に自分の手を重ねる。
「これからも、ずっと傍にいさせてね」
俺は彼女の口の動きを見て思い出した。ああ、あの夢だ。白い空間に、豪華な着物を着た彼女と並んで座る不思議な夢。
(そういえば、ひな祭りって結婚式の情景だった気が…)
ふと思い出した情景を考えると、お雛様のような格好の彼女の隣に座っていた俺は、もしかしたらお内裏様なんじゃないかと。
(初恋は実らないって言うけど、夢に見るってどんだけ結婚したかったんだ俺?)
俺はなんだか可笑しくなり、少し笑って「当たり前だろ」と彼女に答える。そして、この笑顔を絶対に壊すまいと誓うように彼女に口付けるのだった。



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