スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『チョコレートオンザリップ』

Revelご用達のバーのバーテンダー 羽鳥のことは気になっている
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今年の誕生日、
そしてバレンタインは、
それしか受け取らないから。

”唇にチョコレートを塗って俺にキスをする”

※男性は参加不可


「はぁー」
ため息をついてバーのソファに腰掛ける。いつものバーで行われた恒例の俺のバースデー&バレンタインパーティーが終わって、女の子たちを帰し、完全に力尽きてしまった。今年は体を張った催しにしたせいもあって、本当に疲れている。
「お疲れ様です。これどうぞ」
バーテンダーのナマエちゃんがチョコレートまみれの俺の姿を見て、おしぼりを持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう」
「うふふ、なんだか嵐が去った後みたいですね」
「確かに。本当、台風の中、傘もささずにって感じだね」
イベント用に着ていた白いYシャツは、元々そういう模様だったかのように、もうチョコレート色のキスマークで埋め尽くされていた。首や頬にもベトベトにチョコレートがついていて、肌がチョコレート色になりそう。
「耳にもついてます」
「え、ああ本当だ」
彼女にチョコレートがついている場所を教えて貰いながら、おしぼりで拭き取っていく。白かったおしぼりもあっという間にチョコレート色に変わり、俺が着ているYシャツと同じ状態になった。
(来年はやめよう)
正直面白かったけど、すごく疲れた。まあ、沢山の女の子がチョコレートを唇に塗って、順番に俺にキスをするのだから、芸能人の握手会とかサイン会みたいにスムーズにいくわけがない。そりゃあ、ね。
「どう?面白かった?」
「え、イベントですか?」
突然話しかけて驚いた顔をする彼女は、しばらく考える素振りを見せて、苦い表情を浮かべて目を逸らした。
「正直、みなさん怖いなと思いました」
「へぇ。ガツガツしてる感じが?」
「そ、うですね。なんて言うか、一人が怒り出すと周りも伝染したかのように怒り出す感じが」
「あははっ、確かに。あれは怖かったね」
女性は怒ると怖い。というか、とてもヒステリックになるし、危ない。特に恋愛絡みだとね。
一人が自分の前に俺にキスをした女の子に対して急に怒り出すという、怖いけど、本当に面白いことが起きて、あの時なんて言って止めようか悩んだ。けれど、このイベントの本当の目的を遂行するには、俺は特に何も言わない方がいいと思って止めなかった。結果、バーテンダーの彼女が仲裁に入ってくれてなんとかイベントを再開できたけれど、ちょっと迷惑かけちゃったから、それはまた今度お詫びのデートにでも誘おうかと思う。
「まあ、みなさんの気持ちも分からなくはないんですけどね。やっぱり、好きな人に他の女性がキスしてるところなんて見たくないですから」
「そうだね、俺だって好きな子が他の男に取られちゃうのは嫌かな」
そう言いながらおしぼりを手渡すと、彼女はまた苦笑いを浮かべた。その笑いがなんとなく攻撃的に見えたのは気の所為だろうか。
「でも、羽鳥さんの目的って、それですよね?」
彼女はおしぼりを片付けながら、小さく呟くように俺に問いかける。片付ける様子を目で追いながら彼女の言葉を頭で反復すると、やっぱりバーテンダーなだけあって聡いなと感じる。俺の目的がわかるなんて、彼女に今日担当してもらって正解だったかもしれないと、ため息混じりに笑いが込み上げてきた。
「軽蔑した?」
俺の事をどう思っているのか、ありきたりな感情じゃつまらない。そう思って聞いてみたが、意外な言葉が返ってきた。
「いいえ、どちらかというと羽鳥さんは恋愛が下手なんだなって思いました」
驚いて彼女を見ると、彼女はシェイカーを振り始めていて、こちらを向いていなかった。その表情は無表情に近く、どこか澄んだ瞳をしている。客観的な物見はあの表情から生まれるのかと思うと、なんだか少しワクワクするような感覚が一瞬胸の奥を過ぎった。
「どうぞ、チョコレートのカクテルです」
シェイクして出来た飲み物を彼女は俺の前のテーブルに運んだ。またもやチョコレート色のものが現れて、正直見飽きてきたが、くれたのだから一応お礼は言う。
「ありがとう」
「本日はおめでとうございます。ささやかながら、私からのバースデープレゼントです」
グラスを手に取り近づけて匂いを嗅いだ。Yシャツについたものとは違う深いカカオの香りが鼻を通り脳を刺激する。
「いい香りだね。鼻が半分麻痺してるかもしれないけど」
「ええ、マスターが仕入れた最高級のカカオから作ったチョコレートリキュールを使っているので。毎年この時期は決まって注文が入るんですよ」
にこやかに話す彼女の意図を探るように見つめる。けれど接客のプロは顔を崩す様子はなく、やっぱり難しいなと鼻で笑った。
(バースデープレゼントね…)
「へぇ、そうなんだ。ナマエちゃんも座れば?みんなが来るまで時間あるし、疲れたでしょ?」
桧山達が来るまでまだ時間がある。それまでに着替えて片付けなければいけないと思いつつ、俺はグラスをテーブルに置いて彼女を誘った。すると彼女は一瞬だけ嬉しそうに笑った表情を見せて「お言葉に甘えて」と俺の隣に座った。
(ふーん、そういう顔するってことは…彼女は俺の事を)
「ねぇ、君が俺に飲ませてよ」
空かさず彼女との距離を縮めて、膝に置いてある手に自分の左手を重ねた。急なことで驚いてはいるけれど、俺から身を引くような様子は見受けられない。彼女はこういったことが慣れている、もしくは緊張して身動きが取れないか。
(さて、どっちかな)
「こうやって」
カクテルを指で掬って彼女の唇に塗りつける。驚いた表情をしている彼女は、何度か塗りつけるとその顔を赤く染めていった。
「キスしか受け取らないって言ったでしょ?」
「そ、そうですけど」
「ほら、口を動かすと垂れちゃうから早くしなきゃ」
戸惑う彼女が逃げられないように右手を彼女の頬に添えると、彼女は視線を逸らしてまた口を動かそうと開いた。
「あの…羽鳥さんっ」
「君も恋愛下手だよね。もっと素直になればいいのにこんなことするなんて、どうなるかわかってる?それともわざとなのかな?ほら、垂れちゃった」
彼女の唇からチョコレートが滴り、彼女の胸元を汚す。顔を真っ赤にして唇から液体を漏らす姿が妙にセクシーで、少しだけ俺も心臓が高鳴った。そのまま彼女をソファの肘掛けに追い詰めて、顔を近づけると彼女の喉が小さく鳴る。
「君からくれないなら、俺から貰いにいっちゃおうかな」
(みんなが来るまで、俺を楽しませてよ)

今日は俺の誕生日。
甘くて苦い、君と俺との刺激的な恋の誕生を祝して
そのチョコレートを舐めとるように
唇を合わせた



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