スタマイ*短編 | ナノ

服部耀『勤労感謝の褒美』

同じマンションのお隣さん。
化粧品店勤務。30代前半。 タメ口
付き合い始めたばかり。体の関係はまだない。

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自宅マンションの車庫に車を停め、ドアを開けて出ようとした瞬間に彼女から何か包みを渡される。
「これあげる」
「なあにこれ?」
左手で受け取り、白いラッピング袋に青いリボンで止められたそれをまじまじと見つめる。まあ、なんとなく予想はついていた。今日は11月23日。さあ、何の日でしょう。それ以上、特に彼女からは言葉は貰えなかったので、俺は受け取った包みをコートのポケットに仕舞い車を降りた。彼女も俺に続いて降りて、車庫を出てマンションのエントランスに向かう。
「吸っていい?」
歩きながら一応聞く。いつもそうしてる。彼女は少し神経質だから、この前も怒られた。まあ、彼女の部屋のベランダで吸ってたのが原因ではあるけれど、こっちも気を使ってベランダに出たんだから許してもらえないかなぁ。今日は…返事がないけど、暗黙の了解ってことでよろしくどうぞ。
「ふー」
エントランスの入口付近で止まって、俺は煙草を吸い始めた。彼女は隣で鏡を片手に、自分の顔を見て化粧を直そうか悩んでいる。これから部屋に帰るのに、どうして気にしてるんだろうか。
「煙草、やめてよね」
横目で彼女を見てると、急にそんなことを言われる。雰囲気は穏やかで特に怒っている様子もない。ただの戯れ、言葉遊びって思ってても大丈夫かな。
「なんで?」
彼女の方を向かずに俺は煙草を吸いながら、そのまま思ったことを聞く。
「臭いから」
返答は予想通りくだらない。俺は少し言い返すつもりで忠告する。
「お前もそのケバい化粧やめてくれたらね」
「ケバくないもん」
「鏡よく見てみんさい」
彼女は少しムッとした顔をこちらに向けた。化粧が濃い日は、怖い顔が余計に怖くなるし、ブスだなぁと思う。
(まあ…すっぴんは見たことないけど。いつ見せてくれるかな)
煙草を口に咥えたまま、さっきもらった包みのリボンをといて開ける。中身を取り出してみると、なんと携帯灰皿が出てきた。
「は…やめてって言う癖に携帯灰皿って矛盾してるんじゃない?」
「持ってないでしょ?」
「持ってますよ。まあ、古くなってたからそろそろ変えようと思ってたけど」
そう言って新しく手に入れた携帯灰皿で煙草の火を消した。今まで使ってた物より使い勝手がよさそうなデザインで感心する。手に持っていたものをポケットに仕舞い、彼女の方を向いてお礼を言った。
「誕生日プレゼントありがとさん」
「…ん?誕生日?」
「ありゃ、違った?」
「誰が誕生日なの?」
「俺」
予想外な返答に少し驚きながら、思い出そうと視線を逸らす。そういえば、付き合い始めてから彼女と誕生日の話をしたことがないなぁと。
驚いた顔のままの彼女の手を取り、話を続けながら俺達はエントランスに入った。
「じゃあこれは何のプレゼント?」
「勤労感謝の日だし、いつも頑張ってる耀さんにと思って…。うちのベランダで使って?」
「なるほどねぇ。俺を労わってご褒美というわけか」
(ベランダの手摺りで火消しをしたのと、灰を落としたままだったのが敗因か)
エレベーターに乗って、誰もいないことを確認すると、彼女は手を繋ぎ直してきた。彼女は、マンション内の人間に見られると、同じマンションに住んでることが明白になることが恥ずかしいのか、割と人目を気にする。部屋にいるときはベッタリなのに、そんなに気になるんかねぇ。
「来年は、ちゃんと誕生日プレゼント用意するからね」
ニコッと笑って、俺の手を握る力が強くなる。来年のことなんてわからないのに、そんなことを言うってことはどうなるかちゃんとわかってるんだろうか。
(用意する…ねぇ)
「まあ、それまでにしっかり覚悟を決めて諸々の準備をしてくれればいいよ」
「何?よく意味がわからないんだけど」
「うーん、来年は貰うもの決めてるからさ」
(こっちも準備始めないとなぁ)
エレベーターを降りて俺の部屋の前にたどり着く。もう遅いし、今日のデートはお終いと思っていたが、彼女は動こうとしない。これはおそらく、俺と離れるのを寂しがっている。まあそれに関しては、俺も少なからず変わらない気持ちでいる。今日は特にね。けれど、これ以上一緒にいると帰したくなくなる。
「帰らないの?」
俺の言葉に反応して、彼女の頬が赤く染まる。いや、元々のケバい化粧のせいかも。どっちでもいいけど。
(黙りか…)
彼女は顔をこっちに向けているけど、こっちを見ていない。言いたくても言えない気持ちがあるようで、そんな照れたような顔をされちゃ、こっちはたまったもんじゃないんだけどなぁ。
「ナマエ…」
名前を呼んでこっちに視線を向けた瞬間、俺は彼女の唇を咥えるように口付けた。離す時にわざとチュッと音をたてて彼女に視線を一瞬合わせると、彼女も熱い視線を返してくれる。
(あー、これはもう手遅れかも…)
そう思いつつ、この前”まだ待って”と言っていた彼女の意思を尊重しようと体を離した。
「早く部屋にお帰り。俺に食われる前に」
はっきり言わないとダメかと思い、言葉にするが余計に寂しさが漂う。自分の部屋の鍵を開けて、俺は中に入ろうとドアノブを回した瞬間、彼女にコートの裾を引っ張られて振り向かせられた。そこにあるのは、目を閉じて唇を少し尖らせた彼女のキス待ち顔。
(物好きだねぇ、全く)
流石にこの誘いを断るのは可哀想だと、もう一度咥えるようにキスをした。唇を離すと彼女は顔を真っ赤にして少し俯く。
「キスする時、煙草臭いの移るから嫌なの」
俺に顔を見せたくないのか、彼女は俺の胸に顔を埋めるように抱きつく。俺は優しく彼女の背中に手を回して、右手で彼女の頭を一撫でした。
「ほーん。でも…この味、嫌いじゃないんでしょ?」
そう言ってニヤリと笑ってみせる。彼女はきっと見えないだろうけど、伝わっているのか、ギュッとコートを掴まれた。
(まさか…こんないいご褒美貰えるなんてね)
嬉しくて、段々と笑いが込み上げてくる。それを抑えるように、俺は彼女を部屋の中へ引き入れるのだった。



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