スタマイ*短編 | ナノ

槙慶太『おやすみ』

『おはよう』のネタバレ話
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「槙さん、着きましたよ」
少し大きめな声ではっきりと発音したその言葉は、彼にちゃんと伝わっているのだろうか。
私は今、上司の体を隣に並んで支えながら、この駅近ビジネスホテルの一室まで歩いて来たのだ。
部屋に入って、とりあえず彼をベッドに座らせたが、意識があまりはっきりしていない様子だ。
「水飲んでください。アルコールを分解しないと」
そして水の入ったペットボトルを差し出す。
彼は上半身を若干ゆらしながら受け取って、少しこぼしながら水を一気に飲んだ。
普段、テキパキと動き回り、私たちの相談にも応じたりと部下たちを大切にしてくれる、私が今まで出会った中でも最高に面倒見のいい上司だ。今日の飲み会のプロジェクトチームとも仲が良く、私も週に何度か二人で残業して、仮眠室に寝泊まりしたことがあるくらい色んな意味で信用のおける人。 のはずが、もはや私の知っている上司の姿はなく、年相応の泥酔した一人の男だった。
(もう、ホントあいつら)
今回、初めてこのプロジェクトチームで飲み会をしたのだが、二次会の途中で終電があるからと女性陣を手際よく促していた本部長。どうやら男だけになってから、飲むペースを上げて、残ったメンバーに潰されたらしい。
私が終電を逃して店に戻ってきたときには、既にこの状態で隅の方で寝ていた。あまりに酷い状態だったので、メンバーが三次会に連れていこうとしていたところを引っペがし、「私が責任持って介抱します」と言い放った。酔っ払ってテンションの高いメンバーからは、ヒューヒューと歓声が上がった。しょっちゅう二人で寝泊まり残業してたのが原因で、チーム内からはよくからかわれる。本部長がどう思っているかはわからないけど、私は本部長のことを慕っているため、満更でもなかったから何も言わずに一生懸命に彼を支えてここまで運んできた。
(さて、どうしたものか…)
急いでいるわけではないが、明日も午後から取引先と打ち合わせだと言っていた彼に睡眠を与えなければならない。
このまま寝かせるには少々窮屈だろうと思い、とりあえずスーツの上着を脱がせてハンガーにかけた。ついでに私のもハンガーにかける。どうせ今日はここに泊まることになりそうだし、介抱するのにスーツは動きにくい。
「槙さん、大丈夫ですか?」
一応聞いてみる。
”うん”と声になってない返事が返ってきたが、完全に意識が朦朧とした人の返事だということが見てわかる。目がとろんとして、とても眠たそうにしているけれど、私がいるせいか、寝ないように一生懸命に瞬きをしている。
(か…かわいい)
私って最低。こんな時に彼の知らない一面を見れて、可愛いとか思ってしまうなんて。
ニヤついてないか心配になり、空のペットボトルを片付けながら口元を軽く手で隠した。今の本部長には私の表情なんてはっきりわからないだろうけど、念のため、念のためだ。
振り返ると相変わらずぼーっとした様子でベッドに座っている。
少し辛そうに見えたので、彼の隣に座って背中をさすってあげた。彼は苦しいのか、ネクタイを緩めようと手を動かしているが、痺れてるのか全然解けていない。
「槙さん、こっち向いてください」(もう、可愛いホントやめて)
そう思いながら、ネクタイを外してあげる。そのままキッチリと一番上まで止められたワイシャツのボタンも2つだけ外した。彼は華奢な方だが、こうやって間近で首元を見ると大人の男性だと意識させられる。視線を上げるとめちゃくちゃ顔が近くにあって、ドキッとした。
「水…ほしい…」
さっきよりははっきりと発音された言葉に、私は迅速に対応して冷蔵庫からペットボトルを持ってきた。先程同様に手渡すと彼はまたもや零しながら一気に飲み干し、「トイレ」と立ち上がった。しかし、一人で立てるわけがなく、私がすかさず支えながらトイレまでお連れする。ドアを開けて中に入ろうとしたところで「いい」と支えていた私を離そうとした。流石にリバースしてるところを見られたくないのだろうと思い、とりあえずドアの前で待機の姿勢を見せる。彼は中に入ったかと思うとすぐに出てきてバツの悪そうな顔をして言った。
「これ、取ってくんない?」
彼が指し示したのは、下腹部でキラリと光る少し高級そうなベルトだった。やはり手が痺れているのか、自分では外せないらしい。なぜこのタイミングでベルトをと思ったが、瞬時にその疑問は消えた。
(あ、普通にトイレしたかったのね)
言われるがまま、私はしゃがんで彼の腰からベルトを外しにかかる。上を見ると、気持ち悪いのか口元を手で抑えて、視線をどこか遠くに向けている彼がいた。
再びトイレに入る彼を見送り、外したベルトとネクタイを上着同様にハンガーにかけて壁のフックにかけた。それから数分間、彼はトイレから出てこず心配になったが、色んなものと戦ってるわけだし邪魔せず部屋で待機していた。
私も多少飲んでいるので酔っていないわけではない。落ち着いてはいるが、体は疲れていた。今だけ、と思いベッドに仰向けで寝転ぶ。窮屈に感じて、スカートのホックとブラウスのボタンを少しだけ外す。ちょっとセクシーな格好かもしれないが、本部長のあの様子じゃ誘惑したところで何もないだろう。そんなことより休ませてあげたいと思っていた。
(あ、ダメだ。寝落ちしそう)
いけないいけない。このままじゃ私が寝てしまうと思い、少し慌てて上体を起こした。
すると、いつの間にか戻ってきていたらしい本部長が、私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「え?」
私の隣に座って心配そうに私を見る本部長。それはこっちのセリフだと言いたかったが、戻ってくる前よりどこかスッキリした表情だったことに安心して、突っ込まず飲み込んだ。
「ミョウジもけっこう飲んでただろ。ちゃんと水飲んだか?」
「大丈夫です。私は歩いてる途中で酔いさめちゃったので」
まさか潰れた人に心配されるとは思わず、驚きのあまりめちゃくちゃ営業スマイルで受け答えする。
「家に…帰らないのか?あ、いやそうか、俺途中で…」
質問したかと思うと急に私の方を向いてギョッとした目をした。少し考える素振りを見せ、突然彼は私の真正面に座り直した。そして、改まった表情で私を見つめ話始める。
「なんか、途中で悪かったな。今から仕切り直したいんだけど、その前に」
「な、なんでしょうか?」
「ごめん、ちゃんと言ってなかったよな。俺がミョウジのこと好きだって…」
言ってることがさっぱり理解できなかった。でも、
(今、私のこと”好き”って言った…)
彼が今、衝撃的なことを言ったのはわかった。
驚いて口をポカンと開けてると、彼は少し不安そうな顔をして、口を開いた。
「返事、聞きたいんだけど」
その言葉で一瞬停止した脳がすぐに回復し、彼がどういう意味でそれを口にしたのかを理解させられる。その途端じわじわと顔が熱くなる。彼の熱っぽい視線が突き刺さり、鼓動が速くなるのを感じた。
言わなければ。私の気持ちを。
どうしてこんな話になったのかは謎だけれど、この突然訪れたチャンスを逃すのはもったいない。
「私も…槙さんのことが好き…です」
恥ずかしくて両手で顔を覆った。しかしその手はすぐさま彼に取り払われ、抱きしめられた。
彼の体はほんのり熱く、その熱が伝って私も熱くなる。
「よかった…。じゃあ、続きしていいよな。目、閉じて」
半ば強引に事が進んだような気がしたが、今はそんなことどうでもよかった。指示通りに目を閉じると優しいキスが降ってきた。最初は優しく、次第に何か求めるような深いキスに変わり、何度も繰り返す。彼の柔らかい唇が気持ちよくて、頭がぼんやりする。私はゆっくりと後方に体を倒され、そのまま私の上に彼が覆いかぶさった。その間もキスは止まらず、されるがままお互いの甘ったるい酒の香りに酔いしれて、私は少しずつ息が上がる。
「悪い、手加減できないかも」
そう言って彼は、私の首筋にキスをする。
キスをしながら、ブラウスのボタンが外されていくのを感じて、手で制してみるが、そんなことは無駄なようで簡単に掴まれて身動きがとれなくなった。
首筋を舐められて体がビクンッと震える。彼は軽く嬉しそうに笑い、私の首から鎖骨までを味わうように舐めて吸い付いた。吸い付かれる度にピリッと痛みが走る。きっとキスマークをつけられている。私からは見えないけれど、かなり広範囲で首、鎖骨、胸と彼の頭が移動した。
ゾクゾクする感覚に声をあげそうになって口元を手で抑える。
「はぁ…熱いな」
そう言って、彼もワイシャツとズボンを脱いで下着だけになる。小柄だけど男らしい彼の体つきを見てドキドキと緊張が止まらず、思わず視線をそらす。
(すごく…恥ずかしい。どうしよう、このまま朝まで続けることになったら)
視界から彼の姿を外したことによって、急に冷静になる。朝まで続けるとなると、睡眠時間が取れなくてお互いに困ってしまう。明日も仕事だ。しかしここでそれを言い出しては、空気の読めない女だと嫌われてしまうだろうか。
「余所見してると、好き放題されるぞ」
その通りだ。慌てて視線を彼に戻すと何やら私の胸を揉み出していて…。
「な…何して…!?」
「ここにキスマークつけたい」
彼は何を思ったのか、私の左右の胸の間にキスマークをつけようと、私の胸に顔を埋める。脂肪の少ない真ん中にチュウと吸い付き、またピリッと痛みが走った。同時にブラの上から両胸の突起を指で挟むように触られて、もどかしい快感が押し寄せる。
「あっ…あ…槙さん…やっ…やだ」
逃れようと少し動くが、肌が擦れて感じてしまう。彼も顔を埋めたまま私の上に乗っている状態のため、動けなかった。
少しして吸い付きを感じなくなり、彼の様子を確認する。
「槙さん…」
呼んでみるが返事はなく、代わりにスースーと寝息みたいな音が聞こえた。
(え…寝てる!?)
このままでは私の胸にうずくまったまま窒息死してしまう。
起こさないようにゆっくり退かし、隣に仰向けで寝かせる。
そりゃあそうか。あんなに泥酔して起きていられるわけがなかった。まさか、最中で寝られるとは思わなかったけれど。
少し残念に思い、彼の顔を見ると、とても安心したような顔で眠っている。私ももう寝ようと思い、脱いだ服を片付けて、彼に布団をかける。私は薄いシーツに包まって、彼の隣に寝転んだ。

明日起きたらなんて言おう?
きっと今夜の出来事なんて覚えてないだろう
この大量のキスマークを見てどう思うか、
(ちょっと楽しみ)

私は、彼の頬に「おやすみ」とキスをして共に眠った



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