スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『おやすみ』

夢主は羽鳥を好きだけど、認めたくない
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なんだか温かい温もりを感じる。
ここはどこだろう、見慣れない天井が視界に広がり、私は目を覚ました。
薄暗い部屋、照明はついてない。そして、知らない感触の布団を肩まできっちりかけて私は眠っていたようだ。自分の部屋のベッドよりふかふかで、疲れきった体を包み込むような、ほど良い低反発。どこだかわからないけれど、いいホテルを選んだ自分をグッジョブと心の中で褒めた。
(せっかくのダブルだから真ん中で寝よう)
もぞもぞと右側を向くように寝返りをうつと、見覚えのある赤い髪の人物が、何故かそこに眠っている。
(え…社長…なんで…………………なんで!?)
一気に血の気が引くのを感じた。目が覚めて、男が隣に寝ている。私はやらかしてしまったかもしれないと、かけていた布団を思い切り剥いで、ダルい体を起こし自分の姿を確認した。
(あ、あれ?服着てる。すごく、しっかり着てる)
さすがにジャケットは脱いでいたが、白いシャツに黒のタイトスカートという、いつものスーツを着ている。特に乱れている様子もない。私は少し安心し、現状を把握するために隣で眠る彼を起こそうと振り向くと、彼も部屋着ではあるがしっかりと服を着ていた。そして、彼はすでに目覚めたようで、寝転がりながら口元を抑えてクスクスと笑っている。
「いったいどう…ゴホッ…どういうことですか?」
少し睨むように彼を見て問いただしたが、声が上手く出ない。その様子を見て、彼は起き上がり私に頬に手を添え、自分の顔を近ずけてきた。
「顔色はそんなに悪くないけど、喉が酷そうだね。体、痛くない?」
「あの、おっしゃってることがよくわからないのですが」
どうしてそんなことを聞いてくるのかわからず、よからぬ方向へ思考を巡らせる。声があまり出ない、体が少しダルい、隣に男が寝ていたとなると、やはり私はやらかしてしまったのかと改めて思ってしまう。そして彼の距離感。顔も、見慣れているが近い。近すぎる。最初キスされるのかと思い、そこからドキドキが止まらず顔も熱くなってきている。
「あ、やっぱり顔赤いかも」
そう言って彼はニヤリと笑った。何故か腹立たしい。早く離れてほしいと思い、彼の手を掴もうとすると、彼は察したかのようにするりと離れ、ベッドから降りる。
「そこの引き出し開けて。多分そこに入ってると思うから」
彼がベッドの横にあるサイドテーブルを指差して部屋を出ていった。ホテルの引き出しにわざわざ何を仕舞ったのかわからなかったが、とりあえず引き出しを開ける。中に入っていたのは、錠剤の入った瓶と何か液体の入ったボトル。そして、未使用のコンドームが…1箱と数枚。今の彼が何を考えているのか知りたくもなかったが、わざわざ引き出しを私に開けさせたことには意味があるわけで、つまり、この中のどれかを使うってことだと痛感させられる。
(コンドーム…いや、ないないないないない)
考えると恥ずかしいというか、もう恥ずかしいし、頭の中で自主規制がかかる。想像してはいけない、社長と私がそんなことをするなんて。他のものを使うから引き出しを開けたんだと思い、液体の入ったボトルを手に取る。商品ラベルに『ラブローション』と書かれたそれは、紛れもなくコンドームとセットで使うものだと理解し、そっと元に戻す。
(じゃあ、この薬…いや、これって)
ラベルの貼っていない瓶には、ピンク色の錠剤が数粒入っている。この並びからして、これはサプリメントの類とは違うのではないだろうか。
(これ…まさか媚薬ってやつじゃ…)
改めて引き出しの中を睨んでいると、部屋のドアが開いて彼が戻ってきた。
「ごめん、やっぱりなかった。そっちは、ちゃんと入ってた?」
彼はまたニヤリと笑って隣に座り、私の腰を抱き寄せる。彼の手つきがいちいち嫌らしくて、何かされるかもと緊張する。私は体を強ばらせて、背筋を少し伸ばした。
「なんか緊張してる?あ、もしかしてコレ使うと思った?」
そう言いながら彼は、引き出しのコンドームを1枚取り、私の顔の前に見せびらかす。とても不快。
「やめてください。セクハラですよ」
「へぇ、コレが何なのかちゃんと知ってるんだね」
「いや、私だって大人なんですから」
「大人だから、使ったことくらいあるって?」
「だから、それセクハラ発言ですからね」
彼はコンドームを仕舞い、ニヤリと私に笑顔を見せた。彼はいつもこうやって私をからかう。別にそんな面白い反応しているとは思わないんだけれど、彼はいつも楽しそうに笑っている。
「意外と元気そうだ。まあ、でもとりあえずコレを飲めば、君の体も少しは楽になると思うんだけど」
まるで麻薬でも薦めるかのような妖しい誘い文句を言いながら、錠剤の入った瓶を渡してくる。社長は私の知らないところで裏稼業の人物と繋がっている。そう考えると麻薬なんてものは、意外と容易く手に入るのかもしれないが、彼が私に麻薬を薦めるメリットは何だろうか。金は必要ないだろうし、別に私は殺しの対象になるような特別な人間でもない。となるともう一択しかなかった。
「私にこの薬を飲めって言うんですか?」
「うん、飲んだ方が楽になると思うけど」
腰ががっちりホールドされている以上、暴れない限り逃げられない。でも、のんびりしていたら彼にされるがまま、この媚薬を飲むことになる。
私はこの場から逃げようと思い切り立ち上がった。しかし立ちくらみか、頭がぼんやりして足が縺れて倒れそうになる。
「大丈夫?ほら、掴まって」
彼に支えられながら立て直すが、いまいち力が入らず彼に抱きとめられる。また距離が近くなって、鼓動が速くなった。
(ああ…もういいかな…どうせ私、とっくに社長のこと…)
考えるのも疲れてきて、私は彼の胸に顔を埋めて服を掴んだ。私は彼のことを私が秘書としてお仕えする社長ではなく、一人の男性として見ている…そんな気がしていた。
「困ったなぁ。ナマエちゃんが具合悪くなければ、色々したいことはあったんだけど、無理そうだよね」
そう言われて優しく抱きしめられる。彼の温かい体温を感じ、鼓動が大きく聞こえる。これは自分の鼓動なのか、それともまさか彼の胸から聞こえるのか、もう私にはわからなかった。
彼に言われた言葉を頭の中で繰り返し、ぼんやりと違和感に気づいた。そして、力強く彼の胸を押し、体を離した。
「あの、この薬は何の薬ですか?」
私の行動に少し驚いたようで、彼は目を少し見開いて私を見つめた。しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの意地悪そうな表情に変わり答える。
「何のって、別に毒薬じゃないよ?君の体をよくする薬」
「体をよくするって…変な言い方しないでください」
「変?あはは、どんな薬だと思ったの?」
彼はまたクスクスと笑いながら、もう一度私をベッドに座らせようと促す。
「まあいいや。水持ってくるね。それ、ただの風邪薬だから」
彼はまだ笑いながら部屋を出て、すぐ水を持って戻ってきた。
(風邪薬…??)
話を聞くと、どうやら昨夜、いつも通りに社長を家に送り届けて、「お先に失礼します」と玄関で振り返った瞬間、倒れたらしい。呼びかけても反応がなく、私の額に手をあてるととても体温が高かったそう。一先ずベッドに運んでくれたみたいで、寒そうにしていた私の隣で温めるように社長自ら添い寝してくれていたと。
盛大な勘違いに気づいた上に、社長に感謝しなきゃならないことに、いたたまれない気持ちになる。とりあえず大人しく薬を飲み、私は再びベッドに寝かされた。
「寒くない?添い寝してあげようか」
私が返事をする前に、また彼は布団の中に入ってきて私の隣に寝転がる。どこか楽しげに笑顔を作る彼は、まるで恋人のように馴れ馴れしく私に触れようとしてくる。
「あれ?さっきより顔が赤いけど、大丈夫?体温計、さっきから探してるんだけど、見つからないんだよね」
「使ったあとちゃんと元の場所に仕舞わないからですよ」
「まあ、そんなもの使わなくても、こうやって抱きしめれば君の体温はわかるけど」
彼は私を腕の中に抱きしめ、互いの体温がわかるくらい密着した。抵抗しようかと思ったが、体の温かさも増して眠気が襲ってくる。自分が体調不良だと自覚した今、早く眠って治したい。私は彼の腕の中でゆっくり目を閉じ、彼の声に耳を傾けた。
「ナマエちゃんの体、すごく熱くなってるけどやっぱり熱上がってるよね?」
「誰のせいだと思って…」
うっかり余計なことを言ってしまい、すぐさま”おやすみなさい”と誤魔化した。
だんだん意識が遠のいていく。私は、彼の服を握る手にも力が入らなくなってきて、本格的に眠りに入ろうとしていた。
「ねぇ、今のどういう意味か、元気になったら教えてよ」
彼はそう言って、私の髪にキスをする。
もはや私は、返事も出来なくなり、完全に眠りに入った。
最後に”おやすみ”と彼の優しい声が聞こえたような気がした。


翌日、私の熱は昼過ぎまで下がらなかった模様
こんなにされて、下がるわけがない
むしろ下がってしまったら困る

いつか、私も
ちゃんとした”おやすみ”を
あなたに送れますように



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