スタマイ*短編 | ナノ

大谷羽鳥『おはよう』

羽鳥の秘書 恋人ではない 真面目で面倒見の良い
※原作ゲームのプライベートモードで大谷羽鳥に味噌汁をあげても嫌な顔されるので注意

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誰かがカーテンを開けたのか、窓から明るい太陽の光が差し込んで俺の顔面に直撃する。光から逃れようと窓に背を向けるように寝返りをうってみるが、どうやら手遅れのようだ。顔に光を浴びた瞬間から、俺の意識はどんどん鮮明になり、うん、目が覚めてしまっている。仕方なく目を開いて体を起こした。
(今、何時だろう)
部屋の時計を見ながら伸びをすると、体が若干ダルいことに気づく。それと同時に自分が昨夜から風邪を引いて寝込んでいたことを思い出した。
もう一度10時26分の表示を確認して少し焦る。確か今日は会議が午後からあったような気がしたが、とりあえず汗をかいたせいか、体がベタベタするからシャワーを浴びたい。
(水飲んでシャワー浴びて…洗濯は、帰ってきたらにしよう)
寝室を出るとリビングの電気がついているのが見える。
(つけっぱなし)
普通のこと、普段の動作ができないほど熱があったのだろうか。昨夜の記憶はぼんやりとしか覚えてない。とにかく熱があるのはわかっていて、でも接待で飲まざるを得ず、秘書のナマエちゃんとタクシーで帰ってきた。いつも通り玄関で、「では、確かに送り届けましたので私は失礼します」って手を振って…そのあと、着替えてベッドにダイブしたのかもしれない。
思い出しながらリビングのドアを開けると、美味しそうないい匂いが鼻に入ってきた。この匂いは、日本人なら誰もが一度は嗅いだことのあるダシの香り。最近は外食ばかりしていたのもあるが、普段俺が作るのは洋食が多く、とても、懐かしく感じる。俺はその匂いに誘われるように奥へ進む。次第に匂いがする方からトントントンと何かを刻む音が聞こえてくる。
(さて、いったい誰がこんなことをしてくれてるのかな)
残念ながら、今は特定の女性と交際していない。俺の風邪を心配して来てくれそうな人は、Revelのメンバーと女の子は数人いるけれど、その中でも有力なのは2人。そして、俺の家を知ってる人物を考えると、もう彼女しかいない。そう考えて口元が緩む。おかしいな、昨日は俺を送り届けてさっさと帰ったはずなのに、キッチンを見るとやはり見覚えのある人物がエプロン姿でそこにいた。
「はぁ〜すーごくいい匂い。味噌汁?」
鍋から溢れる香りを改めて嗅ぎながら、キッチンに立つ彼女に話しかけた。いきなりで驚いたのか、彼女はビクッと体を震わせてこちらに振り返った。
「あ、起きたんですね。おはようございます」
機嫌が悪いようで、俺の顔を見るなり眉間にシワを寄せて睨んでくる。なんでそんな不満そうにしてるのかと思ったが、どうやら俺が声をかけたことにより、指を切ったらしい。すぐに流水で傷口を洗い、そそくさと鞄から絆創膏を数枚出して片手でササッと巻き上げる。
(不器用なんだか、器用なんだか)
そう思いクスッと笑いながら、一応心配の言葉をかける。もちろん、「大丈夫です」ときっぱり言われてしまったが、表情は真顔に戻っていた。
「手伝おうか?」
「病人は大人しく座って待っててください。もうすぐできるので」
再びキッチンに立つ彼女の隣で聞いても、やはりまた断られる。言い方は冷たいけど、怒ってない。これが彼女の通常なのは、俺の秘書として働いてきてくれているからわかりきっている。こんな態度をとるくせに、風邪を引いた俺のために、朝からわざわざ材料を買ってきて食事を作ってくれる。ちょっと素直じゃないところが可愛いと思う。
椅子に座って、彼女が料理している姿を眺める。普段は自分がキッチンに立つことの方が多いから、この眺めがすごく新鮮に感じる。しかも、女の子がエプロン姿でなんて、まるで新婚夫婦のような気持ちになる。そして、今気づく。結婚するなら、彼女のような女性がいいんじゃないかって。
「な、どうしてニヤニヤしてるんですか?」
料理が出来上がったようで、彼女はテキパキとテーブルに運ぶ。
「ん?いや、なんか新婚夫婦みたいだなーと思って」
俺の一言に彼女は一瞬動きを止め、頬を少し染めた。少しは俺のことを意識してくれるといいんだけど、こんなもんじゃ簡単に落ちないのが彼女である。
「随分リラックスされているみたいですが、今日は午後から会議があること、忘れてませんよね?」
一瞬失念していた記憶が甦ってくる。夢見たいなこと言っていないで現実を見ろってことかな。相変わらず厳しいというか、お堅いというか、鋭いというか。
「もちろん、覚えてるよ」
少し困った顔で笑ってみせる。食事を運び終え、エプロンを外して俺の向かいに座った彼女は、俺の顔をじっと見つめてきた。わざと見つめ返してみると、彼女は視線を逸らし俯いてから、小さな声で「いただきます」と食事を始めた。俺も続いて「いただきます」と箸を手に取り、この部屋に入った時からずっと、俺の胃袋を刺激するようにいい匂いを放っていた、味噌汁に手をつけた。
「うん、美味しっ。ナマエちゃん、料理出来るんだね。今度またオフの日にでも作りにきてよ」
また断られるだろうけど、本気だから言葉に出してみる。さて、なんて言い返してくるかな。
「今日は、予定は全てキャンセル、延期にしてありますので大丈夫です」
予想外なことを言われて驚く。俺は昨日、彼女に風邪だと一言も言わずにいた。それなのに彼女はまず俺が風邪を引いたことに気づいて、朝から食事を作り、数件あった仕事のキャンセル手配までしたというのだろうか。きっと俺の代わりに謝罪文を、いや、電話で謝罪の言葉を述べたに違いない。この優秀すぎる秘書に申し訳なさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
”ありがとう”と言おうとしたとき、ふと彼女の服装が目に止まり、昨日と同じ服を着ていることに気づく。もしかして、ずっと付きっきりで俺を診てくれていたのかな。
そんなことを考えていると、彼女は急に箸を止めて、顔を上げる。
「だから、今日は安静にしてください。しっかり休んで、早く…元気になってくださいね」
その顔は、頬を赤く染めて困ったように微笑むという不思議な笑顔だった。
(ほんと不器用なんだか、器用なんだか)
下手くそすぎる笑顔に思わず笑ってしまう。口元を抑えて笑っていると、彼女は照れているのか顔を背ける。
「ははは、ごめん、ナマエちゃんがあまりにも面白い顔をするからつい。でも、ありがとう。最近、面倒な案件が多くて忙しかったし、気落ちしてたんだけど、今の君の笑顔見たらちょっと楽になったよ」
ここまで言ってみて、自分が本当に疲れていることに気がついた。普段はここまで本音や愚痴みたいなことは言わないようにしているけれど、ついポロッと出てしまったのを止められなかった。
「馬鹿にしてますよね、私の顔。悪かったですね、笑顔が下手で」
「馬鹿になんてしてないよ。ただ面白くて笑ってただけ。あと、”早く元気になって”とか珍しく可愛いこと言ってくれるなぁって」
正直な感想を述べると、彼女は顔を真っ赤にして食事を再開した。ご飯を頬張りながらチラチラこっちに視線を向けてくる彼女が可愛くて、俺は食事の手を止めていた。
「食べないんですか?」
「食べるよ。でも俺病人だから、ナマエちゃんに食べさせてもらいたいんだけど、どうかな?」
特に期待はせずにからかい半分で言ってみた。まあ、いつもなら、こういうこと言うとフルシカトされるだろうけど、さっきの彼女の顔が見れただけでかなりの収穫なので、それでもいいと思っていた。しかし、今日は風邪を引いているせいか、彼女から返答がきた。
「はぁ、なんですか、そんな甘えてきて、なんか気持ち悪いですし、社長らしくない」
ため息混じりに批難される。批難ではあるけど、向かい合って食事をしてるとちゃんと返してくれるからいいなとは思う。
「気持ち悪いって、酷いなぁ。そう?俺だって熱があるときくらい、誰かに甘えたいって思うよ。誰か看病してくれないかなって」
普段、仕事人間の彼女に甘えるなんてことはしてこなかった。批難はされるし、からかっても上手くいかないこともある。正直こんな女の子、初めてだけど、仕事してる分には相談相手としても、最高のパートナーだと思えるくらい信頼関係は築けてると思う。
「今日だけですよ」
耳を疑った。何を言ってるのかよくわからず、視線を上げる。
「まあ、書類制作もありますし、今日はここにいるので、何か欲しいものとかしてほしいことがあったら言ってください。それが秘書としての今日の仕事だと思ってますので」
(秘書として…か)
本当にそれだけなのか、聞きたいところだけれど、今日はやめておこうと思った。仕事のことなら平然と言える彼女の表情が、真実を物語っている気がしたから。

(それでもいいか。
彼女と過ごせるなら。
彼女の手料理が食べられるのなら。
彼女が俺のことを見てくれるなら。)

「じゃあ今日だけ。たくさん甘えちゃおう」
自分の気持ちを覆うように口にする。
彼女は真顔だったけれど、一瞬だけ口元が弧を描いたような気がした。

それから、いつものように他愛もない話をしながら、栄養バランスのとれた美味しい朝食を食べて、いつもより優しい彼女とゆっくり過ごせる1日が始まった。


「あ、そうだ」
食事を終え、食器を洗う彼女の横でスマホを見ていて急に思い出す。
彼女を見ると、こっちの様子には全く気づいてなさそうだ。ふいにイタズラ心が芽生え、彼女を横から抱きしめ、頬に軽くキスをする。
「おはよう。俺まだ言ってなかったね」
赤面する彼女が面白くてまた笑ってしまう。
でも今日は、お咎めなし。
彼女のお言葉に甘えて、たくさん甘えさせてもらうから。

たまには風邪も引いてみるもんだな




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