スタマイ*短編 | ナノ

山崎カナメ『sweet sweet sleep…』

「お前たちの恋人も招待したい」と九条さんに言われたのは一週間前のこと。
それを聞いた時、ナマエさんの顔が頭に浮かんだ。
俺の恋人候補。

部屋でベッドに寝そべりながら、LIMEのトーク画面を開く。
『明日の夜、うちでパーティーやるから来ない?』
そう打って、送信ボタンを押そうか迷っている。一週間前から悩み続けて、今夜は文章を打ってみた。あとは送信ボタンを押すだけ。早くしないと、彼女の予定が埋まってしまう可能性だってある。
別に、恋人がいないのだから、正直に言えばいい。ただ、せっかくのパーティーなのに同伴者が俺だけいないのもどうかと思って。そう、九条さんの婚約披露宴だから賑やかにしたいだけ。別に見栄を張ってるとかではなく。

ナマエさんをうちに呼びたいだけ。

もう一度、LIMEの画面を開く。打った文字を全部消して、スマホを閉じた。
呼べるわけない。俺は、まだ恋人でもなんでもないのだから。


翌朝、朝食をとって自室に戻るとすぐに宏弥くんに呼び出しをくらった。
昨夜から泊まり込んでた宏弥くんの彼女が、生理きちゃったからどうしたらいいかって…そんなの具合悪いなら安静にしてればいいんじゃないのか。まぁ、宏弥くんはあんまり生理とかわかってなさそうだし、手伝ってあげるけど。
とりあえず状況を本人に聞こうと、宏弥くんの彼女にLIMEを送ったが、返事は返ってこなかった。
そうして、ベッドを片付けるのを手伝ったり、宏弥くんと一緒に薬局にナプキンを買いに行ったりと、俺の午前はつぶれた。
今までこんなハプニングに遭遇したことはなく、正直戸惑ってはいたけど、豪さんも清志さんもいたし、なんだかんだ何とかなったからよかった。
(生理って大変だな…。ナマエさんもあんな風に動けなくなるのかな?)
そんなことを思いながら、自室の窓から庭を眺めて寛いでいると、ナマエさんからLIMEがきた。

『助けて。』

(え…?なにこれ?)
届いたのはたった一言。しかもSOS信号。誤字かもしれないと思い、少し待ってみる。しかし、特に付け足される様子はなく、『どうしたの?緊急事態?』と送ってみた。
するとすぐに返事がきて、どうやら部屋に来てほしいらしい。
(ナマエさんの部屋って…)
場所は知っていたが、まだ一度もあがらせてもらったことはなかった。これはあがっていいということなのか、彼女が送ってきた文章の意味を無視して勝手に胸が高鳴るのを感じた。

そのあと、LIMEで指示されたものを購入して、マンションの彼女の部屋に向かう。インターホンをならして即座に「はいはーい」と出迎えてくれた彼女は、なんとパジャマ姿で、俺は玄関でフリーズする。
「ありがとう来てくれて!あがってゆっくりしてってね」
俺の片手を両手で包み込むように握り、笑顔でお礼を言う彼女は、いつもと比べて化粧が薄く、少し疲れたような感じがした。
部屋にあがると、ソファに座った彼女が手招きして隣に座るように指示する。ピンク色のシルクっぽい素材のシンプルなパジャマが妙に色っぽく、ちょっと興奮する。この状況とさっきの「ゆっくりしてってね」の言葉に期待する自分がいた。
「どうしたの?」
俺が彼女に見惚れていると、首を傾げて聞かれる。
「それはこっちのセリフ。何、体調でも悪いの?」
買ってきたものを目の前のテーブルに置いて、あくまで平静を装って彼女の隣に座った。テーブルにはパソコンが置いてあって、おそらく仕事で使う資料か何かの作り途中の表が開かれている。
(助けてってこれのことか)
パソコンを操作しようかと思い、マウスに手を伸ばすと「それは大丈夫」と彼女に手を掴まれ止められた。
「忙しいのにごめんね。そう、生理きちゃって、ちょっと助けてほしかったんだ」
「生理…?」
(あれ…?またこの展開?)
彼女は立ち上がり、俺が買ってきた蜂蜜を手に取ってキッチンに向かった。特にフラつく様子もなく、テキパキと鍋に火をかける。
(宏弥くんの彼女はもっとしんどそうにしてたんだけど)
鍋で何かを煮出し、そこに蜂蜜を投入する。次第に蜂蜜の甘い香りが漂ってくる。彼女は煮出したその甘そうな何かを、棚から出した2つのマグカップに注いで、こっちに持ってきた。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
中を見ると真っ白い液体がかなりの高温で入っていた。蜂蜜の香りしかしないそれが、何なのかいまいちわからないでいると、隣に座り直した彼女が言った。
「ホットミルク。これ飲むと体が温まってすぐ安眠できるの」
そうして一口飲むと彼女は俺に少しもたれ掛かる。近い。結局なぜ俺がここに呼ばれたのかわからない。とりあえず、彼女がどういう状態なのか知ろうと話を聞くことにした。
「ナマエさんって生理痛とか重い方なの?」
「うーん、私は軽い方かな」
(じゃあなんで呼ばれたんだろう…)
ナマエさんが宏弥くんの彼女みたいな状態でないことにホッとする。あれはかなり可哀想な状態だったが、宏弥くんが彼女の看病を一生懸命していて、本当にかっこいいと思った。大切な人を守るってああいうことなんだなと尊敬する。
「生理痛も色々あって、熱が出る人もいれば、出血が酷い人とか。あとイライラしたり、貧血で倒れる人もいるかな。一般的なのは腹痛と頭痛とか」
彼女は俺から離れて、こっちを向きながら真面目な顔で話し出した。
「ふーん」
それに比べて、やはりナマエさんは元気そうだった。生理について力説しているし、全然動けるし、俺がやってあげられることは何なのかわからない。
「ただ私の場合は、すごく眠い」
「…眠い?」
「尋常ではない眠さ。誰かと話してると大丈夫なんだけど、一人になると…やる気がなくなって、眠たくなっちゃう」
(つまり、話し相手として呼ばれたってことでいいのかな)
その現象がどれだけやばいのかは、俺にはわからないけど、多分、自然と体力が奪われていくんだろうと思った。免疫力が低下するって清志さんが言ってたけど、やっぱり体が勝手に回復させようと眠くなるのかな。そう考えると、死に際とかに近い気がする。

「カナメくんが来てくれてよかった」

唐突に放たれた言葉に驚いて彼女の方を向く。ホットミルクを飲みながら、にこっと笑顔をこちらに向けてくる彼女を、可愛いと思いつつ視線を逸らした。
「別に、暇だっただけ」
頼られてることが嬉しくて、気持ちが高揚する。顔に若干熱が集まるのを感じて、照れ隠しにホットミルクを飲む。きっと今、俺の顔は赤くなっている。

「今月、日にちズレちゃったからみんな都合つかなくて。ダメ元でカナメくんにもLIME送ったの」
「え、いつもは誰に来てもらってるの?」
相変わらず笑顔で話すその内容に違和感を覚え、即座に問いただす。
(俺の他にもナマエさんのパジャマ姿を見てる奴がいる…?)
つまり、毎月都合をつけてやって来る奴がいるということ。ナマエさんは彼氏いないって前に言っていたのに、そんな人物がいることに苛立ちを感じた。
「うーん、大学の先輩とか、高校の時付き合ってた元カレとか、あと職場の同僚とかかな」
「は?ちょっと待って。なんで毎月違う人に来てもらってるの?」
「うん、同じ人が毎月都合つくわけじゃないから。みんなも忙しいだろうし、たまたま時間が合った人が来てくれる」
「ふーん…」
思ってたより敵が多い。ナマエさんは優しくされるとすぐ気を許すから、悪いヤツや危ない人物に目をつけられないか心配。それに、こうやってナマエさんのところへやって来るってことは、そいつら全員ナマエさんに気があるに違いない。あっさり付き合い出されそうで困る。
「ねぇ」
俺は彼女が持っていたマグカップを奪い、テーブルに置いた。そのまま彼女の手に指を絡ませて話を続ける。
「これからは、俺だけにLIME送って」
「え?」
「こういう生理のときとか、何か困ったことがあったとき。絶対すぐに駆けつけるから」
苛立つあまり、本心を告げる。そんなに俺は怖い顔をしていたのか、彼女は手を引いて視線を逸らした。
「もう、いつの間にそんな頼もしくなっちゃって。大人は、そんな簡単に年下の子を頼ったりできないの。だから今日だって、LIME送るのすごく迷って…」
ホットミルクで体が温まったせいか、困ったような表情で話す彼女の頬が若干赤みを帯びている気がする。俺は、逃げられないように彼女の手をもう一度掴んだ。
「いいんじゃない?生理の時くらい年下に頼ったって。女の子なんだから、優しくしてもらえば」
掴んだ手を引いて、やんわり抱き締めた。いくら俺が子供でも、俺の方が彼女より大きいし、こうやって腕の中にすっぽり収めることだってできる。
「俺がいっぱい甘やかしてあげる」
そう彼女の耳元で囁いて、体離す。そして彼女に微笑んでみせた。
もっと余裕を持ちたい。
彼女に振り向いてもらうにはまだ遠い道程な気がするけど、俺は着実に前に進めようと仕掛けることにした。思い通りにならない現実を自分の手で変えてやる。

「これ飲んだら俺も眠くなってきた。ねぇ、俺も一緒に昼寝してもいい?ナマエさんと一緒に寝たいんだけど…」
少し甘えるように、彼女にもたれ掛かる。
「安心して。今日は何もしないから。起きたら、今夜うちでやるパーティーに招待してあげるよ」
LIMEを送ろうか迷った一言。俺はもう迷わない。

「だからそれまで、ゆっくり寝よう?」

蜂蜜のたっぷり入った甘いホットミルクを飲みながら思う。
今日は彼女をみんなの前に堂々と連れて帰って、紹介するんだ。
「彼女が、俺のsweet honeyです」

ちょっと甘すぎかな


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