スタマイ*短編 | ナノ

九条壮馬『give me liver』

俺は怒っていた。
何故か嫌な予感とは当たるもので、そしてどんどん重なっていく。

身支度を整え、廊下に出ると何やら桐嶋の部屋の方からバタバタと足音が聞こえてきた。午前9時、朝から何かあったのだろうか。また豪が屋敷のものを何か壊したのだろうかと考えていると、新堂とカナメが足音の方から姿を現した。
「ん?九条、もう出る時間か?」
「ああ、11時に約束しているからな。それより、騒がしくしているようだが、何かあったのか?」
俺が質問すると2人は顔を見合わせ気まづそうな顔をする。すかさず新堂が「カナメ、説明しろ」と促した。カナメは少し嫌そうな顔をして話し出す。
「昨日の夜、宏弥くんたちセックスしてる途中で彼女に生理きちゃったみたいで。おかげでベッドは血だらけで、今、豪さんに片付けてもらってる」
「…それは…酷い惨状が目に浮かぶな」
桐嶋に節操がないだとか、桐嶋の恋人が大変そうだとか思う反面、俺はカナメの口からそんな説明がされることにショックを受けていた。今時の高校生はなんの恥じらいもなく、そんな言葉を発せるのだと一つ勉強になった。
2人に引き続き豪のサポートを頼み、俺は車で恋人と約束しているデート場所に向かった。
しかし、彼女は出会い頭から顔色が悪く、デートの途中で度々ふら付きながら歩き、俺にもたれ掛かる様子が見受けられた。
本当は夕方までデートをするはずだったが、彼女をこれ以上歩かせるのは危険だと思い、早めに切り上げて帰ることにした。
そして、彼女は今、客室で横になっている。

俺は怒っていた。

今日は彼女とデートの後に、家で婚約披露宴を兼ねた食事会を予定している。 なのに今朝から九条家では色々なことが起こっているようで、なんだか落ち着かない。だんだん疲れも溜まってきて、目眩を起こしそうだ。

ベッドに横たわる彼女も明らかに顔色が悪く、表情も少し暗い。先程、新堂に診てもらったが、貧血と診断され、安静にしていることくらいしか具体的な回復方法がないと言われてしまった。
俺にできることは何かないのだろうか。
「壮馬さん」
「…ん?どうした」
ベッドに腰掛ける俺に、彼女はゆっくり上体を起こして話し出した。俺が怒っていることを何となく察しているのか、少し怯えているようにも見える。
「ごめんなさい。面倒をかけてしまって…その…私」
「いや、それは構わない。しかし、何故言ってくれなかったんだ?体調が悪いなら、日を改めることもできた。あなたが辛い状態のままでは、周りも気にするし、何よりあなた自身が楽しめないだろう」
「はい…申し訳ありません」
彼女はそう言って、瞳に薄らと涙を浮かべて俯いてしまった。そんな強く言ったつもりはなかったのだが、俺の話し方が悪いのか、彼女を責めるように聞こえてしまったようだ。次第に鼻をすする音が聞こえ、彼女の顔からポタポタと雫が布団に落ちる。
「何故泣く」
違う。こんなことを聞いても仕方がない。彼女は今弱っているのだから、もっと何か気の利いた事を言わなければならないのに、上手く言葉が出てこない。
(泣かせてしまった…)
彼女は俯いたまま黙っている。このままでは埒が明かない。俺は彼女の頬に手をあて、親指でそっと涙を拭った。
「…すまない。あなたを責めるつもりはなかった。ただ、あなたの体が心配で仕方なかったんだ」
すると彼女は恐る恐る顔を上げて、俺を見て「ごめんなさい」と小さな声でまた謝った。謝る必要もないのだが、それが彼女の性分のようだ。
「俺の体調が優れないとき、あなたは気にかけてくれる。俺にとっても、あなたは大切で愛しい存在だ。だから、辛いときは言葉にして伝えてほしい。必ず俺が、あなたの傍にいて支えてみせよう」
俺は今の想いを精一杯伝えた。愛しい恋人を泣かせてしまった罰だ、何でも受け入れようとそういう気持ちだった。
膝の上に置かれた彼女の手を握ると、次第に表情が明るくなり、小さく笑顔を作った。それを見て、俺も胸を撫で下ろす。
「あの私…体調が悪いわけではないんです」
「…?どういう意味だ?」
「はい、体調は悪くないんですが、生理がきてしまって血が足りないんです」
(…整理?いや、生理か…)
本日2度目となるその単語に、男である俺には馴染みがなく、一瞬別の漢字で脳内変換される。所謂生理とは、女性に起こる月経のこと。もちろん、仕組みや知識としては理解しているが、恋人に生理がきたときの対応については、考えたことがなかった。何かできることはないかと考えてみるが、なかなか思いつかない。
「あの、壮馬さん、何か考え事を?」
「…ん?ああ。いや、何かできることはないかと」
「大丈夫です。私は生理痛もあまりない方で、いつも普段と変わらないくらいなんです。今日みたいに血が足りなくて、貧血で倒れるときもあるんですけど、でも全然どこも痛くないので、大丈夫ですよ」
(血が足りない…貧血…!)
そして、突如名案が俺の頭に舞い降りる。

「レバーを食べればいい」

力強く言い放った俺を見て、キョトンとする彼女。俺は構わず話を続ける。
「貧血のときはレバーがいい。鉄分が豊富なレバーなら、貧血気味なナマエを含め、女性の体に良い食材だ。今夜の披露宴は女性も多く参加される。それに俺はレバーが大好物だ。すぐに豪に用意させよう」
俺はすぐに豪に電話をかけ、今晩の食事のメインをレバーに変更するように指示する。もちろん、豪は二つ返事で承諾した。
「レバーは苦手だったか?」
「い、いえ、食べられます」
「安心したまえ。豪は俺の大好物のレバーならば、何通りものレシピを備えている。きっとあなたの好きなレバー料理も見つかるだろう」
我ながら良い案が出たと自画自賛するかのように、彼女にレバーの素晴らしさを伝える。今の彼女にはレバーを与えなければいけない、そう確信していた。
俺は彼女を抱きしめて、願いを囁く。
「元気になったら、また行こう。今日の分も楽しめばいい。あなたのはしゃぐ姿が早く見たい」
「うふふっ、はい。レバーを食べて、早く回復するように頑張りますね」
若干笑い声混じりに返す彼女に、俺も自然と頬が緩み微笑んだ。
さっきまでの怒りは、今はもうとっくに消えていた。

食事の用意ができたと宮瀬から連絡が入り、俺たちは婚約披露宴のために支度を整える。
「ごめんなさいっ!お待たせしましたっ…!」
扉を開けて出てくるなり謝る彼女は、いつもと違う装いで、どこか大人びて見える。婚約披露宴のために用意したのだとか。裾にレースをあしらった純白のワンピース。なんとなくウェディングドレスを連想させるそれは、純真無垢な彼女にとてもよく似合う。普段ショートパンツを履いて、泥だらけになりながら花壇の手入れをしている姿からは、全く想像できない。今日だって、デートのときは動きやすい格好をしていた。
「あの、壮馬さん。やっぱりどこか変でしょうか?」
声をかけられて、自分が彼女に見惚れていたことに気づく。
「ああ、いや、いつもと雰囲気が違ったので、思わず見惚れていた」
俺は正直に答え、彼女の腰に手をあてて抱き寄せる。ヒールを履いているのか、少し躓きそうになったが、俺の腕に掴まり体勢を立て直した。
「綺麗だ。俺は常々、あなたのことを可愛らしいと思っているが、今日は一段と美しい」
少しキザに聞こえたかもしれないが、そう思ってしまったのだから仕方ない。
彼女はほんのり頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「今から皆に見せるのは勿体ないと思ってしまうな。ナマエは俺だけのものだ」
そうして、彼女の愛らしい唇に口付けを交わす。本当はもう何度か交わしていたかったが、今は時間がない。それに、やめられなくなってしまうだろう。続きは今夜眠る前にでも。

「行こう。これ以上、客人を待たせるわけにはいかない」
「はい!」
互いに手を取り合い、歩き出す。

愛しくて大切なあなたは
俺がどこまでもエスコートしよう
いざ、レバーの元へ


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