スタマイ*短編 | ナノ

新堂清志『Woman's feelings』

なんの変哲もない午後。
診療所内は今日も静か…なはずだった。

「それで、なんでお前がここにいる?」
診療所内のベッドに座る彼女に問う。
「呼んだのは清志でしょう」
彼女はそう返しながら、俺が最近購入した可愛いクマちゃんとウサギちゃんのパペットを手にはめて遊び始めた。黒いシンプルなワンピースを着ているせいか、まるで黒子のように見える。
患者がいない今、特にやることもなく、俺は立ち上がって小さめのダンベルを手に取る。
「俺が聞いているのは、何故診療所にいるのかと言うことだ」
「九条邸に行ったら、清志は診療所だって桐嶋さんが教えてくれたの」
「いやそうじゃない。俺が言ってるのは」
「もー、怒らないで」
俺が本来聞きたかったことを遮るように、彼女は後ろから抱きついてくる。背中に心地好い温もりを感じながらも、「離せ」と前に回された彼女の腕を解こうとしたが、彼女は頑なに離そうとしない。
「清志に会いたかったの」
「俺は仕事中だ。部屋で待っていればいいだろう」
「筋トレしてるのに」
彼女は俺の前に回って、プクッと頬を膨らませて見せた。
(なんだ、怒っているのはお前の方じゃないか)
素直に”会いたかった”と言われ、悪い気はしない。会うのは久しぶりだし、俺だって今日会えるのを楽しみにしてはいたんだ。しかし、約束していたのは夕飯の時間で、今はまだ夕方。診療所を閉めるまであと1時間くらいある。
(この様子だと急患も無さそうだし、閉めても構わないが、どうしたものか)
彼女を本気で怒らせると面倒くさい。何が火種となるかわからないし、今のうちにご機嫌取りをしておこう。
俺はため息を吐きながら、ダンベルをデスクに置いて、彼女を優しく抱き寄せる。
「なんだ?欲求不満なのか?」
「……」
これでも優しく声をかけたつもりだが、彼女はどこか不服そうな表情をして答えない。仕事柄、表情や仕草で心情を読み取ることもある。悩み相談を受けることもあるし、観察力には優れているのだが、どうも対象が恋人となるとその力が機能しなくなる。なぜだ。
「どうした…?」
「ううん、今度この子たちにも新しく洋服作ってあげる」
彼女は苦笑いをしながら、手にはめていたパペットを外してデスクに並べた。
「ああ、頼む」
明らかに元気がないのはわかるが、原因がわからない。俺に会えて嬉しくなっていたのではないのだろうか。
(新しい服…)
ふと彼女の今日の服装に目がいく。いつもは白を基調とした、レースやフリルのついたこう…飾りの多い可愛い感じの格好をしているのに、今日はシンプルな黒のワンピース。表情も暗いし、もしかして何かあったのかと少し心配になる。
「珍しい格好をしているな」
俺が指摘をすると、彼女の雰囲気なパッと明るくなる。いったいどうしたのか、テンションの上がり下がりが激しい彼女に違和感を感じる。
「そう、今日のために作ったの。どう?似合う?」
彼女はその場でくるっと回ると、ワンピースの裾が軽くふわっと上がり、中が見えそうになる。チラリと見えたガーターベルトに一瞬ドキリとした。
(危ないな…)
「ああ、悪くない」
当たり障りのない返答をすると、彼女は嬉しそうにまたベッドに腰掛けた。そのまま体を倒し、彼女は天井を見上げながら話し続ける。
「九条家の皆さんに会うのにいつもの格好じゃ困るでしょ?清志の趣味でフリフリの服着てるって思われちゃうから」
「ああ、そうだな。でもこれは、短すぎる」
そう言いながら、俺は彼女に覆い被さり、ワンピースの裾を軽く摘む。そして中へ手を忍ばせ、彼女の太腿に固定されたベルトをなぞりながら、彼女の耳元で囁いた。
「それに、このガーターベルトはエロすぎる」
急に触れたからか、彼女は体を一瞬ビクつかせて、顔を赤らめる。 恥ずかしそうにワンピースの裾を両手で抑えていた。
「だ…だめ…」
そんな顔をされると、段々とそういう気分にはなってくるから困ると思いつつも、俺は手を進めて彼女の股に触れる。なんだかいつもと違う下着の質感に違和感を覚えた。
(何だ…?この少しモコモコする感じは)
数回そこを撫でて再確認するが、やはりいつもと履いているものが違うのか、布に厚みを感じる。女性のファッションはあまり詳しくない(興味が無い)。この下着もそういった何かなのだろうか。
「もう、いい?」
俺が考え始めて手を止めていると、彼女が少し険しい表情で問いかけてきた。体を起こして、俺もベッドから降りる。
彼女はまた機嫌が少し悪そうだ。どうしたものか。
「清志って本当に女心がわかってないよね」
自然と上目遣いになる彼女を可愛いと思いながら、軽く彼女の頭を撫でてやった。
「そんなことはない。女はみんな、こうやって頭を撫でられるのが好きなんだろ?」
そう言ってみせると、彼女は呆れたようにため息をついて、自分の頭の上にある俺の手を払った。そして強めの口調で言われる。
「お薬ちょうだい」
「何のだ?」
「痛み止め。生理痛でお腹痛い」
その一言でさっきからモヤモヤと引っかかっていた謎が解け、俺は全てを理解した。
(生理か)
彼女が来た時からおかしかったのは、生理のせいだ。あの下着の違和感も納得がいく。だからずっと何処と無く元気がなく、今も若干イライラしている。
「なんだ、そういうことはもっと早く言え。仕方ない、処方してやろう。けど痛みを和らげるだけで、そのイライラは治らないからな」
原因がわかった今、俺の気分は穏やかだった。まあ、今夜彼女を抱けないのは少し残念だが、そんなことはまた今度にすればいい。病気ではないし、不機嫌そうな表情だが顔色は悪くない。言うほど腹が痛そうでもないし、念の為夕飯まで安静にしていれば問題ない。
俺は薬の入っている棚の引き出しをいくつか開け、薬を選び彼女に渡した。グラスに水を注いで彼女に手渡し、薬を飲むように促す。
「それを飲んだら横になって休んでろ」
そうして彼女に背を向けて、閉所作業のためデスクに戻ろうとした。しかし、彼女に呼び止められて行動を妨げられる。
「なんだ?」
「清志はやっぱり女心がわかってない」
「またそれか。要望があるなら具体的に言え」
早く作業を終わらせて彼女と部屋に戻りたいと思うあまり、障害物にため息が出る。女心がいったいどうしたんだ。今日の彼女はおかしい。おかしいのは生理だからで、女心は関係ない。
そう言ってやりたかったが、これ以上機嫌を損ねるのは面倒だったため、話を聞くことにした。
「…てよ」
「ん?」
「そばにいてよ…」
甘えた声で言う彼女に少し色気を感じる。そういえば、今日はいつもより少々素直に甘えてくる。これも生理のせいなのか、はたまたこれが女心というものなのか…。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺はベッドに横になる彼女の手を握る。
「安心しろ。今夜は嫌がっても傍にいるつもりだ」


閉所まであと15分。
俺はこの残りの時間で彼女の機嫌を治し、
女心を理解できるようになるだろうか…

お前が理解らせてくれるんだろう?

そう期待を込めて、俺は
嬉しそうに微笑んだ彼女の頭をまた撫でるのだった




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