スタマイ*短編 | ナノ

桐嶋宏弥『happening』

目が覚めると、隣には愛しい彼が眠っている。私の方を向いて横向きに眠る彼は、なんだかいつもより寝苦しそうな表情をしていた。
「宏弥くん」
上半身だけ少し彼の方を向いて、愛しい彼の名前を呼ぶ。珍しく小難しい顔をしている彼が可愛くて、思わず笑みがこぼれたのも束の間、動いた瞬間に下腹部に殴られた様な痛みが走った。
(そうだった。ああ、今月もきたか。しかも重たい方だわ)
痛みを紛らわそうとお腹に手をあてると、何か温かいものとぶつかった。
(あ、だから寝てる間は痛くなかったのか)
私のお腹の上にはすでに彼の手が置かれていた。寝ている間、冷やして痛くならないように温めてくれていた様子。
彼の優しさに嬉しくなり、幸せでいっぱいの中、私はもう一度眠りについた。


翌日、2日目ということもあって、私はあまりの激痛で動けないため、そのまま九条家の宏弥くんの部屋で過ごすことにした。
目が覚めると宏弥くんは隣にいなくて、代わりに私のお腹には湯たんぽが置かれていた。
(あれ?私、湯たんぽなんて誰かにお願いしたっけ?)
とりあえず、トイレにいってナプキンを替えたい。
重い体をゆっくり動かし、サイドテーブルにあるカバンの中からスマホとナプキンの入ったポーチを取り出す。しかし、ポーチの中には1枚も残っておらず絶望する。
(やばい。買いに行かなきゃだけど、私、薬局まで辿り着けるだろうか)
ただでさえ意識が朦朧としているのに、一人で買いに行くなんて無理な話だった。この家には男しかいないし、絶対にナプキンなんて置いてない。いくら客室まであるホテルのような家でも、流石に宮瀬さんもナプキンは用意していないだろう。
(やっぱり買いに行くしかない)
頭を抱えつつスマホを確認すると、カナメくんからLIMEがきていた。

『お姉さん、生理なんだって?
宏弥くんがどうしたらいいのか聞いてきたんだけど、なんでそうなったの?』

(は???)
衝撃的な文章に頭が追いつかない。こうなった経緯を考えたいけど、考えたくない。
頭がぼーっとする。私はもう一度ベッドに寝転がった。そして下腹部が痛み、液体が股から溢れるのを感じる。
(やばい。ナプキン。ナプキンがほしい)
そのとき、部屋のドアが開いて宏弥くんの姿が視界にうつった。
「ナマエ、大丈夫か?俺が…………やるから、もうちょっと…………」
彼は私の元へやってきて、何か言っているが、私にはもうわからない。私は最後の力を振り絞って言った。
「…宏弥くん…ナ…プキ…ンが…」
そして、意識をとばした。


誰かの声が聞こえる。
「俺は豪さん呼んでくるから、宏弥くんはちゃんとお姉さんにこれ渡してね」
「おう!サンキューな、カナメ!」
「あと、お姉さん動けないと思うから、お風呂まで運んであげて」
「おー、そっか。風呂で温めればいいんだな」
「そういうこと。じゃ、あとで」
(宏弥くん…とカナメくん…?)
耳を澄ましているとだんだん意識がはっきりしてきて、瞼をゆっくり開いた。
「ナマエ、大丈夫か?」
目の前には大好きな恋人が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。私がゆっくり上半身を起こすと、急に抱きしめられた。
「よかった!お前、マジで死ぬんじゃねえかと思った」
少し痛いと感じるくらい、強く抱きしめられている気がするんだけど、そんなに心配させていたのかと若干申し訳ない気持ちになる。
「こんなんじゃ、死なないよ」
と言いながらもまた意識が遠のきそうになる。
私は必死で宏弥くんの服を握り、倒れそうになる体を持ちこたえていた。
(宏弥くんの匂い…なんか落ち着く)
ただ生理がきただけなのに、こんなに心配されて、想ってもらえるなんて、幸せ者だと実感する。
「悪かった。昨日、すげぇ無理させちまって」
(昨日…?)
「痛かっただろ?俺夢中でやってたから」
昨日のことを忘れたわけではない。しかし宏弥くんが謝る意味がよくわからず、とりあえず「大丈夫」と返事をした。
すると彼は私を離し、私の頬に優しく触れる。
「大丈夫じゃねぇだろ。顔色、あんま良くなってねぇな。俺がなんとかしてやるから、もうちょっと踏ん張れよ」
彼はそう言ってふわりと私の頭を撫でた。
宏弥くんの優しさが嬉しくて抱きついた。彼は私が弱ってる時は、いつもこうやって傍にいて頭を撫でてくれる。
「宏弥くん…大好き」
「なんだよ急に。俺も、大好きだぜ」
そう言って今度は額にキスをしてくれた。
今まで生理のときは、宏弥くんと会わないようにしていた自分を悔いる。もっとちゃんと話していればよかった。そうすれば、1人で痛みに耐えることなく、彼に寄り添ってもらえたのに。

「お取り込み中悪いんだけど、宏弥くん、イチャついてないで、早くお姉さんをお風呂連れてってくれない?」

突然現れたのは、この九条家に住む高校生のカナメくんだった。思わず現れたドアの方を見る。
「カナメくん、それはちょっと…」
「でも豪さん早くしないと、豪さんの彼女も来るし、やる事いっぱいでしょ?」
続いて現れたのはこの九条家の使用人の宮瀬さん。
急な出来事に訳が分からず、口をポカンと開けたままでいると、宏弥くんに布団を剥がされた。
そして、ベッドが悲惨なことになっているのに気づく。
「あ、大分乾いてしまってますね」
宮瀬さんが、困った顔をして覗き込む。
宏弥くんのベッドには、私が流したであろう血液が斑点模様を作っていた。
「当たり前だろ。だってこれ昨日の…ふぁ」
宏弥くんが余計なことを言わないように、咄嗟に彼の口を塞ぐ。やんわり解かれて、膝の上に手を戻される。
「とりあえず、風呂入ってさっぱりしようぜ」
そう言って彼は私をお姫様抱っこして、浴室まで運び出した。

そのあとは、宏弥くんと仲良くお風呂に入ってさっぱり綺麗に。
宏弥くんから買ってきてくれたらしいナプキンを受け取り、身につける。きっと恥ずかしかったんだろうに、よく頑張って買ってきてくれたなとめいっぱい褒めてあげた。
こういうとき行動力のある彼はとても頼りになる。彼の優しさと頑張りに、ただただ惚れ直す1日となった。

余談だが、この日、私が生理だという事実は九条家の全員に広まっていたらしく、新堂さんに薬を渡され、外出先から帰ってきた九条さんにも心配され、私は恥ずかしい思いをするのだった。

とんだハプニング
(宏弥くんのバカ…。でも、ありがとう)

「ん?なんか言ったか?」
「なんでもない。好きだよって言っただけ」
「なんだよそれ。そういうのはちゃんと言えよ」
「えへへ、好きだよ」

今夜は客室のベッドで抱き合って眠る。
彼が隣にいることが、どんなに幸せか。
たまにはこんなハプニングもいいかもしれない。



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