スタマイ*短編 | ナノ

宮瀬豪『hot tea time』

トイレから戻ると、豪さんが少し心配そうな顔で私の元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?遅いから具合が悪いのかと」
そう言って私の顔を覗き込む彼に、私はなんて答えようか戸惑う。今この九条家のリビングには、私と豪さんしかいないけれど、やはりこの手の話は男性には言い出しにくい。婚約者なのだから、正直に話した方が良いのかもしれないが、どう切り出そうか。
「だ、大丈夫。具合は悪くないから」
しまった。余計に言い難い返答をしてしまった。
「それならよかった。今お茶淹れますね。先程買ったケーキに合いそうな紅茶があるんです」
彼は私をソファに座らせて、キッチンへ行ってしまった。一人残されるとなんとなく寂しく感じるくらいに広いこの家。豪さんと結婚したら、この家に住むことが決まっている。九条さんとは話がついてるけれど、他のみんなは私を受け入れてくれるだろうか。特にカナメくんなんか、まだ高校生だし、同じ家に女性がいることに不満を持つかもしれない。女は色々面倒くさい。トイレやお風呂、洗面所とか洗濯もか。生活の中に、気を使わなきゃいけないことが増えると思う。迷惑になるのでは…。
「どうかしましたか?」
考え事をしていると、豪さんの声がして、フッと顔を上げる。私の顔を見て、彼はまた心配そうな表情をしている。
いけないいけない、この時期はいつもネガティブになるというか、心配ごとを悶々と考えてしまいがち。
「やっぱり、体調が良くないんじゃないですか?顔色が悪いです」
そう言って彼は私の隣に座り、私の頬や額に手をあててくる。水を使っていたのか、若干ひんやりして気持ちいい。
「少し、熱いですね。体温計は…」
そう言って立ち上がり、彼はまた動き回る。今度は体温計と毛布を持ってきて私に手渡し、時間が丁度いいのか、紅茶をカップに注ぎ始めた。
「熱計れましたか?」
紅茶とケーキを私の目の前にあるテーブルに並べながら、心配そうに尋ねられる。わざわざ計らなくても、風邪のときほど体温が高いわけではないことがわかっていたため、私は体温計を手に握ったままでいた。
「あの、違うの。熱はないから大丈夫」
「ナマエさん、それはちゃんと計らないとわかりませんよ?僕が脱がして計ってあげましょうか?ふふっ」
彼は少し含みのある笑顔を向けて私の隣に座る。膝に置いたままでいた毛布を広げて、ふわりと私の体を包み込むようにかけられた。
「ナマエさん、本当に大丈夫ですか?」
「あー、はい。大丈夫です!」
「そうですか、では今日は僕の部屋に泊まっていってください。あなたは明日はお休みですし、僕も今晩はゆっくりできそうなんです。僕が言いたいこと、伝わりますか?」
これは、完全に誘われている。豪さんがこんなことを言うのは珍しい。正直私も、迷惑でなければ今日は泊まろうかと考えていたが、この緊急事態で彼との夜の営みを交わせないとなると、逆に泊まるのは申し訳ない気になる。
「体調が優れないようでしたら、やめておこうと思ったんですが、大丈夫ならば、その…ご無沙汰ですし、ダメ…でしょうか…?」
その言葉を聞いて、やっぱりと思う。
(会うのも久しぶりだし、私もできればしたかったけど)
若干恥ずかしそうに頬を染めている彼に、告げなければならない。
彼が淹れてくれた紅茶を一口飲み、深呼吸をする。私は意を決して、口を開いた。
「ごめんなさい。今日はその…無理なの」
私の言葉に一気に残念そうな表情になる彼。すぐにその表情は変わり、いつものようにふわりと優しく微笑んだ。
「…そう、ですか。仕方ありません、それじゃあまたの機会に」
「あ、待って。最後まで、聞いて」
話が終わらないように言葉を続ける。少し驚いた顔で彼は私を見た。
「あのね、私、今日さっき生理がきちゃって。トイレに時間がかかったのは、下着汚れちゃったから洗面所で洗ってて。だから、体温が高いのも、顔色が悪いのも、全部それが原因で体調が悪いわけではないの」
なんとか言えた。ただ、結局彼との夜は過ごせないことには変わらない。何か良い方法はないかと考えるが、思いつかず、考え事をすればするほど、子宮に響くのか、下腹部が重たく感じてくる。
(お、お腹痛くなってきた…。きたの認識すると痛くなるんだよな)
豪さんに心配かけるといけないと思い、ごく自然な感じでお腹に手をあてる。しかし、彼には気づかれてしまったようで、彼は立ち上がった。
「お腹は、痛いんですね?」
「あ、大丈夫!大丈夫だから!」
これ以上余計な心配をかけるわけにはいかないと思い、また何か用意しようと動き出す彼を止める。すると、私が急に大きい声をあげたせいか、彼は何もないところで転んでしまった。
「豪さん!」
「あはは、転んでしまいました」
そう言いながら、彼は苦笑いしながら立ち上がる。特に怪我をした様子はなく、ホッとする。
いつもの光景に私も少し頬が緩む。豪さんは、この九条家の使用人として働いていることもあり、家事全般卒なくこなせるのに、ちょっとドジなところがあって、それでいていつもみんなのことを気遣っていてくれて、とても優しい。こういうドジなところも含め、私に愛しいと感じさせてくれる。
「ナマエさん」
「はい…?」
私の隣に座りなおし、私の顔を真っ直ぐに見つめながら彼は話し始めた。
「正直に話してくれて、ありがとうございます。こういうことは、言いにくかったでしょう?」
私は少し伏し目がちになって、小さく頷いた。
彼はそれを見てか、急にキリッと真剣な表情になって話しを続ける。
「ナマエさんにお願いがあります。僕に、手助けをさせてください」
唐突に放った彼の言葉に驚く。彼がまさかそうくるとは思っておらず、若干口をポカンと開けていた。
「僕とあなたはもうすぐ結婚します。どんなことも二人で乗り越えていかなければなりません。でも、その痛みを分かち合うことはできません」
そう言って、彼は私のお腹を優しく撫でる。
「だから、せめてこうやって痛みを乗り越える手助けをさせてください。…あ、すみません。僕の手、冷たかったですね」
彼は自分の手の冷たさに気がついて、私のお腹から手を離して自分の膝の上に置く。確かに、彼の手は少し冷たかった。けれど私は、その温かい言葉と笑顔で、お腹の痛みが若干和らいだ気がした。
私は彼の手に自分の手を重ねて、「ありがとう」と微笑んだ。
嬉しくて、私はそのまま指を絡め、目を閉じてキスをねだる。
すると私の唇には彼からの優しいキスが降ってくる。そのまま毛布ごと抱きしめられて、耳元で囁かれた。
「もう、大丈夫なんて言わないでくださいね。この体は、いつか僕の子供を産む大切な体なんですから、あなた一人の体じゃないんです」
まるでプロポーズのような言葉に、顔に火照りを感じる。
プロポーズは一度受けているけれど、こんな耳元で言われると心臓に悪いというか、子宮が疼く。
それを知ってか知らぬか、彼は私を離して満面の笑みでまた優しい言葉をくれる。
「さあ、ケーキ食べながらゆっくりしましょうか。体を冷やさないように温かい紅茶、淹れなおしますね」

この温かさは生理のせいなのか、わからないけれど
私たちはみんなが帰ってくるまで、
二人で温かいティータイムを過ごした



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