スタマイ*短編 | ナノ

服部耀『あんぱんに愛を込めて』

2018年『愛を込めて 涙のウェディング』イベント実装記念夢
捜査一課で服部の部下 両片思い 体の関係を持ちそうになったことがある

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昨日の案件のせいで、今日も報告書が山積みの午後。お昼休憩に出ようかと椅子を引いた瞬間、夏樹に声をかけられた。
「ナマエさん、ランチ行きましょう!」
今日も元気、いつも元気な菅野夏樹は、嬉しいことがあったのか、スキップでもし出しそうな明るさで私のデスクまで駆け寄ってきた。
「なんか朝から嬉しそうにしてるね」
「わかります?聞いてください!」
意気揚々と話を始めた彼は、私の目の前に自分のスマホ画面を掲げた。そこに映っているは、白いタキシードを着た夏樹が白いドレスを着た女性の手をとる姿。
(なにこれ?結婚式?)
そう疑い、スマホ画面をまじまじと見た。
「俺、結婚したんです昨日!」
「え、嘘!?」
「っていうのは冗談で、これ昨日の捜査で着たんですよ」
昨日という単語を聞いて思い出す。そういえば昨日はみんな、ウェディング関係のイベントの護衛を兼ねた捜査で、かなり大掛かりな感じで出動してたって。司さんも蒼生さんもそっちの捜査の調べ物。みんなはそっちに行くから、「あとはよろしく」って課長に言われて、私は残りの案件を一人で片付けていた。
「イベントの参加者に扮して、っておとり捜査みたいになっちゃうからマトリと協力して、みんなでタキシード着て。玲にドレス着てもらって、事件解決後に記念に一緒に写真撮らせてもらったんですよ!」
「へぇ、楽しそうね。 夏樹、けっこう似合ってるじゃん。いつもよりカッコイイと思うよ」
鬼のような一日を過ごしていた私とは裏腹に、楽しそうに昨日の捜査を過ごした夏樹に少し腹が立ったが、嬉しそうにしてるから一応褒めてあげた。
「そう!朝、他の課の女の子たちにも見せたら、『カッコイイ!』ってみんなに言われちゃって!いや〜まさかこんな形で結婚式の練習できると思わなかったなぁ。あれ?ナマエさんなんか怒ってます?」
「いいえ、別に」
遠い将来、着るかもしれないそれに若干羨ましいと思いつつ、平静を装って返事をする。
私の隣に並んで手を引いてくれるのは、いったい誰なのだろうか。
「あ、他の人も撮ったんですよ。これが玲でしょ、あとマトリの何人かと」
そう言って私のご機嫌をとるかのように明るく、って夏樹はいつも明るかったわ。スマホに映るみんなは、いつもの仕事中の表情とは違い、花嫁役の玲ちゃんを優しい眼差しで見つめている。玲ちゃんは相変わらずの人懐っこい笑顔で、とても綺麗だった。
ふと、写真の端の方に見覚えのある髪色の人物が映っているのを見つける。後ろを向いていて顔は見えないが、その紅い髪は個人を特定するには充分すぎる手がかりだった。
「これ、課長?」
スマホ画面を指さして夏樹に聞く。
「そうそう!耀さんもタキシード着てた。なんか想像つかないですよねー、耀さんの結婚式。ある意味レアですね!確か耀さんの写真も送ってもらってあるはず」
課長の写真もあると聞いて胸が高鳴る。別に、課長とは付き合ってるわけではないけど、あんなことされるとちょっと、というかかなり意識はしている。
(さっきの課長、髪おろしてたな)
スマホを操作する夏樹をぼんやり見ながら思う。ハーフアップにしていたのか、後ろ髪をおろしている課長はどこか色っぽい。いや、以前課長の部屋に泊まって迫られたときに、髪をおろしていたからそう感じるのかもしれない。
「耀さんも、玲と一緒に撮ってて…あ!あったあった」
写真を見つけ、私にスマホ画面をまた掲げた夏樹は、何故かニヤニヤしている。そして、肝心の画面は夏樹が指をあてているせいで、画面が暗くなってしまった。
「ねぇ画面消えて…あ」
画面のことを訴えようとした瞬間、誰かの手が夏樹の手からスマホを抜き取った。
「はい、無断で個人写真流出禁止」
突然現れたのは、先程写真の端に映っていた紅い髪の人物と同じ髪色をした、彼本人。彼は夏樹のスマホをいじり、何事も無かったように夏樹にスマホを返した。
「えぇー!?なんで消しちゃうんですか、耀さん!?」
「うるさい」
大きい声で騒ぎ出す夏樹に一言ピシャリと言い放つ課長は、何故か少し苛立った様子で私を見てきた。
「私も課長のタキシード姿見たかったです」
ちょっと残念だという気持ちを正直に告げてみるが、相変わらず、アクアグレーの瞳は突き刺すような視線を向けてくる。
そんなに見られたくなかったのだろうか。
「どうして?」
「え…?」
「なんで俺とマトリちゃんの写真を見たいと思ったの?」
唐突に開かれた口は、私に予想外の質問を投げつける。
(どうしてって…だって課長のこと)
恥ずかしくて、『好き』とはっきり言えない自分がいる。というか、今は夏樹もいるから言えないってのもあるけれど。
課長は私の気持ちに気づいているのか、こういう状況が前にも何度かあった気がする。
「いやーだってそれはー、耀さんのレア写真じゃないですかー!」
「夏樹には聞いてない」
「はい」
空気を読んでか、代わりに無難な答えを出してくれようと頑張ってくれた夏樹は、呆気なく除外された。
どうしてだろう。何故か課長は怒っている。あまり時間をかけると厄介だと思い、無難な答えを出した。
「け、結婚式の参考に…自分の」
目を逸らして恐る恐る答えると、課長は一瞬考えるような仕草をして、すぐ私に視線を戻しニヤリと笑った。
「ほーん、悪くない。でも、本番と別の人間が並んでるのに、練習も参考も何もないでしょうよ」
どうしても見せたくないのか、反論しにくい答えが返ってくる。無駄かもしれないが、私も本心を悟られないように会話を続けた。
「そ、そんなことないですよ。雰囲気だけでも…え、か、課長?」
私の話を聞いてか否か、課長は足がぶつかるくらい私に近づいてきた。夏樹が居づらそうにこっちを見ているにも関わらず、課長は椅子に座る私を見下ろし髪を撫でる。急に触られてドキッとしている中、彼は表情ひとつ変えずに話す。
「ま、見たいならそのうち見せてあげよう。当日は君の方が忙しいから、じっくり俺を見てる暇はないだろうけど」
彼の視線と髪に伝わる感触にドキドキして、何を言われたのか意味が理解できず、眉間に皺を寄せて彼を見上げると、よく見る大魔王のにっこり笑顔を浮かべている。そして彼は、徐ろに手に持っていたビニール袋から何かを取り出し、私の頭の上にボフッと置いた。
「ほい、あんぱん。昨日はご苦労」
頭に置かれたあんぱんを落ちないように支えると、課長はさっさと自分のデスクに戻って昼食をとり始めた。
(あんぱん…もらっちゃった)
課長から解放されて、ホッとすると同時に冷静になる。昨日、一人で頑張っていたことに対して労いのあんぱんをくれるという課長の上司としての愛情に嬉しく思い、顔が緩んだ。
「今の軽くプロポーズですよねー」
「…え?」
突然降ってきた”プロポーズ”という単語に、驚いてあんぱんを落としそうになる。言い出した夏樹を見ると、苦笑いしている。次第に課長の言葉が繰り返し頭の中を巡り、どういう意味で言っていたのかを理解して顔が熱くなってきた。
「あれ、顔真っ赤ですけど、今気付いたんですか?」
「…言わないでよ」
課長がなんであんなこと言ったのかわからないけど、唐突に言われたことと、夏樹の前で躊躇いもなく言ったことに恥ずかしさが込み上げてくる。
さっき触られた髪を整えながら、照れ隠しにあんぱんを頬張った。
「え、ナマエさんランチは?」
「ごめん、パス」
その真意を知りたくて、チラリと課長を見る。
彼は私の気も知らないで、のんきにあんぱんを口に咥えながら、一度髪をおろして結び直した。
(あ…また)
写真の端に僅かに見えた後ろ姿を思い出す。

いつか見ることが出来るかもしれない
彼のタキシード姿を想像して、
彼の愛が込もったあんぱんをかじる

私は未だに『好き』を言えてないけれど
彼がくれた愛の言葉は、あんぱんの甘さと一緒に
喉を通ってゆっくりと確実に私の体に染み込んでいく

「私、あんぱん好きかも」

あんぱんに言っても仕方ないのだけれど

いつかちゃんと言えるように今は

あんぱんに愛を込めて



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