スタマイ*短編 | ナノ

由井孝太郎『First Birthday』

由井視点 恋人になったばかり 社会人
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趣味でやっている研究の資料を纏め終えて一息つく。
コーヒーを継ぎ足そうかと立ち上がり、キッチンへ向かいながら時計を見た。
6月1日(金)23時27分。
明日は休みだし、このまま研究の続きをしても問題ないが、疲れがたまっていることを思い出し、今日はもう寝ることにした。
流しにマグカップを置いて、振り返るとテーブルに置いておいた箱が目に入る。今日、俺の誕生日を祝ってくれたマトリの皆からのプレゼントだ。そういえば、まだ開けていなかった。一度職場で開けたから中身は知っている。
(いったいいつ使えるのか…)
もう一度箱を開けて、中に入っているピンク色のボトルを手に取る。『LOVEローション』とパッケージに書かれているそれを少し眺めて、渡された時のことを思い出す。
最近、俺に彼女ができたことを知ったヤツらは、泉に無理矢理「二人で楽しんでください」と言わせてこれを渡してきた。
まぁ、成分表は興味深かったから、そのうちこの類の研究もしたいとは思ったが。
(近いうちに誘ってみようか…)
何せ付き合い始めたのは先月に入ってからだ。キスだってまだ数回しかしていないのに。半同棲状態の今、チャンスは少なくないが、ガードが固い彼女だから時間はかかるだろう。
少し残念な気持ちになりながら、ローションを箱にしまってテーブルに置いた。
(…ナマエ)
彼女のことを考えていたら会いたくなってきた。
不思議なもので、大人になってから誕生日なんて気にしなくなっているのに、恋人ができると祝ってほしいなんて思ってしまう。しかし、今日は彼女が泊まりに来る日ではない。
しかも、俺は彼女に自分の誕生日を教えていないから、彼女は知らないし、祝いに来るわけがない。
時刻は23時34分。もうすぐ日付がかわる。
(会いたい…)
考えれば考える程、会いたくなる。今日、彼女は会社の人間と飲み会だと言っていた。上司にセクハラ発言されるから早く帰りたいけど、夜遅くなると思うから、うちには来れないと。でも流石に家に帰っているだろう。
(そうだ、迎えに行こう!)
彼女の家までは車で15分弱。上手くいけば日付がかわる前に会えるかもしれない。
3日に1回は会っているけれど、今は会いたくて仕方ない。
(ナマエに会いたい…会いたい…)
俺は急いで靴を履いて鍵を取る。玄関のドアを勢いよく開けると、隙間から人影が見え、危ないと思い「すみません」と慌ててドアを引いた。ぶつかったような音はしなかったから、多分大丈夫だろう。改めてドアを開けようとすると、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「孝太郎さん…?」
一瞬空耳かと思ったが、真相を確かめるためにゆっくりドアを開いた。
「…ナマエ!」
そこには会いたくてたまらなかった、愛しい恋人の姿があった。
何故彼女がここにいるのか、わからなかったが、嬉しさのあまり玄関を飛び出し、すぐに彼女を抱きしめる。
「あ、あの…孝太郎さん?」
「どうして君がいるんだ」
「どうしてって…わぁ!え、孝太郎さん!」
我慢できずに彼女の額にキスをする。愛しい愛しい恋人よ、よく来てくれた。どんどん溢れてくる愛情を伝えるには、これだけでは足りない。
「キスがしたい」
そう言って彼女の淡いピンク色をした唇に口付けようとしたとき、彼女に両手で口元をガードされて止められた。
「ちょっと待って!どうしたの?急にそんな…こ、心の準備が。それに誰かに見られたら…」
「別に構わない。誰に見られようとも俺は今、ナマエとキスがしたい」
彼女が外でキスするのを嫌がるのはいつものこと。何の問題もないじゃないか。実際このマンションの廊下には今、俺たち以外に誰も見当たらない。
俺は構わず迫り、ガードする手にキスをする。恥ずかしそうに頬を少し赤らめる顔が可愛らしい。早くキスがしたい。
「早く」
「わ、わかったから…せめて部屋に入れて…」
何故、俺がこんなに焦っているのかというと、もうすぐ日付けが変わるからだ。せっかくの誕生日だ。キスをしたい口実に使おうじゃないか。
「言ってなかったと思うけど、実は今日、俺の誕生日なんだ」
話を進めながら、俺はドアを開けて彼女を部屋に導いた。靴を脱ぐ彼女は、俺の言葉を聞いて驚いた表情をする。
「どうして、言ってくれなかったの?私、何も用意してない」
「ほら見て、もうすぐ日付が変わる」
腕時計を見せながら彼女の手を引き、部屋に上げる。
時刻は23時47分。限界が近い。
俺は彼女の腰に両腕を回して抱き寄せた。抵抗する様子はないが、彼女の手は自分の胸の前にある。おそらくプレゼントのことを気にしているようで、困った表情がまた可愛すぎる。
「あの、孝太郎さん、私…」
「さあ、俺にキスしてくれ」
「えぇ!?なんで私から??」
「せっかくの誕生日だ。君からのプレゼントが貰えるならほしい」
悩んでいるようだったので、キスのプレゼントを提案する。何も用意できなかった今、お金もかからず、すぐできるプレゼントはこれしかない。あと他にあるとすれば…
「別にキスにこだわらなくてもいい。『私がプレゼント』って裸でベッドに寝」
「キスでお願いします!!!」
(チッ…もう少しだったのに)
心の中で舌打ちしたが、正直彼女に会えただけで充分だった。
改めて彼女を見て少し微笑む。また困った顔をしてこっちを見る彼女は、緊張しているのか一向に動かない。仕方なく、当初抱いていた疑問を問いかけた。
「今日は、飲み会だから来れないと言ってなかった?」
「え…うん。でも、思ったより早く終わったから、明日は休みだし、孝太郎さんに会いに行けるかなと思って。それでお泊まりセット準備してたら、こんな時間に…」
それは、彼女も同じことを考えていたということか。
(俺に会いたいと…?)
こんな時間に、わざわざ家に帰って準備をして、俺に会いに来たというのか。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。いくら両想いで、交際していて、『好きだ』、『愛してる』だの言っても、本当の気持ちを実感できることは、なかなかない。これが、通じ合うということ、思い合うということなのか。
嬉しすぎてため息が出た。なんて愛おしいんだろう、この生き物は。
「 俺も会いたかった。こんなに君を恋しく思う日がくるとは思わなかったよ」
「もう、大げさ。一昨日も会ったばかりなのに」
「大げさなんかじゃない。本心だよ」
そう言葉にすると、俺の胸に顔を埋めるようにぴったりくっついた。俺は、細くてふわふわした彼女の髪を撫でて弄びつつ、食べてしまいたいと思い、毛先を摘み口元に運んで口付ける。
「君も俺に会いに来てくれたんだろう?俺だって会いたくて、迎えに行こうと思って玄関を開けたら、君がいた。俺たちは以心伝心していたということかな」
「んふふ、なんか、その言い方恥ずかしい」
上目遣いで俺を見る彼女の視線に絆されて、強く抱きしめる。
(ずっとこうしていたい)
こんなこと思うのは、おかしいだろうか。彼女と出会う前の俺はきっと馬鹿にして笑っただろうな。恋愛なんてくだらない、そう思っていたから。でも…
(今の方が、幸せだ…)
幸せのため息が出て、力が抜ける。彼女の腰から手を緩めた瞬間、首の後ろに手を回され、唇に柔らかいものが重なった。
「おめでとう、孝太郎さん」
一瞬の出来事に驚くことしかできず、後からじわじわと顔に熱が集まり照れる。照れているのは彼女も同じようで、赤面しながら笑顔で祝いの言葉をくれた。
「ありがとう」
照れ隠しに苦笑いをしてみる。余計に恥ずかしくなり、俺の目線は腕時計へ。
時刻は23時55分。ああ、間に合ったのか。
「よかった間に合って」
俺から離れ、部屋の奥へ進む彼女を見つめる。愛おしい姿に自然と口角が上がり、後ろから抱きしめた。

「まだ時間はある。もう1回しよう」
「え、もう私からはしないもん」
「じゃあ俺からしよう。こっち向いて」

彼女と二人で迎えた初めての誕生日。
それは、同じ時を過ごせることに
幸せを感じられる最高の日。

会えてよかった
俺たちはもう一度キスをしようと目を閉じた



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