スタマイ*短編 | ナノ

夏目春『Christmas Decoration』

同棲中の恋人
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春くんと喧嘩した。
それはクリスマス前の休日、寝る前に私が部屋でクリスマスの飾り付けをしていたとき、お風呂に入ろうと準備を終えた彼が怪訝そうな声色で聞いてきた。
「うわぁ、なにそれ。買ってきたの?」
「うん、今年は何も予定立てられないでしょ?だからせめてツリーだけでも、と思ってね」
少しでもクリスマス気分を味わいたくて、買ってきたミニクリスマスツリー。組み立ててオーナメントを飾り付けていく。高さ1メートルにも満たない小さいツリーだけど、この質素なホテルの一室にはあるだけで気分が華やいだ。
「え、それクリスマス終わったらどうするの?」
「また来年使えるように仕舞っておくよ」
「どこに?」
質問されて、思わず振り返り彼を見る。否定的にも見えるその表情になんだか嫌な予感がして、ポカンと開いた口を噤んだ。質問の回答を考えていなかったわけではない。ただ、彼と今年も楽しいクリスマスが過ごせたらいいなと思っていたから、その後のことは私の中でそこまで重要ではなかっただけのこと。
「あのさ、こういうのは家主の俺に相談してからにしてよ」
「……ごめん」
「子供じゃないんだから、別にツリーなんかなくても俺は」
「もう買っちゃったんだから仕方ないでしょ!」
彼の言葉を聞き終える前に、私は立ち上がって反論を唱えた。言ってからハッとするけれど、もう遅かった。声を少し荒らげてしまったせいか彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに眉間に皺を寄せて苛立った様子に変わる。そして低い声で「そうだね」と私に一言返し、そのままバスルームに入って行ってしまった。


そんなことがあって、喧嘩したままイブの夜はやってきた。この一週間、年末ということもあって仕事が忙しく、出勤前と帰宅後に少し顔を合わせる程度で、会話もほとんどしていない日々が続いていた。今日もやっぱり帰宅した時間も合わなくて、私は深夜近くになってしまい、シャワーを浴びて部屋に戻ると、彼はすっかり眠っていた。
(もう、クリスマスか…)
時計の針は間もなく0時を指す。ベッドに座って、彼の寝顔をチラりと見たあと、私はテレビの隣りに置いてあるミニツリーを眺めた。飾り付けをしているときにも思ったけれど、色んな色のオーナメントが宝石みたいにキラキラと光っていて、見ているだけでなんだか笑みが溢れる。彼と喧嘩したまま、ちゃんと仲直りもできてないことに精神をすり減らしていたけれど、少しだけ明るい気持ちになれた気がした。
(明日はお互いにクリスマスパーティーだもんね)
明日のクリスマス当日も、昼間からそれぞれ仕事関係の人からパーティーに誘われていて、何時に帰れるかわからない。 けれど、帰ってきてから少しでも話ができたらと期待を胸に、私は用意していたある物を手に取った。
「メリークリスマス、春くん」
小さな声でそう呟きながら、彼の枕元にそっと、手に持ったプレゼントの箱を置く。本当は二人で過ごす時間に渡すつもりだったけれど、今はちょうどイブの夜だし、彼を起こして渡すほどの勇気がなかった。
(仲直り、できたらいいな)
この願いをサンタクロースは叶えてくれないだろうか。そんなことを考えながら、私は祈る気持ちで彼の隣で眠った。



朝起きて朝食を終えてから、身支度を整える。昨日のうちに洗濯しておいたドレス用の下着を、ソファの上に置きっぱなしになっている洗濯物の中から取り出そうとソファを見ると、昨日帰ってきた時には乱雑に置かれていたはずの洗濯物が、綺麗に畳まれていた。どうやら今朝、先に起きていた彼が私の分の洗濯物も畳んでおいてくれたらしい。
「春くん、洗濯物ありがとう」
聞こえなかったのか、返事は返ってこないけど、私はそのまま洗濯物を片付けようと一つずつ腕に抱えた。 すると、靴下が片方足りないことに気がつく。どこかに転がってるのかと周りを見回すけれど、それらしいものは落ちていない。テーブルやイスを退かして、ベッドの下を覗いて、クローゼットと引き出しの中も見てみたけれど、やはり見つからなかった。
「なに…?朝からバタバタして、どうかしたの?」
物音がうるさかったのか、洗面台でパーティーに行く支度をしている彼から声を掛けられた。
「あ、ごめん。私の靴下が片方無くて」
彼が洗面所から出てくる様子はなく、「その辺にあるんじゃないの?」と声だけが返ってくる。やっぱり、一週間前の喧嘩が尾を引いているのか、彼の態度は素っ気ないままで少し落胆した。けれど、今日は帰ってきてから二人のクリスマスを過ごそうと決めていたから、そのためにも私は元気をもらおうとクリスマスツリーに視線を移した。
「え…?」
すると、クリスマスツリーに私の靴下が引っ掛かっていることに気がつく。慌てて近付いて、ツリーの枝と枝に挟まるように引っ掛けられた私の靴下を手に取った。中には何か細長い箱が入っているようで、靴下は歪な形に伸びている。中に入っている箱を取り出し、私は目を疑った。
「これって…クリスマスプレゼント?」
深い緑色の包装紙で包まれた箱に赤いリボンがついている。誰がどう見てもプレゼントだとわかる見た目をしたその箱を、この部屋に用意出来るのは、私以外に一人しかいない。
(春くんだ。絶対、春くんだ!)
心の中で状況を反芻して再確認すると、口元が緩んでいく。なんてくだらないことで喧嘩してしまったのだろうという情けない気持ちと、嬉しい気持ちが込み上げて、私は指先を少し震わせながら、ゆっくりと丁寧に包み紙を外していき、箱を開けた。
「…きれい」
包みと箱をテーブルに置いて、私は中に入っていた物を取り出した。様々な大きさにカットされたクリスタルが、細い銀の鎖で繋がれている。部屋の照明で角度によってキラキラと色んな色に変わるそれを、私は両手で広げクリスマスツリーの前に掲げてみると、まるでツリーの飾りのように光り輝いた。
「春くん…靴下あったよ!ねぇ、春くん!」
私が声をあげると、彼はすでにパーティーに行くためのスーツに身を包み、洗面所から出てきた。
「良かったね、靴下見つかって。しかもプレゼント付き」
「もう、春くんでしょ。見て、クリスマスツリーの飾りみたいに綺麗…!」
嬉しくて、嬉しくて、それを精一杯表現しようとキラキラの飾りと手の中にあるネックレスを並べて見せる。私の様子がおかしいのか、彼は苦笑いを浮かべてゆっくりため息をついた。
「ふふっ…なにその喜び方。あー…そっちじゃなくてさ」
「え…?」
その表情はいつもと変わらない私をからかう時の顔で、でもどこか嬉しそうに笑っている。彼の手がそっと私の手に触れて、少し小さな優しい声で囁かれた。
「貸して。俺が飾り付けてあげる」
そう言われると同時に手の中にあるネックレスは彼の手に渡り、そのまま抱きしめられるみたいに私の首の後ろに腕が回される。一瞬だけ彼の香りが私をフワリと包み、なんだか懐かしい気持ちになった。
「これは、ナマエを飾るためのものだから」
「…ありがとう。…似合う、かな?」
「うん、可愛い。似合ってるけど、パジャマじゃね」
「あ」
言われてから改めて自分の姿を見下ろすと、なんともミスマッチな格好をしていることを思い出した。
「早く着替えないと時間やばいよ」
「うん。あ、待って」
支度の続きをするため離れようとした彼を引き留め、私は思いのまま深呼吸をする。そして抱きつきたくて仕方ない気持ちを抑えて、彼の両手を手に取ってギュッと握った。
「あの、春くんありがとう!プレゼントすっごく嬉しい!」
「ちょっ…ふふっ力強いし、でかい声で何言ってんのかと思った」
「だ、だってすっごく嬉しかったんだもん。喧嘩…してたし、こんな素敵なプレゼントとか貰えると思ってなかったから…」
「別に俺は喧嘩してるつもりはなかったんだけど、まあ…なんとなく気不味くて、実際忙しかったし?」
「そうだけど…うぅ」
「はいはい、泣かないでよ。クリスマスどうするのかちゃんと話さなかった俺も悪いのはわかってるから」
そう言いながら、彼は溢れそうになった私の涙を指で拭う。そして「ごめんね」と一言、私の額にキスを落とした。
「続きは帰ってから。ほら、早く着替えないと遅刻するよ」
「うん」
返事をしてから私は、くるりと翻して持ち物を準備し始めた彼の背中に向かって小さな声で「ありがとう」と再びお礼を伝えた。もう一度深呼吸をして少し蒸気した気持ちを落ち着ける。それから顔を洗って化粧して髪を巻いて、ドレスに身を包むと、彼がドレスの後ろのチャックを上げるのを手伝ってくれながら話しかけてきた。
「そうだ、実は俺もサンタクロースからプレゼント貰ったんだ」
突然の話に一瞬何を言われたのかわからなかったけれど、振り向こうとした瞬間、私の目の前に彼の手のひらが現れる。その手にはエメラルドグリーンの小さな宝石がついたネクタイピンが乗せられていた。それは昨晩、私が彼の枕元に置いたプレゼントに間違いなく、そういえばと今朝起きた時には既に枕元からなくなっていたことを思い出す。
「…!」
「ねぇ、せっかくだから俺も飾り付けてよ」
彼はそう言いながら私の手を取り、ネクタイピンを握らせてきて自分の方を向かせた。見上げると少し意地悪そうな顔で私を見つめていて、自分のネクタイを取り出してニヤッと笑う。
「上手にできる?」
「で、できるよ。……はい。こうでしょ?」
差し出されたネクタイの先をやんわりと掴み、ネクタイピンをこの辺ならスーツの上着に隠れないだろうか、といい位置に丁寧に挟む。シンプルなデザインが彼にぴったりで、今日のスーツとネクタイの色にも邪魔にならない。自分の選んだものに間違いはなかったと安堵した。
「良かった。思った通り似合ってて…あ!」
「隠す必要ないでしょ、今更。サプライズ失敗したのはお互い様なんだから」
「え?」
「ふふっ…やっぱり、なんでもない」
しまったと思ったのも束の間、彼は私のその表情が面白かったのか軽く吹き出しそうになり、そんな彼のいつもと変わらない態度がなんだか嬉しくて、私の口からも笑みが溢れた。
「さてと、それで今晩どうする?」
荷物を手に彼は玄関へとスタスタ歩き始める。電気を消してコートとマフラーを身につけながら私も後に続いた。
「春くんの好きなお店でいいよ」
「うーん、じゃあ後で部屋にこのホテルのクリスマス限定ディナーを注文ってことで」
「え、部屋でいいの?」
「せっかく飾り付けもしたしね。クリスマスツリー見ながら二人で過ごせれば俺は充分だから」
靴を履いて振り返った彼は、いつもよりどこか楽しそうで、私もつられて笑顔になる。そうかきっと、二人のクリスマスを楽しみにしていたのは私だけではなかったのだと、彼の言葉で今更ながら気付かされた。
「うん。春くん、私も一緒!」
いつもより、キラキラした飾りのついた少しヒールの高い靴を履く。そうやって少しだけ自分を飾り付けして目を合わせれば、気持ちも口角も上がる。
「忘れ物ない?」
「大丈夫」
「じゃ、行こ」
そうして差し出された手に自分の手を添える私は、彼と二人、玄関のドアを開くのだった。




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