スタマイ*短編 | ナノ

由井孝太郎『幸せの形』

恋人。
付き合って3回目の誕生日。

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誕生日なんて、人間が勝手に考えた時間の区切りの一つに過ぎない。しかし、普通、一般的な人間はそれをとても大切に毎度祝いたがる。だから、
『何か欲しいものとか行きたいところとかある?』
今年は、彼女にそう聞かれてしまった。でも俺はそもそも誕生日を祝う理由が理解できない。誕生日もクリスマスも年間行事なんてのは、人間が勝手に考えた俺には全く関係のないものでしかないのだ。
それでも俺の愛する人は、俺を喜ばせようと今年も可愛らしい顔で聞いてくる。罪深い。
そうして彼女に問われて一週間、一先ず当日の有給休暇を取得しつつも悩み続ける日常を送り、あっという間に当日は来てしまうのだ。

「孝太郎さん、あの…プレゼントのことなんだけど」
「いや、考えてなかったわけじゃない」
とうとう、前日の夜に泊まりに来た彼女に寝室のベッドに座って問い詰められる。少しだけ睨むような彼女の顔が可愛くてつい口元が緩んだ。それはさておき、彼女は明日のことより、この一週間連絡すら寄越さなかったことについて怒っている気がする。
「考えをしっかり纏めてから君に伝えようかと思って」
「ごめんね」
「…どうして君が謝るんだ?」
彼女は急な謝罪の言葉を述べてそっぽを向く。これは、また彼女のネガティブスイッチを入れてしまったかもしれないと対処法を考えながら問いかけた。
「孝太郎さんが誕生日なのに、当日のプラン押し付けちゃうみたいになって」
「別に、押し付けられてはいない。ナマエは欲しいものを聞いてくれただけだろう?」
「でも、それは私が決められないから」
彼女の悪い癖を俺は知っている。こうやってすぐに自分を責めるところだ。それはこの3年間、仕事の合間を縫って数少ない時間を共に過ごし彼女を見続けたから分かることで、それだけ俺たちは互いのことをよく理解している。それでも、相手の欲しいものやしたいことが分からないのはどうしてだろうか。誕生日なんてものがくる度に、彼女も俺も頭を悩ませている。
「ナマエ」
落ち込んだようなトーンで話している彼女を慰めるように、俺は横から腕を回して抱きしめる。
「ご、ごめんね。でも明日、お店だけは予約してあるの。孝太郎さん、もしかしたら行ったことあるかもだけど、ワインの種類が豊富なお店で」
そうして俺に迷惑をかけまいと慌てて明るい声で喋り出す彼女が愛おしくて、彼女の首元に顔を埋めた。
「孝太郎さん?」
「ずっと、言おうと思っていたんだ」
欲しいものなら、考えれば沢山あった。例えば新モデルのパソコン機材や新しい実験器具。それからマウスの新居とワインの貯蔵庫。それなりの纏まった金が必要で、特別なときでないと買えないものなら思いつくものがあった。きっと手に入れば、研究や趣味が捗って、俺は幸福を得るだろう。けれど俺は、こういった欲しい物を貰うよりも幸せになれることを知っている。だからだろうか、誕生日をどうしたいかなんて、もう分かりきり過ぎて、気が付かなかったのかもしれない。
(俺が欲しいのは…)
俺は顔を上げて彼女をこちらに向かせ、視線を合わせた。
「ナマエ。一緒に、暮らさないか」
「………え?」
驚いた彼女の瞳が一瞬揺れる。その愛らしくつぶらな瞳にキスをしたくなるのを抑えて、言葉を紡いだ。
「俺が欲しいのは…ナマエ、君だよ」
俺の言葉に彼女は身の危険を感じたのか、少し肩を上げて身を縮こませる。確かに、この後はもちろん彼女を抱きたいと思っているが、今のはそういう意味ではなかった。
「そういう意味では…なくもないけど、俺にとって君と一緒にいることが、一番幸せなことなんだ。どこにいたって何をしたって、君が一緒にいるだけで俺は嬉しくて幸せだ」
「そんなの、私も一緒だよ」
「そう、だからそれが毎日続けばいいと思っていたんだ」
「毎日……?ちょっと待って、それってどういう意味……!?」
胸の前でぎゅっと手を握る彼女の頬が段々と染まっていく。俺を見つめる目は、何かを期待しているかのようにやや開いていて、少しだけ不安そうな表情をしていた。
「どういう意味も何も、そのままだよ。一緒に住めば毎日君に会える。君が泊まりに来る度に同棲するべきだと思っていた」
交際をし始めてからずっと、半同棲のような状態を続けていた。それは彼女が実家住まいで両親の承諾が必要になりそうだったことと、彼女本人の生活環境を考慮してそうなっていただけで、今まで何も気にせずに週に2度くらい泊まりに来る姿勢でやってきている。けれど、随分前からではあるが、ここ数ヶ月は特に彼女が帰った後は物足りなくてたまらないと感じるようになっていた。そんな本心を今、初めて彼女に告げる。
「そ、そっか」
「…どういう意味だと思ったんだ?」
「あの…その、…プロポーズかと思ったの」
彼女の言葉に驚いて、思わず彼女を凝視する。さっきよりも頬を染める彼女は、もしかしたら俺との未来を想像したのかもしれない。よくよく考えると確かに、俺の言い方はプロポーズみたいに聞こえただろう。 そう思うと少しだけ恥ずかしくなる自分がいることに気がついた。
(プロポーズ…確かに一理ある)
長く一緒に住んでいれば、事実婚にも成りうるわけで、あまり考えていなかったが、俺の言ったことは結婚することに等しい。
「そうか…まあ、結婚でもなんでもいい。俺は君と過ごす時間が増えればそれでいい」
俺の回答に彼女は表情を少し歪め、やんわりと体を離そうと動く。
「どうかした?」
「ううん、孝太郎さんの言う通りだなぁって思っただけ」
考え方に相違が生まれたのか心配になり、俺は解かれ始めていた腕でもう一度彼女を抱き寄せる。人間誰しも元々多少の価値観の違いはあるが、彼女と未確定な事柄で決別されるのはまずい。
「いや、今のは君と一緒にいられるなら手段は選ばないという意味で、結婚を軽く見ているわけではないよ」
「あ、違うの。そうじゃなくて、実は私も同じこと考えてて…この前、ママと話をしたの」
くっついていると話しにくいのか、やはりやんわりと彼女は身動ぎ、話をしようと俺と向かい合うように座り直した。俺はくっついていても話しにくいことはない。少しだけお預けをくらった気分になる。
「頻繁に泊まりに行ってるし、仕事も落ち着いてきてるから『さっさと結婚しちゃいなさいよ』って言われて、でも結婚って私の独断でできるものじゃないでしょ?」
「まあ、双方の同意の元に成立する契約だからな」
「うん、それに私は今、孝太郎さんと一緒にいられる時間があるだけで幸せだから。幸せの形って人それぞれ違うと思うの」
珍しいとこもあるもので、彼女はちゃんと自分の意見を言うことはあれど、自己否定感が強いあまり己を蔑むことの方が多い。けれど、今日の彼女は少し違って良い方向に、前向きな発言に聞こえる。
(幸せの形…)
ナマエも俺との幸せを願ってくれているということなのだろうか。
「なるほど、結婚することがその人にとっての幸せとは限らないということか」
「そう。だから、私たちは私たちの幸せの形を一緒に作っていけたらいいなって…ごめんなさい、勝手に思ってて…わっ」
嬉しさのあまり、俺は彼女に抱きついてそのまま二人でベッドにダイブする。喜びを抑えることが出来ずにすぐに同意の意を示した。
「いや、俺も同意見だ。さっきも言ったけど、俺の幸せは君と一緒にいることだから」
なんて愛おしいのだろうか。きっと、彼女は気づいてないのだろう。”一緒に”と言ってくれるだけで、俺が充分幸せを感じていることに。俺といることが当たり前のように紡がれるその言葉が嬉しくて、俺はより抱きしめる力に熱が入り、彼女のふわふわの髪をいつものように撫でた。
「そ、そっか。って、ごめんね。プレゼントの話から逸れちゃった」
「いや、逸れてない」
「え?」
「明日から、一緒に暮らす。それが俺へのプレゼント」
「あ…うん、それでもいいの?」
「もちろん」
俺の言葉に、彼女は恥ずかしそうに微笑みながら俺を見つめる。その少し熱っぽい視線に誘われて、俺はそっと彼女の唇に口付けた。
「よし、そうと決まれば明日は引越しだ!ナマエの家まで荷物を取りに行って、合鍵を作りに行こう。それからディナーは予約してくれた店で」
頬を紅潮させて頷く彼女が可愛くて、もう一度口付ける。でもそれじゃあ足りない。今の喜びを伝えるにはこんなちょっとのキスじゃ足りるわけがなかった。それを察してか、唇を離した彼女はほんの少しだけ眉を八の字に下げる。それに追い討ちをかけるように、俺は小さく鼻息を吐いて笑った。
「ちなみにこの後は一晩中俺の好きにしても?」
「一晩中!?…まあ、誕生日ってことで善処はするけど」
一瞬困った顔をするけれど、嫌そうではない。安堵のため息をゆっくり吐いてから、もう一度彼女に口付けようとした。
「あ」
「ん?どうかした?」
「日付変わった」
部屋の時計をチラりと見て確認すると、俺はまた一つ歳をとっていた。彼女に視線を戻すと、満面の笑みで口を開く。
「孝太郎さん、お誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいさせてね」
「当然だ!これからもずっと一緒に決まっている!」
誕生日なんて、ただ過ぎていくだけの歳月に過ぎなかった。けれど、それに終止符を打つことになるなんて、誰が思いつくだろうか。何でもなかった誕生日が明日、いやもう今日か、俺たちが一緒に作る『幸せの形』に変わる。
「ん…もう一回」
時計の長針に合わせ、キスを催促する。最高に幸せな誕生日になりそうだと期待と喜びを胸に、俺たちはそのまま一緒にベッドの上で抱きしめ合うのだった。



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