スタマイ*短編 | ナノ

『二つの赤い糸に誘われて』

夢主視点
とあるガールズバーのバーテンダー

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占いとは、実に不確かで根拠の無い残酷な世迷い言だ。そして、その残酷なお告げが時に真実と成りうる。
「例えば、運命の赤い糸が見える人とか」
「赤い糸…?」
バーカウンター内で一緒に開店準備をしながら、彼女は妖しい微笑みを浮かべて私に話をする。
「当たるんだって、その人。ね、今度行こうよ」
差程、興味はなかったけれど、ちょっとした暇つぶしと思って軽い気持ちでOKの返事をした。
(当たるなら、まあいっか)
そうして、人は時としてそれを信じ、のめり込んでしまう。今思えば、私もその一人だったのかもしれない。


「ほーん、ここがお気に入りの女の子がいるガールズバーねぇ」
「あれ、初めてですか?」
「…まあね」
こういうのを厄日と言うのだろうか。
私を見つけて手を振る常連のポニーテールの男と、その後ろから気だるそうにこちらを見るお団子頭の男。まるで”運命の赤い糸”のような真っ赤な髪を揺らして、彼ら二人は入店してきた。
「いらっしゃいませ」
普段と何ら変わらない二人に、私も普通のお客さん相手と変わらない態度でニコリと笑って見せる。私にとっては特別な二人だけれど、今夜はちょっと訳が違うから、一先ず様子を見るためにも大人しく店員らしい行動をとらざるを得ない。
(何も、なければいいんだけどなぁ)
私は彼らにバレないように心の中で溜め息をつく。そして、占い師の先生に言われたことを思い出した。

『二人の赤い髪の男性があなたを幸福で満たすでしょう。けれど、選ぶのはあなた。あなた次第でまた運命は変化します』

彼らに出会う前に、友人の付き合いで訪れた占いの館だった。丁度、転職を考えていたし彼氏もいなかったからと占ってもらったのだけれど、その内容は本当に当たり、現に今、私は赤い髪の二人の男と良い関係を結んでいた。
「どうですか、捜査の方は」
「赤髪くんからの情報提供のおかげで、片付きそうですよ」
「それは良かったです。まあ、俺っていうか彼女が色々と教えてくれたので、お礼は彼女に言ってください」
「この娘がお気に入りの?」
カウンターに座るやいなや、彼らは私を指名して話し始める。 同じバーを利用しているのだから、二人とも近くのエリアを拠点にしている人間だとは思っていたけれど、まさか 二人が知り合いだったなんて、予想外な状況に心臓が跳ね上がりそうになり、思わず胸を抑えた。
「どうも。情報提供ご苦労さま」
「いえ。あの、刑事さん…だったんですね」
「んー?そうですよ」
挨拶をしてきた彼は、何故か初対面のフリをしてくる。相変わらずのポーカーフェイスではあるけれど、なんだか私がその様子に戸惑っていることを嘲笑っているかのような圧を感じた。
「結局、お店は辞めちゃうの?」
「えっと、はい。今月中には」
「そっか。残念だけど、仕方ないよね。オーナーが事件の関係者なら」
「そうですね。お店も正式に逮捕が決まったら、閉めると思います」
「お店はともかく、君に会えなくなるのは、本当に残念だなぁ」
彼もどうしてか、私とはまだ親密でない関係のフリをしている。普段他の女性に対してしていることと変わりない態度ではあるけれど、必死に合わせようとする私の反応を見て面白がっているような笑いを浮かべていた。
「お二人共、何を飲みますか?」
私は一先ず、不自然でない様に笑顔で二人に尋ねた。二人が互いに私との関係に気がついているのかはわからない。けれど、幸いにも私との関係を相手に悟られないような話し方をしてくれている…気がした。
(まあ私としては、今はそうしてくれるとありがたいけど)
二人からそれぞれいつも飲んでいるカクテルの注文を受けて、私はいつものように作る。正直、会話をしているうちに私との関係がバレてしまうのではないかと、ヒヤヒヤしていた。それでもなるべく悟られないように静かにシェイカーを振り、聞き耳を立てる。しかし、二人はお酒を頼んだ後も特にプライベートの深い話はしておらず、ずっと事件のことを話していた。
「お待たせしました」
注文されたカクテルをそれぞれの前に置くと、二人は軽く乾杯をして飲み始める。 一口飲むとすぐに刑事の彼はポケットから煙草とライターを出して、1本口に咥えた。
「吸っていい?」
「どうぞ。あ」
「なに?」
「…いや、服部さんもラキスト愛用してるんですね」
「ん?ああ。赤髪くん、吸うの?」
「まさか、俺は吸わないですよ。女の子が匂い嫌がるんで」
「ま、そうでしょうねぇ。その女の子が好きそうな匂いつけてるみたいだし」
「ああ、この香水けっこう評判いいんですよ。服部さんもどうですか?」
「は。好みかどうかはともかく、野郎とお揃いはちょっとねぇ」
「あはは、確かに。それは俺も嫌ですね」
彼らは笑いながら会話をしている。けれど、一見普通の会話に聞こえるけれど、互いに拒絶の言葉をはっきり示していて、なんだか気味が悪い感じがした。
「あの、今回の事件が報道されるのは、いつになりますか?」
なんとなくピリついた空気を感じて、私は話題を戻そうと質問する。 やっぱり、彼は何事もなかったかのようにカクテルを飲んで答えてくれた。
「うーん、まあ今夜か明日の朝かってところかねぇ」
「あ、じゃあやっぱり、今日が最後になるかもしれません」
警察からの発表が報道されれば、この店はすぐに閉めなければならない。私はただのアルバイトだから差程影響はないし、困ることもないけれど、仲良くしてくれている常連客に申し訳ない気持ちではあった。
「それじゃあ、送別会ってことで、システムとは別で一杯プレゼントさせてよ」
「え…?」
「ああ、ここは客が奢ってあげるシステム?」
「ええ、せっかくなんで服部さんもいかがです?彼女に一杯」
「なるほどねぇ。それじゃあ俺は、事件解決への協力のお礼ってことで」
「え!?そんな、申し訳ないです」
突然の提案に驚いて、私は遠慮の言葉を吐きながら彼らを凝視する。 こんな状況にも関わらず、彼らはただの善意で奢ってくれるという事実に、戸惑うことしかできないでいた。
「というわけで、俺と服部さん、二人とも君のためにカクテルを選ぶから、どっちか好きな相手のカクテルを選んでよ」
「え……?どちらか、ですか?」
(好きな…相手?)
ニコリと面白がって笑顔を向ける彼から、さらに難題が出される。いったいどういう意味なのか、たった今まで善意だと思っていたものが、一気に覆された感じがした。
「そう、どっちか。俺と服部さんのどっちが好みなのか。いいですよね?服部さん」
「ほーん。まあ面白いし、いいんじゃない?」
刑事の彼も特に止めることなく、常連の彼の話に乗っかって私を見つめる。口元は少しだけニヤリと笑っているように私には見えて、背筋が一瞬ゾクリとした。
「あ、ありがとうございます」
仕方なく私は彼らからの労いカクテルの注文を受ける。 一つは、刑事の彼が選んだ、透明の強いお酒にミントを沈めたカクテル。もう一つは、常連の彼が選んだ、刺激のあるお酒に甘いストロベリーを添えたカクテル。 そうして、私用に注文されたカクテルを自分で作っていく。シェイカーを振りながら、段々と緊張している自分に気がついた。どちらかを選ばなければいけないとわかってはいたけれど、まさかそれが今日になるとは思わなかった。
(どうして、こんなことに)
それぞれのカクテルをグラスに注いだその瞬間、注ぎ口から香るカクテルの匂いが体の奥底を刺激する。

(あ…これ、私の好きな…あなたの匂い)

二つのカクテルを目の前に、私は恍惚感に見舞われていた。 肌を重ねたときの温度と息遣いとそれから匂い、彼との思い出がカクテルの匂いを通して頭の中を巡って、心臓が強く鳴り響く。
「お待たせしました」
出来上がった二つのカクテルをカウンターに置いて二人に見せる。
「両方とも、とってもいい匂いですね。私、けっこう好きです」
「へぇ」
「大丈夫?顔、真っ赤だけど、もしかして緊張してる?」
彼に言われて体が熱くなっていることに気付き、慌てて後ろを向いて手鏡で確認すると、彼の言った通り私の頬は赤く染まっている。意識したせいか余計に顔がじんわりと熱くなり、酔っているみたいに視界が少しぼやけて、私は思わず両手で頬を覆った。
「そ、そうみたいですね。なんか、ドキドキしちゃって」
振り返って正直に答えると、頬を覆った自分の手から赤い糸が伸びているのが見えた。よく見るとそれは私の小指に結ばれて彼らの方へ伸びていて、先が見えない。顔から手を離して見てもそれは変わらず、先が消えて見えなかった。きっとこれは、私の心を表した幻覚のようなものだろう。
「そういえば、前に”好きな人と一緒がいい”って言ってたよね」
「ほーん。じゃあもうどっちを選ぶのか決まってるわけだ」
彼らの言葉に少しずつ冷静になっていく自分がいた。
(好きな人って、どうやって選べばいいんだろうな)
ふと見えてきた真実に疑問が浮かんだ。けれど、ただあの夜は本当に気持ち良くて、幸福で満たされていたことを思い出す。あの夜のように、吐息の混じった熱っぽい声で私の名前を呼ぶ彼は、今また私を呼んでいる気がする。
(ううん、選ぶも何も私がほしいのは…)
二つの赤い糸に誘われた私は、運命の導きに従うしかなく、もう一度視線で糸を辿る。すると、やがて糸は絡み合って一つになり、彼の小指へと繋がれていた。
「私が好きなのは………」
占い師だろうが誰だろうが、誰にも私の未来なんてわからない。そんなことは、わかっていた。それでも私は運命という名の本物に誘われて、その魅惑的な匂いのするカクテルを一つ手に取るのだった。



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