俺を見た途端その顔は躊躇することなく歪んだ。
それはもう、ぐにゃりと。
まるでうっかり落としちまった焼きたてのホールケーキみたいな勢いで。
そんなことマジでやったら悲しみに2時間は打ちひしがれる自信はあるけど、彼女に顔をしかめられるのはもう慣れたもんなので、そんなもん一切スルーで彼女の向かいの席にどっかり腰かける。
なんだか落ち着いた、感じの良いカフェ。絶対アイツじゃなくて、彼女の趣味だ。
何も見ずにウェイターに「とりあえずおんなじの」と頼んだ頃、彼女は眉間に皺を寄せたままようやく重い口を開いた。

「…何でいるんですか」
「いちゃ悪いのかよぃ」

そう答えると一層眉間の皺が深くなった。
ちょっとしたリップサービスだっていうのに。
そういうとこが嫌われるんじゃよ、仁王の小馬鹿にしたような顔を思い出した。

「ばっかただの冗談だろ。たまたま見かけたってだけだって」

それでも訝しげな視線を受ける中、運ばれて来たのはブラックコーヒー。
まじかよ、まさかのブラック。
運ばれてきた真っ黒な液体に今度は俺が顔をしかめる。
可愛気のないやつ、せめてカフェオレだろ、頑張ってもカフェオレだろ。
試しに一口すするも、口の中に広がる慣れない苦味に耐えきれずに砂糖とミルクを大量にぶちこむ。
そんな俺を見ながらあいつは心底冷めた目で見ていた。ぼそっと呟いた言葉も相変わらず尖っている。

「…ブラックにしなけりゃいいのに」

うっせえよ、ばか。


黙々と目の前のコーヒーを飲む彼女はどうやら俺のことは見飽きたようで携帯を眺めていた。
それはもう、食い入るように。
無論、面白くない。
携帯の向こうに何が見えてるかなんて天才的な俺には全部お見通しなんだよ。
元コーヒーを口に含みながらそんなことを思ったり。

「…赤也の電話待ってんの?」
「丸井には関係ない」

明らかな拒絶に流石にカチンときた。
しらっとした顔で彼女はずっと携帯を見つめ続けてる。
ほんっと可愛くねぇ。

「どうせアイツは来ねぇよ」

ズズッとすすった液体はあれだけ砂糖を入れたっていうのにまだ苦い。
不味い。ああ、不味い。
口内を支配する苦味が不快で仕方がない。

「お前なんてアイツにとってはそんなもんなんだよ」

だから、と続けようとして気付いた。
目の前の彼女の目は遥か上にあって、しかもそれはひどく冷たいということに。


「…最低」


吐き捨てられた言葉だけがその場に残った。
飛び出した彼女を追う勇気も権利も、何もかも持ってない俺はただ呆然と座ってるしかねぇ。
穏やかなBGMは今となっては耳障りでしかない。

「……甘いもんでも食うか」

メニューを広げ、堂々とスイーツのページに君臨してた苺パフェを注文する。
ウェイターがにこやかに立ち去ってから、大きなため息が漏れて、それを抑えるようにカップに口付けた。

「ああ、くそ。にっげぇ」

呟いた声は予想外に大きくて、自分でも嫌になった。






お砂糖だけじゃ甘くならないので
(コーヒーだって君だって)



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