全てが愛しく全てがもどかしい


熱気を帯びているスタジアム、興奮の覚めやらぬサポーター達。そんな中プレイすることを許された22人が広いピッチを駆け回る。激しい体のぶつかり合いや芸術のようなドリブル。映像の中、さらにいえは何年も昔のものだけれど呼吸を忘れてしまいそうになるほどの迫力に、名前はすっかり呑み込まれていた。

四年に一度の祭典、W杯。
世界中が注目するそのピッチの中、今よりも幾分も若い愛しい人が見慣れない代表のユニフォームを着てゴールマウスを守っている、その事実が名前の胸を更に熱くさせた。
相手は明らかに日本よりも格上ではあるが前半に見事なゴールから1―0、僅かながらのリードを守りきっている。残り時間はあとロスタイム、このままであれば逃げ切れる。そんなときに献上してしまったPK。スタンドのざわめきと共にアップになる彼の顔はやけに落ち着いていた。
――もう、後は日本の守護神緑川宏に任せるしかない!
実況の祈りの込められた叫び声が耳をつく。そして蹴り上げられたボールは弧を描いて彼の手に吸い込まれていった。
沸き上がるスタンド、試合終了のホイッスルと共に選手達の歓喜に満ちた姿。
――やりました!日本代表、初の決勝トーナメント進出です!
先程とはうってかわって嬉しそうに笑いながら喜びを分かち合うその姿に目頭が熱くなるのを感じた。


「そんなに俺はかっこよかったか?」


突如聞こえた声に振り返ればそこには画面の中でファインセーブを決めた緑川の姿があった。完全にビデオに集中していた名前は思わず呆気にとられてしまった。その間にもこちらに近付き隣へと座る緑川に名前はとりあえずテレビを消すことにした。
「なんだ、若い頃の俺はもういいのか?」
「え、あ、えっと、その」
「にしてもこんなのどこから手に入れたんだ?」
そう言いながら緑川は空のビデオケースを手で弄っていた。バツが悪くなった名前は黙り込んでしまう。すると怒ってないさ、と微笑まれ答えを促される。そのことに安堵しつつ名前は素直に打ち明けることにした。
「有里ちゃんが資料を掃除してたらこれが出てきたらしくて…、そしたら宏さんがかっこいいからって言ってたので借りちゃって…」
言いながら見上げると優しく微笑む緑川が目に入ると途端に照れが出てきてしまいそのまま男らしい胸へと体を預けた。そんな名前を見て緑川は頭を撫でる。大きなその手に、胸の内に留めていた本音が思わず飛び出しまう。
「何だか、寂しかったんです。…当たり前だけど、宏さんは私よりずっと年上で、知らない宏さんがいっぱいいるのが、すごく嫌で。そしたら昔から宏さんはかっこよくて、ずるいなって思って」
涙が目から溢れてきて、もう自分が何を言いたいのかも分からなくなってきてしまった。ようは、自分は知らない彼がいることに対して勝手に焼きもちを妬いていただけなのだ。そのことに更に恥ずかしさが沸き上がりもう穴があったら入りたい、そんな気持ちになってくる。
するとさっきまで頭の上にあった大きな手がいつの間にか背中に回っていて抱き締められる。彼のゆるやかで力強い鼓動が染み渡ってくる。

「大丈夫だ、俺はお前が好きだよ」
囁かれたその声はどこまでも甘くてその逞しい背中にしがみつくように手を回すとさらに強く抱き締め返してくれた。
そんな優しさに、また涙が溢れた。




全てが愛しく全てがもどかしい




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『Verde 01』さまへ
素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました!

季祐


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テーマ「人外ファンタジー」
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