大東亜共和国から改め、日本という国になった。
今は毎日が平和だ。
アメリカだって行ったり来たり出来る時代だ。
ロックだって聴いていい。
今までの制度は、ただのゴミだった。
***
あ、桐山くんだ。
天気のいい日の屋上でその人を見つけた。
この時間は授業が行われている真っ最中なわけで、私以外いないと思っていたのだがその予想は外れた。
私は何もしゃべっていないが、人の気配を感じ取ったのだろう桐山くんが振り返ってこっちを見た。
それも一瞬の事で、彼はすぐに元の姿勢になった。
「桐山くん、こんなところで何してるの」
少し気になったので聞いてみたところ、彼はこっちを見ずに答えた。
「街を見ていた」
「ふーん、なんで?」
「見たいと思ったから」
へえ。
適当に相づちを打って、私はなんとなく桐山くんの横に座った。
一メートルくらい間をとって。
だってそんなに親しくないし。
「桐山くんさあ、私の事知ってる?」
桐山くんの横顔をじっと見つめながら(すごい。綺麗な顔)そう問うと、今度は私の顔を見た。
真正面からみたこの人は、とても整った顔立ちで、まるで人とは思えないくらい綺麗だった。
そういえば桐山くんをまじまじ見たのって初めて、かもしれない。
「名字名前。×年×月×日生まれ。身長×センチ体重×キロ。趣味は昼寝」
「……体重まで言わなくて良かったよ、恥ずかしい」
「そうか」
「うん」
それから桐山くんはじっと私の顔を見てから、また街を見ていた。
街を見て何が楽しいのか私には理解できない。
桐山くんの顔を観察するように見ていたら、彼もこちらを向いて見つめ合うような状況になってしまった。
人形みたいな、綺麗な顔。
ときどき思い出したように瞬きをする動きで、桐山くんも人なんだとはっとする。
「俺に何か用か」
「何もないよ。ただ、綺麗な顔だなと思って感動した」
「感動?」
「うん。無駄にときめいた」
そうだ、私はときめいたんだ。
陶器みたいな肌をじっと見つめるだけではもの足りなくなってきた。
視覚だけでは補えない欲求が行動に出ていた。
私は、ゆっくりと手を伸ばして桐山くんの頬を触った。
彼はそれを拒まなかった。
受け入れるのが当然だと思ったのだろうか、それともただ単に何とも思ってないだけか。
私にはわからないけれど。
私よりすべすべ。なにしたらこんなに美白になるんだろう、とぼんやり考えながら桐山くんの頬を撫でていたら、自分の頬にひんやりした何かが触れて、飛び退いた。
「うわ!?」
見ると桐山くんは右手を伸ばした状態で、目だけは私を追っていた。
ひんやりした「何か」は桐山くんの手だったのだ。
冷たい手だった。
そういえば桐山くん防寒具無い。(私なんてマフラーに耳当てにセーターを着用しているのに)
「びっ、くりした……」
「俺も触りたかっただけだ。草木の肌はどんなものかと思って」
無表情で、サラリと。
そんなことを言ってのける桐山くんに目を丸くした。
天然なのか、何も考えて無いのか。
桐山くんは良くわからない。
何も知らない訳では無いのに(だって何をやらせてもソツ無くこなす。
勉強も運動も芸術も)突拍子も無いことをやらかす。
「綺麗だな」
「何が」
「髪」
「髪だけ?」
「目も口も鼻も手も首も足も、その服に隠れてるだろう胸も腰も」
桐山くんってただの変態なんじゃないかな。
聞いていてちょっと気持ち悪いって思った。
桐山くんの手が私の顔に触れた。
やっぱり冷たい。
「……名字」
呼びかけに答えようとしたらちょうどチャイムが鳴ったので私は開きかけていた口を閉じた。
「次の授業には出るから戻るね。桐山くん寒そうだしマフラー貸したげる」
そうやって
「ちゃんと返してね。じゃあ」
そうやって、また次の話すきっかけを作った。
私もしかしたら、けっこう桐山くんのこと好きかもしれない。