目が覚めたらうっすらぼんやり記憶にある天井が見えた。
一回目は携帯を探した。
二回目は赤毛の顔を見た。

三回目は直ぐに目を閉じた。

刃渡り30センチのナイフはどこにいっただろうか、ごついごつい。そういうのが趣味な人が喜びそうな、小動物を軽く狩れそうなナイフ。
刃が無くてもあれは十分重かった。
気絶して持っていられる物では無い。

でも、持っていたかった。
お守りにしたかった。
こっちの世界にあたしの所有物は1つも無くて、少しだけ心細かったから。
あのナイフだけは離したくなかったと、思ったのに。
自分の手には何も握られていない。
どうしてあたしはまた此処で寝ているのだろう。
涙がちょちょぎれそうだ。
もうやだ。
また逃げ出してやる。

起き上がってそういえば此処出るときお金置いて行ったんだとベッドを見たがもちろん置いてなかった。


「だよね」


しかし目に入った机にお金が置かれていて、ああ移動させたんだ、と思ったのと同時にナイフを見付けた。
駆け寄って、というほど距離は無いのだが、ナイフに手を伸ばして抱き締めた。
鞘と言っていいのか知らないけど、刃に被せるカバーみたいなのが無いので刀身は見えたままだ。
一応切れないとは言っても先は尖っているので気を付けて抱き締めた。
このお飾りナイフだけがあたしのこの世界での大切な物なのだ。
アクセサリー的な扱いでも全然良いのだが如何せんサイズが大きい。
あとごついので邪魔だ。
いくら切れないお飾りナイフでも刺されば割りと痛い。
画ビョウも刃じゃないけど刺されば痛いのと同じだ。

ナイフをベッドにあったシーツでぐるぐるくるんで部屋を出た。
お金はどうしても受け取れなくて、やっぱり置いていく。

出口はもう知っている。


「また逃げんのかよ」


呆れたような、確実に馬鹿にしている声が後ろから聞こえた。ロン毛だ。


「悪い?」
「…非常にめんどくさいが、お前に与えた小屋に、イノセンスがあったのは知ってるだろ」


小屋。
今このロン毛は小屋と口にした。
やっぱりあれば家と言うより小屋だったんだと思った。
イノセンスがどんなものかは詳しくは忘れてしまっていたので素直に知らないと口に出せばロン毛は更に眉根を寄せた。
いつも眉間にしわを寄せていて疲れないのだろうか。
あたしはこの時初めてロン毛の顔をまじまじと見た気がする。
懐かしいと言うか見覚えがありすぎると言うか、未だに名前が思い出せない。


「二つあった。ひとつは俺が持っていった本。そしてもうひとつはそれだ」
「…ブラックジョークはほどほどにして」
「残念だったな。自殺はさせられない。適合者はエクソシストになる」


あの時はベタでは無かったから安心していたのに、まさかの二つ目。
あたしがお守りにしようと思った物がまさかのイノセンス。
はは、このお飾りナイフがそんなものなんて、関わりたくないと思ってるのに。

神様は手の平の上で見事あたしを操ったのか。くそマジ死ねゴッド。


「それと、お前お金置いてって1ヶ月どうやって過ごした」
「…いっ?」


かげつ……?
そんなに過ごした覚えは無い。
ソファの上で起きた時にアレンなんちゃらが入って来たのだ。
せいぜい1日ぐらいしか経ってないと自分では思っていたのに。
小屋には時計もカレンダーも無く、日付感覚は確かに無かった。
だがしかし、1ヶ月眠っていたならあのバッキボッキな体も納得できる。

納得できる?

点滴も水も何もない状態で1ヶ月自分が眠っていた?そんな馬鹿な話があるか。
まさかこれも、あたしが今抱えてるお飾りナイフのせいだと言うのか。

そうだと言うなら今すぐこのナイフを投げ捨てたい。
小屋に居たときのようにそこら辺に。
でも捨てられない。
捨ててもまた戻ってきそうな予感がするのだ。

関わりたくないという事を諦めるのを諦められない。


「……詳しくはコムイに任すからついてこい」


泣きたい。
泣いて楽になるものならいくらでも泣きたい。
でも楽にはなれない。
それなら無駄な体力は使いたく無いから泣かない。
もう好きにしたら良い。

泣き喚く歳でもないし、恐らく元の世界に帰れないのは何となく解っている。
だからと言って前向きに生きるのも癪だ。
それならこの世界を目一杯否定して、ごちゃごちゃにかき混ぜてやろう。
時には恨まれ嘲笑い、信用し裏切られ傍観しよう。


「拒否権は無いの?」
「何のだ」
「その、エクソシストになるという」
「無い」


あったとしても強制だ。
拉致監禁に近い形で此処に縛り付けられる。
ロン毛はさらりと言ってのけた。


「えっと、イノセンスって誰のものでも無いはずなのに?人権損害してまで敵を倒さなきゃ駄目なの?」
「俺に言われてもな。そういうのは上に言え」


あたしは命はこれっぽっちも惜しくは無いが、この黒の教団のために命を使うのは嫌だ。
適合したからじゃあこちら側だと言われてどうしてはいそうですかと従わなければならない。
イノセンスは世界中にあるらしいし、別に彼らの所有物ではないのだ。

なら何故。

敵と戦わなければならない。
世界が滅びると言うのなら滅んでしまえばいいのに。
どうせ一般人は抵抗する術どころか今がそういう状況だと言うことも知らないのだ。
あっと言う間に死んだら何も感じない。
文句も言えないのだ。
別に守れなかったからって何も言われない。放っておけば良いのに。
ああそうだ思い出した。
これだから嫌いになったんだ。

偽善者。道化師。操り人形。

垣間見える優しさはただ単純に人としての理性。
ここはそういう所だ。
エクソシストになった瞬間に人からそれになってしまう。


「やだなぁ」


多分今の呟きを、ロン毛の彼は聞こえないフリをしたと思う。






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