「麦茶にしてみました」
コト、と静かにテーブルに置いた。
今度は何の突っ込みも無いまま、グラスが汗を流していくだけだった。
今更だけどここは私の部屋だ。
メフィストさんの部屋の近くに、私の部屋はある。
雪男は朝から私の部屋に押し掛けてきた。そして今に至る。
「ねえ雪男。ふと思ったんだけど上下関係あったら友人とは言えないよね」
「唐突だね。まあ確かに、対等でないなら友人では無いんじゃないかな」
「だよね。あ、邪魔してごめんねどうぞ整理して」
私はさきほどより多少温くなった麦茶を飲んだ。
カランカンと氷の音が響いた。
なんとなく雪男の分の麦茶を見ていた。
あ、しずくが落ちた。
「もういいよ」
その声と同時に麦茶が浮いた。
と思ったら雪男が持ち上げただけだった。
「なまえさんが吸血鬼だって事は理解した」
「あ、どうも…」
どう返して良いかわからなくて、適当に口にしてしまった。
どうもって何だ、どうもって。
「なまえさん見てると吸血鬼って感じはしないけど……、血は吸わないんでしょう?」
「うん。生き物って進化するものでしょ。だからね、吸血鬼も随分と現代になじんだ体質になってきたの。血を飲まなくても、通常の人の10倍早さで血を作る細胞が進化したりしてる」
「そうなんだ…」
「だから吸血鬼って言うよりは造血者?でも便宜上はバンパイア」
現代のバンパイアなんて所詮こんなものだ。よくあるイメージとはかけ離れていて、普通の人とさして変わらないように私は思う。
だけど一般人からしたら普通では無い。
それが正直辛かったりする。
「血を入れたりして、その人もバンパイアになるって言うのは?」
「成人したバンパイアの血で人間の血を半分に薄めれば体質を受け継ぐけど、3歳までの子だけっていう決まりがある。あとは生まれつきかな」
「なまえさんはどっち?」
「生まれつき。母がバンパイアで父が人間だった、って理事長に聞いた」
そこまで言うと、ようやく雪男は気付いたような顔になった。
まずい事を聞いてしまった、なんて風に思ってるのだろうか。
「ごめん」
「別にー」
「じゃあ、今まで隠してたってことは、なまえさんは普通の人として生きたかったの?」
「そりゃね。でも親はメフィストさんだもの。貫き通せるとは思わないよ」
「確かに、メフィスト卿は何を考えているのかまるで見当がつかない時がある」
「ああ……」
雪男は麦茶を見下ろしてるようで、遠くを見ているようだった。
一言だけ、あいづちをうって返す。
私も似たような思考になるので、気持ちは解る。メフィストさんが何をしたいのかなんて、雪男よるずっと長く一緒にいる私でさえわからないんだ。
でも、
「理事長は、生徒は大切にするよ。だから心配しないで」
そして、メフィストさんの事を悪く言わないでほしい。
口に出せなかった本音は、無理矢理飲み込んだ。