「りじ……メフィストさん」

理事長、と言おうとして切り替えた。
学校に居る間は役職で呼ぶように、と言われたのでそれで通してきたが、今は校外だし二人しか居ない、プライベートな時間だ。

「なんですか?」

飄々、というか、気楽に構えているのか、彼はいつもの調子で問うてきた。

「こうなるってわかっててアマイモンさんを仕向けたんですか」

燐をはじめ、塾の連中はわからないだろうが私はわかる。
今回の黒幕は、今私の隣を歩いているメフィスト・フェレス以外の何者でもない。

「仕向けたとは心外です。ただ彼が奥村燐と闘いたいと我儘を言うもんですから、連れてきただけですよ」
「それを仕向けたって言うんですよ」

まるで自分は悪くないと言っているようなものだ。

「こうなる事くらいは読んでいたでしょう」
「いやあ、降ろされなくて何よりでした!」

あっはは!とわざとらしく笑うメフィストさんに、苛立ちと悲しみの感情が湧いた。
何だその冗談は、全然おかしくない。

じわり、視界がぼやける。
でもまだ耐えられる。

「…どうしてっ、メフィストさんはそんな普通にしてられるんですかっ」
「なまえ?」

出すな、出すな。
というか出てこないで!

「すっごくムカつくし…!」
「………はあ?」

この人の前で涙を流したくないのに。
泣きたくないのに!

「はあ?じゃないですよ!一人で不安になっていた私がバカみたいじゃないですかっ…!」
「不安に?アナタが?」

耐えろ!私の涙腺!

「そうですけど何か問題でも!?」
「……ないですね」
「もし、メフィストさんがクビになって、悪魔だからって、何処か遠くに飛ばされでもしたら…、私はっ、」

うあ、もう無理だ!

一粒。
涙が頬を伝ったのが分かった。
そしてメフィストさんは自身のたれ目をこれでもか!というくらいに丸くした。

「わたしはっ」

どうすれば良いか、解らないじゃないですか。
そんなことも察せないなんて。

「ぐずっ…メフィストさんのばかやろうわああああ!ピンクのくせにいいいい!」

堰を切ったように、涙があふれてきた。
ぼろぼろと目から出てくる涙はすぐにあとになって、これから出てくる涙の道になった。

本当に心配した。
裁判中ずっと気が気では無かった。
いくら本当の親では無いからと言って、十数年も一緒に過ごして来たんだ、そう簡単に切り捨てられるものじゃない。
もし、居なくなってしまったらと考えると私は全力をもってエンジェルや、裁判官に刃向かっただろう。

「なまえ」

もう私には、親と呼べるような人はメフィストさんしかいないんだ。

「なまえ、おいで」

およそ二メートルもある人が腕を広げるととても大きく感じた。
これ以上泣き顔も見られたくなくて、素直に腕の中に向かった。

「ご心配お掛けしてすみませんね」
「ばっ、ほんとだよ!」
「よしよし」

小さい子を寝かし付けるように定期的にリズム良く背中を叩かれるものだから、段々と眠くなってきてしまった。
周りの明るさからしてもう明け方だ。
しかし夏休みに入っているため、徹夜でも眠る時間は沢山ある。

「添い寝してあげましょうか」
「はは……いりませんよ」

悪魔のくせして暖かい。

「それに……メフィストさん、あんまり寝ないじゃないですか……」

落ち着いてきたのか非常に眠たい。
メフィストさんの体温と、背中でゆっくりとリズムを刻む手と、今までの疲れが一気に来たせいだ。

「というかなまえ…」

泣きつかれて寝るなんて、小さい子じゃあるまいし。

「ピンク関係ないですよね?」

ああ、もう。

すき。




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