安息日のシュラの朝は遅い。放っておけば昼過ぎまで寝ている事もあるほどだ。身体を重ねた翌日に至っては夕方になって漸く起き出す始末。
それだけ疲労が溜まっているという事なのだろうけれど、恋人の俺が同じベッドで休んでいてもそれだから、少し腹が立ったりもする。
シュラは寝汚いのと同じくらい食い意地も汚いから、飯の支度をすれば上手くすると釣れる場合があった。
全く馬鹿らしい話だが、俺は目覚ましよりも早く起きて寝惚け眼でベッドを抜け出し、キッチンを借りて彼の好むメニューを考えながら調理を開始する。
シュラは嫌いな物が少ない反面、特別好きな物も少ない。
顔に似合わず甘党なのだが、その辺りは自己管理が徹底していて食べ過ぎる事もない。
酒は時折羽目を外して飲むが、顔色が殆ど変わらない上、酒豪。俺よりも強いから、シュラのペースで飲むと介抱して貰うのは俺になってしまう。
結局栄養価のバランスが良い食事がシュラの好きなメニュー、且つ、俺にも都合が良いという事になる。
シュラらしい趣向だが作る側は若干悩むところだ。
俺はさほど料理は得意ではないから、大体大雑把になってしまって、シュラの食い意地の汚さに助けて貰っているようなもの。
今日も悩んだ末にサラダと適当な余り食材で作った魚介のスープにパンという代わり映えのない朝食メニューになってしまった。
けれど、兎に角作るには作った。シュラを起こしに行くべく寝室に戻る。
部屋の主は案の定、布団に顔半分まで潜ってすやすやと安らかな寝息を立てていた。
「シュラ、朝飯出来たぞ」
声を掛けたくらいで起きてくれるとは毛頭思っていない。丸まっているシュラ、布団越しに肩を掴んでみた。
揺すってみる算段だったが、反射的に手を引いてしまう。
肩が、随分細いように感じたからだ。
シュラは手刀と脚力での肉弾戦を得意とするから肩はがっしりとして男らしい体つきだ。
胸、腹、背中、腕も筋肉が無駄なく付いていて、擦れ違い様のデスマスクに「筋肉でぶ」と不名誉な形容をされる俺より遥かに男性として理想的な体型をしている。
若干腰回りが細くはあるが、足技で鍛えられた大腿は良く発達していて、そのギャップにとてもそそられた。
その綺麗な身体の造形の一部、肩、が、変わっている。
気のせいだろうかと考え直し、再度肩に手を掛ける。やはり抱き慣れた肩ではない。
「……し、シュラ?」
布団から半分覗く切れ長の目許、目尻に掛けて長くなる睫毛、確かにシュラだ。間違いはない。
迷いはあったが、シュラであるならば、俺の感覚が可笑しいのだろうと気を引き締めた。俺の目下の使命はシュラを起こす事だ。
「シュラ、起きろ、朝飯だ」
不思議な細い肩を揺らすと「う、ううん」と相変わらずの寝起きの悪さを発揮してシュラの片腕が俺の手を払う。
仰向けになったシュラ、布団が捲れて胸まで露出した。
昨晩性行為をして、シュラは裸体のまま寝ている。
その胸は仰向けでもそれと判る程に豊かな隆起をして、赤く腫れた乳首まで晒していた。
頭が真っ白になり、呆然としてその大きな乳房を見下ろした。
肩幅は勿論だが、腕までも細い。
目を擦ってみたが、何度見ても女の身体にしか見えなかった。
俺の方を向く形でシュラが再度寝返りを打った。重力に圧迫されていた胸は横向きになった衝撃でたぷんと揺れ、深い谷間まで作り出して更に存在感を増す。
「……F……いや、G、か」
シュラと想いが通じ合うまでに、覚えてもいられない数の女を抱いた。目測にはそれなりに自信がある。
否、そんな事を考えている場合ではない。
この綺麗な女性は確かにシュラに似ているが、シュラは男だ。こんなに細く柔らかそうな女の身体ではない。
擦れ違い様のアフロディーテに「脳筋単細胞」とこれまた不名誉な形容をされる頭を使って状況を考え直した。
確かに俺は昨晩、シュラの邸宅に押し掛けた。彼の大きな手で頭を撫でて貰えるのはとても気持ちが良いし――面倒、端的に言えば要は彼を抱きたかったのだ。
シュラは既に晩酌を始めていた。カノンから貰ったというそのシェリー酒はとても美味かったようで、俺が強請っても、珍しく彼は一口もくれなかった。
酒で敵わないのは判っていたから、俺は持参した日本酒をちびちびとやった。
シュラはシェリー酒を半分残し、途中から俺の日本酒を好き勝手に飲み、酒瓶の並ぶ棚から芋焼酎とウィスキーまで持ってきて飲んでいた。
昨晩のシュラはちゃんぽんをしたせいか、少し酔いが早かったようで、隙を突いて押し倒しても余り抵抗らしい抵抗はしなかった。そればかりか、誘惑するかのように股を開いて可愛い声で良く鳴いてくれた。
それで俺も余計に燃え上がって、正常位で抜かずの二発。泣き出したシュラの懇願も無視して側臥位でもう一発。
失神した彼の身体をタオルで粗方清め、ついでに緩んでぱっくりと開いた蕩けた後孔も奥まで存分に眺めて楽しんでから、抱き締めて休んだ。
此処までは間違いない。
つまり、俺が寝るまではシュラは確かに俺と共に居たし、この美女も居なかった。
そうなると考えられる可能性は一つしかない。
俺が寝ている間にシュラはベッドを抜け出し、代わりにこの美女が俺の隣に収まった。
顔がとても似ているし、シュラの親戚なのかもしれない。
恐らくは俺を驚かせる為の質の悪い悪戯だ。或いは浮気をするか実験しているのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。シュラは何処かで俺を見張っている筈だ。
この美女の愛らしい寝顔、滑らかな白肌、艶やかな黒髪、何よりも豊満な胸に鼻の下を伸ばしていたら、後からねちねちと嫌味を言われ兼ねない。
シュラはあれでいて存外神経質で根が暗い男なのだ。嫌味を垂れるときは必ず口角が釣り上がるが、全く綺麗な顔が台無し、小物感すら覚える酷い面だ。
否、今はそんな事はどうでもいい。
部屋を見回しシュラを探しながら布団を掴み、そっと美女の肩に掛けた。胸が隠れてしまうのは非常に残念だが、シュラの機嫌を損ねて不細工な面を暫く拝む羽目になるよりは良い。
「んん……ッ……暑い……」
それは巧妙な罠だった。
美女は鼻に掛かる甘くハスキーな声でまた布団を剥いだ。
美女の声は遠い記憶に微かに残る、声変わり前のシュラの声に似ているようにも思えた。それよりももう少し低いけれど――ああ、きっと俺はもう半分以上罠に掛かっている。
「お、おい、君……」
何と呼び掛けたら良いかさえ迷う程の狼狽。年の頃は俺と変わらないように思うから、「お嬢さん」では少し失礼だし、「お姉さん」でもまるで俺が軽薄男なようで。
「……煩い……あと五分で起きるから……」
美女は寝言までシュラを模倣して俺を誘惑した。美女が身動ぎをする度に、たゆん、たゆん、と揺れる白く柔らかそうな乳房。
シュラの性に決して不満はないのだけれど、やはり大きな乳房は男の夢であるのは仕方のない話だ。
このまま眺めていたいが、いかんせん頬が緩み鼻の下が伸びすぎてしまう。
「シュラ!隠れていないで出てこい!卑怯だぞ!」
必死の思いで喉から絞り出した声は自分でも情けなくなる程、派手にひっくり返った。
「……煩い、誰が……卑怯だ」
返るのは美女の甘い声。
「き、君も君だ!知らん男のベッドに裸で潜り込む等言語道断!淫らな真似をされても」
「煩い!」
美女はとうとう目を開いた。双眸はこれもまたシュラと同じ三白眼。
此処まで似ていると姉か妹なのかもしれないと思っていると。
「先から何をごちゃごちゃ騒いでいる!寝言は寝てから言え!」
美女は勢い良く上体を起こし、俺の脇腹を手刀で叩いた。それはシュラを起こす時に必ずやられる、言わば儀式のようなもの。
身を起こしても美女の豊満な乳房は重力にも負けずに椀を返したような見事なカーブを保ったままだった、というと俺が胸ばかり見ているようだが、女の胸に興味がない男等いないのだ。これは止むを得ない本能。
「……な、なにぃーッ!」
今度は美女が叫んだ。それは窓硝子を揺らす程の絶叫だった。



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