――性欲。本当に性欲、なのか。
性器は快感に忠実に欲の雫を零し始めているが、何かが違うような気もした。
身体は性感に興奮していても、頭には無駄な思考がぐるぐると巡っていて中々行為に集中出来ない。
乱れた思考を纏めようとすると身体が性感を貪ろうとする。
昏迷、酷い悪循環、自分が何を望んでいるのか判らなくなっていた。
俺にまともな意志等あるのだろうか。
流されて、流れのままに、何かの繰り人形のように生きている俺に。
仮に、あるとすれば――。
「デスマスク……っ…!」
酷い耳鳴り、乱れた情動。
――逃げたい、全てから。
突然強烈に込み上げた思い。
俺は意識する前に彼の名を呼んでいた。
みっともない程切羽詰まった、まるで泣いているかのような、悲鳴のような。
室内に自分の声がいつまでも反響している。
――違う。これは耳鳴り。
「……シュラ」
彼は静かに立ち俺の身体に上体を乗り上げた。
額に、頬に、鼻先に、顎に、柔らかな口付けが落ちる。
「なあ、お前、何考えてる…?」
問い掛けは優しかった。俺を気遣かってくれていた。
けれど答えられない。判らない。
目を閉じれば顔のない男達の嘲笑。
逃げられるとは思っていない。全てから逃げられる事なんて有り得ない。
俺は足掻きもしないまま、諦めてしまった。
失って諦めて流され続けて、もう取り返しの付かない位置にいる。
全てが、遅過ぎる。
馬鹿のように頭を振って、彼に返すべき言葉を、言い訳を探したけれど、心にも身体にも俺の意志等一つもないような気がして、目の奥が熱くなった。
「シュラ」
二度目の呼び掛けは先よりも更に穏やかだった。
彼の骨張った指が俺の頬に掛かる髪に触れる。
硬いばかりで決して手触りの良いとは言えない俺の黒い髪を、彼は何度も何度も撫で梳いた。
そしてゆっくりと口を開く。
「今は、さ……気持ちイイって、それだけ考えてろよ」
俺の肉欲なんて、何も意味は持たない。それは義務だから何も、何も、意味は――。
「それじゃ嫌?……俺じゃ、駄目?」
静かに問い掛けた彼は少し寂しげに笑っていた。
「……俺は、シュラ、なら、多分、気持ちイイ、と、思うんだ、けど、よ」
途切れ途切れに続いた彼の言葉は唐突で、けれど酷く切ない響きを持って鼓膜を震わせた。
「あー……お前を抱きたいとか、抱かれたいとか、そういうのじゃなくて……いや、判らない、本当はしたいのかもしれないっていうか、多分したい。けどセックスじゃなくて……何だろう」
気まぐれなくせに理論的な思考を持つ彼にしては妙に歯切れ悪く、要領を得ない言葉の羅列だった。
「悪ィ、自分が何言ってるか判らねぇんだが……俺は、シュラが、気持ち良い」
けれど。
「……デスマスク……」
ぼんやりと、やはり、似ているのかもしれない、と思った。
具体的な自分の何かが判った訳ではない。
けれど、俺は彼を確かめたいと思った。それは紛れも無い事実。
きっと俺も彼なら良いのだ。
都合の良いように利用しようとしているのは間違いない。
それと同じように彼に利用されるなら俺は構わなかった。
それは奇妙な感覚だった。ただの利害の一致、冷たい悪意、性欲の発散、そうとも思える。
けれど何かが違う。それ以上に何かの期待、強いて言えばその形容が近いが、同時に何の期待もしていない気もする。
無意識に俺に覆い被さる彼の背中に腕を回していた。
隠れた鍛練を証明するようにしっかりと筋肉は発達しているのに、何故か頼りない程に細く感じた。
互いに縋り付くように掻き抱いて、肌に唇を這わせて体温を確かめ合う。
「デスマスク」
アルコールのせいでも欲情のせいでもない、もっと確かな温もりが伝わってくる。
これは彼だけの持つ、彼だけの体温。
「何」
血を滲ませたような深い色の瞳が細められた。
色事にのめり込んでいるように見えた彼。
「……お前、セックス、好きなのか?」
「あー……それ聞かれると参るな」
聞く前から答えは判るような気がした。
彼は笑って目を伏せた。
「多分、つーか、うん…余り……好き、じゃねぇ、かな」


■ ■ ■ ■ ■


掌と唇と舌で、貪るように体温と輪郭を探り合った。
カーテンの閉まったままの室内は薄暗い。
確かめ続けていないと不安だったのかもしれなかった。
性に慣れた互いの身体は発情を露わにしていたけれど、そこを触り合ったらこの曖昧な時間が終わってしまいそうで、勿体なくて、時折指先になぞるだけ。
けれどそれも徐々に辛くなってきている。
「……は…ぁ…っ…」
着衣のままの彼の股間はじんわりと湿っていた。それを酷く愛おしく感じる自分が不思議だった。
「……脱ぐ…?」
紅潮した耳元に問い掛けると弱々しく頷く。
彼程器用には出来ないが、彼のしてくれたように革紐のベルトを解き、下着と共に慎重に着衣を引き下げた。
跳ね出た性器は俺より幾分が色味は濃いが、凌辱を楽しむ男達のそれとはまるで違って見える。
「……シュラ、やらしい面してる」
そういう彼も眉の下がった悩ましげな顔、口角を釣り上げて強がっているのが皮肉屋の彼らしい。
「煩い、お前の方が、いやらし、い……」
「ん」
腰を引き寄せて互いに焦らしに焦らしていた性器を触れ合わせると、彼が小さく息を飲んで肩を震わせた。
「……馬鹿なんだろうな、俺達」
「悔しいが……同感、だ」
身体は身体を求めているが、心が求めているのは間違いなく違う物。
身体が慣れ過ぎていて、温もりを確かめ合う事で勝手に欲情してしまうが、俺は、ただ、この男を確かめていたいだけなのかもしれなかった。
確かめて生まれる物等、きっと何もない。
それどころか、確かめれば確かめる程、惨めで苦しくなる。
彼は俺と同じ罪を持つ人。彼を確かめるのは俺の罪を、諦めを、無力を、空虚を、寂漠を、後悔を再確認するようなものだ。
自分自身を傷付けるなんて愚かだけれどそれが切なくて嬉しかった。
彼の目許は穏やかに緩んでいた。
子供の頃、まだ何も間違っていなかったあの頃の無邪気で真っ直ぐで繊細な、紅い瞳。
「ああ、俺……今、凄く、気持ち良い……」
核心的な快感等殆ど与えていないのに、彼の声は甘く掠れている。
「……俺、も」
――なんて苦しい心地良さ。
「気持ち良い……デスマスク……」
「ん……良かっ……た…」
また少し笑ってくれた彼の頬に口付けた。
互いの性器が擦れ、体重に圧迫される。
「馬鹿、みてぇ……お前で、イき、そう……」
「……一緒、に」
性感に追い込まれた訳でもないのに、高揚した気分が身体を寸前の絶頂感に強張らせ、小刻みに震わせていた。
彼が少しずつ腰を揺らし始めるのに合わせ、片脚を絡め俺も身体を揺らす。
教え込まれた性戯を自ら率先してしたいと思う日が来る等考えもしなかったけれど、彼の身体も気持ち良くなってくれるなら、もっと愛撫したいとさえ思った。
「……シュラ……ぁ…」
普段の声からは想像もつかない甘えた可愛いらしい控え目な喘ぎ。
散々髪を握ってしまったせいで彼の前髪は平生より随分乱れ落ちていて、少し幼く見える。
「可愛い……っ…は……デスマスク」
「……ッ…煩ェよ、馬鹿…っ…あ、ん……っ…」



[*前] | [次#]

>>TITLE | >>TOP 




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -