「……黒髪はごろごろいるだろう」
――黒髪等災厄の元でしかない。
「違う、お前みたいな面構えの、黒髪」
顎を掴まれて強引に酒瓶から唇を外されたせいで危うく吹きそうになり、気合いで嚥下したが、僅かに溢れた酒が唇の縁を濡らす。
「ハ、色っぽいねぇ。白い肌に赤い目許、濡れた唇、黒い髪。堪らない」
あからさまな揶揄に睨んで返すと、捻くれ者の彼は余計に嬉しそうに双眸を細めてみせた。
「……銀髪の方が余程目を引く」
――聖闘士候補生、あの親善試合に集められた者に銀髪はいなかった。
酷い事を考えた自分がいるのを自覚したが、悪い衝動はアルコールの高揚感故か波になって何度も打ち寄せた。
「デスマスク、お前の生意気な面が歪めば喜ぶ輩も多いだろうよ」
――いつもの済ました顔はどうした。
耳奥に反響した男達の声を倣うかのように喉が震えて声になっていた。
「……何だよ、奥手に見えてお前もそういうのに喜ぶ変態?」
デスマスクの笑い声は耳障りだった。
――帰ればまた、呼び出しが来ているかもしれない。
じわりとじわりと沸き上がり続ける苛立ちとも不快感とも諦めともつかない、漠然とした悪い衝動。
「変態だと言えば無様な面を晒してくれるのか?」
自分が発言しているのかさえ判らない、意志の曖昧な煽り文句が口を突いた。
「そうだなァ……お前も見せてくれるなら見せてやるよ、俺のだらしねぇイキ顔」
互いの煽り合いは止まらない。酒が理性を狂わせているのか。
「……見せろよ」
慰み者にされる俺の慰み者――それをデスマスクが自覚したらどんな風に思うのだろう。
警鐘を鳴らしているのは良心なのかもしれない。
酷い耳鳴りが頭に響いていた。


■ ■ ■ ■ ■


「酔った勢いってのも悪くねぇな」
デスマスクの指先は直ぐに股間に伸びてきた。布の上からやんわりと握り込まれ、思わず眉間に力が入る。
「可愛くねぇ仏頂面」
鼻先で笑われたが可愛いげとは無縁の自覚くらいはある。
他人の、彼の手は存外優しくて、性器の輪郭を確かめるように撫で回していた。
――そういう触り方をされる時は決まって酷い仕打ちが待っている。
深く考えるより先に背筋を走った嫌な悪寒、一瞬の内に肌が粟立ち、彼の肩を強く掴んでいた。
飲みかけの瓶が音を立てて床に落ち、血溜まりのような真紅を円形に広げる。
彼はそれを横目に見遣ると小さく舌打ちした。
「……後で掃除しろよ」
けれど口調は酷く穏やかで、覗き込んでくる紅い瞳は何処となく俺の内情を窺っているような彼らしくない、否、彼らしい、彼の本質の。
「……判ってる」
大きく胸で深呼吸をして動揺を意志で押さえ込み掴んだ肩を引き寄せた。
――この男は、デスマスク、だ。
口許にきた彼の耳に唇を押し当て輪郭に舌を這わせてみる。酒のせいなのだろう、熱い。
「擽ったい」
小さくぼやかれた声には彼の安堵が滲んでいて、それに俺も何故か少し安堵して、ゆっくり外耳を唇に挟み造形と熱を舌先で確かめた。
耳の形は人により違う。命じられるままにしていた奉仕でぼんやりと気付かされた。
俺はこの男の造形を知らない。当たり前なのだがその事実が波紋のようなさざ波になって胸の内に広がった。
もっと彼を確かめたくて、改めて彼だと確かめたくて、舌を凹凸に這い回す。
「……シュラ」
「何」
「生意気」
折角奉仕をしていたのに突然突き放すように胸を強く押され、上体がバランスを失いベッドに背を付きそうになったが、反射的に左肘が身体を支えていた。
「お前はじっとしてろ、童貞」
デスマスクは怒ったように眉を釣り上げ、濡れた耳を服の袖で拭いながらベッドを下りて床に膝を付いた。
俺の奉仕が気に入らなかったらしいのは何と無く伝わってきたが、ただ転がっているだけというのはどうしたって慣れない。
何かを命じてくれれば良いのに――そんな事を思ってしまった自分が滑稽だった。
「……デスマスクは男と寝た事、あるのか」
ベルトの革紐を外し俺の下肢の衣類を乱していく手慣れた所作、それを聞くのは余りに愚問だったが、落ち着かない心持ちを埋めたくてつい口にしてしまった。
「寝た事ない奴が童貞のちんぽ触ると思うか?」
「どっちを」
「何が」
「男役と女役」
「どっちもだ」
「誰と」
「煩ぇな、一々覚えてねぇよ」
着衣をたくし上げられ、僅かに熱を持っている性器が視界に入る。
「シュラ、お前こそ」
「何」
「本当に童貞か?」
「ああ」
「そう、か。……まあ、色は、綺麗だし、な」
デスマスクは少し不満げに唇を尖らせていたが、軽く頭を振ると今度は躊躇する事なく茎を掴んで性器を上向かせ、見せ付けるかのように舌を差し出してきた。
赤い舌腹がねっとりと亀頭を這い、痺れるような性感に堪らず唇を噛む。
「その面、嫌いじゃねぇ、かも」
厭味たらしく口角を釣り上げた彼は敏感な先端の割れ目を人差し指で叩きながら裏筋を丹念に舐め辿った。
「……っ…」
目を閉じてしまうと見慣れた顔のない男達が瞼の裏に映りそうで、俺の視線は彼の顔に縫い付けられていた。
彼はちらちらと上目使いで俺を窺いながら、茎を唇に挟み根本から丁寧に扱き上げる。
舌が纏わり付くように絡んでいて、彼が口淫に慣れているのは十分判った。
陰嚢までもやんわり揉み込まれ、自然ひくひくと肩が揺れてしまう。
「……ちんぽ硬くなってきた」
嬉しそうな囁き、その熱い吐息に触発されたかのように、酒精に燻る熱が一気に体温を上げた。
「タマ揉まれるの好き?」
強弱を付けて巧みに睾丸を転がされ奥歯を噛み締める。
唇と舌は性器の形を確かめるようにゆっくりと這い続けていて、じりじりとした性感が少しずつ、けれど確実に下腹を疼かせていた。
俺の身体を使う男達の関心は精を搾る孔だけにある。俺の性器等暇潰しの手遊びの対象でしかなかった。
だから性感を覚えれば後孔が勝手に反応する。
男達を早く、一秒でも早く、満足させる為に。
そうしなければ後孔が緩んで閉じ切らなくなってもまだ犯された。
肉筒の締め付けが弱まれば男達の罵倒と乱暴な抽送はより激しさを増す。
ひたすら前立腺ばかりを突き上げられ、射精を伴わない苛烈な絶頂感だけが続く事になる。
そうなると最早拷問だった。
だから下腹の疼きは言わば身体の防衛本能で。
――違う。
不意にアイオリアの泣きそうな顔が頭を過ぎった。
俺の醜態を見たアイオリアは何と言ったか。
――シュラ、あの、我慢してるのか。
「……違う…ッ…」
幼さの残るアイオリアの甘い声を、無駄に張り上げた自分の声で打ち消した。
「もっと、舐めろ、デスマスク……っ…」
それでも乱れた情動は収まらず、彼の銀髪を無遠慮に掴んでしまう。
「……ンだよ、いきなり。命令すんな」
口では文句を言いながらも、デスマスクは俺の望んだ通りに性器に舌を這わせてくれた。
性器で得る快感に悦ぶのは男ならば普通、何も恥じる事はない。
落ち着けと自分に言い聞かせる。
俺自身が初めて能動的に望んだ性行為ではあるけれど、これはただの勢い、戯れ、気の迷い。
俺はきっと、重罪の秘密の共有者だから、デスマスクだから、慰み者にして良いと、性欲のはけ口に利用して良いと、軽い気持ちで考えたのだ。



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