聖域での親善試合に召集される聖闘士候補生は、聖域の文官の管轄下に置かれる。
男はその管理官の一人だった。
――お前は黒髪だから。
理由はそれだけ。
その時召集された候補生で黒髪が一人、たったそれだけの理由で俺は男達の慰み者にされた。
真夜中に呼び出され、鞭を持つ管理官を目の前にした時は、俺が何か重大な過ちを犯したが為の罰なのかと思った。
彼の部下に衣服を全て剥がされ手足を拘束され、事情を聞く余裕も弁明する時間も与えられず、当然のように鞭で打たれた。
上がりそうになる悲鳴は漸くの思いで堪えたが、男達にとってはそれが不満だったようで、管理官の一声で室内の一方的な遊戯は輪姦に変わった。
当時俺は八つで、精通は勿論、性行為自体を知らなかった。
尻を割られて何かの薬液を後孔に塗り込められた事までは良く覚えている。
男達が代わる代わるのしかかり、その凶悪な男性器で体内を割り開いた。
どんな辛い修行でも泣く事のなかった俺だったが、その時ばかりは半狂乱で泣き叫んだ。
許して下さいと何度も懇願したが、それが叶う事はなく、嘲笑され罵倒され、失神しては蹴り起こされるのを繰り返した。
記憶はその苛烈な暴行による恐怖で歪み、管理官を除いた男達の顔は思い出す事が出来ない。
翌日高熱を出した俺は隔離され、修行地に帰るまでの間、ひたすら彼等の肉の玩具に使われた。
漸く聖域を離れ修行地に帰れば、管理官の手はそこまでも回っていて、兄弟子からも度々性的暴行を受けた。
後から噂話で知ったが、管理官達の暴行対象に選ばれる事は、結果的に聖闘士候補から脱落させられるのと殆ど同義だったらしい。
候補生は毎年増えるが、聖闘士の称号を得られる者はほんの一握り。過酷な鍛練で命を落とす者も少なくない。
管理官達が遊び心で数人を間引くようにして選び、自害するか発狂するか堕落するまで玩具にしたところでさしたる影響はないのだ。
実際、あの環境は気が狂っても不思議ではなかったと思う。
俺は運良く――と言って良いものか判らないけれど、聖域で親善試合をしたその日に黄金聖闘士になったばかりのアイオロスに声を掛けて貰えた。
名を聞かれただけの短い会話だったが、彼は太陽のように眩しくて、俺が彼に心酔するに十分な理由になった。
アイオロスのような立派な聖闘士になると誓い、彼を依り所にして地獄のような日々を耐えた。
それから二年後、聖衣を巡る最後の選抜の日、コロッセオで最後まで立っている事の叶った俺の前に現れたのは、目標としていた白銀聖衣ではなかった。
教皇の隣に置かれていた白銀の聖衣箱は沈黙を貫いたまま、突然落ちた雷撃のような光は山羊座の黄金聖衣だった。
「神と聖衣はこの者を山羊座に選んだ」
その場で呆然とする俺を含めた者達を正気に返らせたのは、教皇シオンの静かな宣告だった。
その瞬間から俺は山羊座の黄金聖闘士になった。
師も兄弟子も膝を折り、俺に頭を下げる。
居住も聖域に移す事になり、生活は劇変した。
「歴代の山羊座は聖剣を宿していると聞く」
身に起きた変化に戸惑うばかりの俺に、アイオロスは楽しそうに笑い掛け、肩を叩いた。
「だからきっと、お前がお隣さんになるのだろうと思っていたよ、シュラ」
その手の温もりを、俺は今でも鮮明に覚えている。


■ ■ ■ ■ ■


派遣された侍従は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、俺は食べる物から着る物まですっかり変わったけれど、唯一変わらなかったのは、あの管理官一派の暴行だった。
時折、牧羊神パーンを奉る神殿の祭祀の間に呼び出され、失神するまで犯された。
「この身体でアイオロス様に取り入ったのだろう」と責める声に応える事も出来なかった。
抵抗する力はもう十分にあった筈なのだが、明確に刻まれていた恐怖故か俺には逆らう意志自体がなかった。
今までのようにただ耐えれば良い、そう思っていた。
逆賊の汚名を着せられたアイオロスをこの手に掛け、俺が英雄と持て囃されるようになっても、その狂気的な執着が変わる事はなく、淫行は却ってエスカレートしていった。
その終焉は、俺が聖衣に選ばれた時と同様、唐突だった。
教皇に成り代わったサガの大規模な人事刷新に巻き込まれる形で、彼等はカノン島に左遷された。
――解放。
そう、暴行からは解放された。
けれど俺にとり、それはさほど大きな出来事ではなかった。
麻痺だったのかもしれない。
アイオロスを死に至らしめた苦しみに比べれば、この身に受ける暴行等余りに瑣末で、左遷の話を伝え聞いても特別な喜びや安堵を覚える事はなかった。
それどころか、身体の内に澱む、数多のどす黒い負の感情のやり場を失った事をぼんやりと思う程だった。
それから七年。
俺は誰かと身体を重ねる事はなかった。
逃げ場所を探すかのように色事にのめり込んでいったデスマスクが何度かいかがわしい店に誘っては来たけれど、鈍磨とでも言えば良いのだろうか。
年頃らしい性への興味はまるで湧かなかった。
身体を動かして限界まで疲弊すれば自慰も必要なかったし、不意打ちに蘇る暴行の記憶に情動が乱される事はあっても頭から冷水を被ればどうにか治められた。
「健全も過ぎれば不健全だ」
デスマスクには散々そう言われたけれど、性行為を汚らわしいと思うだとかの反発があった訳ではない。
散々慰み者にされ、内側を開かれる事に慣れた身体で貞操観念を語るつもりもない。
もし、本当に誰かが俺を求める事があれば、特に抵抗も無く性行為に及んだのではないかとさえ思う。
暴行を受け続けた二年間とアイオロスの死が、俺の何かを欠落させたのは間違いなかった。
先日、あの管理官が聖域に戻って来た。
彼は俺の考えていた以上に執拗で陰湿な男だった。
牧羊神の神殿に呼び出された時、予感をしなかった訳ではない。
けれど、やはり俺は明確な抗う意志を持てなかった。
勧められた酒には何かの薬が盛られていたようで、呆気なく再び彼の手に落ちた。
偶然神殿を訪れたらしいアイオリアに醜態を見られた時は流石に酷く動揺したけれど、ひと度身体を遊ばれればアイオリアも俺を犯した顔も思い出せない男の性を持つ一人に違いなく、乱れた情動は再び深層に沈み、ただ肉欲の解放という俺の義務が残った。
俺が肉の玩具であるのは事実で弁明出来る余地はないのだから、誰が俺の身体を使おうが同じ事。
けれど、このみっともない姿を忘れて欲しいと願ってしまったくらいには、俺にとりアイオリアは特別で大切な存在だった。
あの男に呼び出される事があれば、俺はまた意志もなく出向くのだろう。
――飽きるまで好きにすれば良い。
今更抗ったところで、きっと何も変わらない。
後戻りは出来ない。
全てが、遅過ぎる。


■ ■ ■ ■ ■


デスマスクは俺が彼の元を訪れるのを極端に嫌う。
俺の居住区には勝手に入ってくるくせに逆は駄目とは些か納得がいかないのだが、彼の文句は今に始まった事ではないから、俺は俺が会いたい時、構わず行く事にしていた。
実際行ったところで、アフロディーテのするような門前払いを彼がする事はない。



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