それどころか即座に顔を出し、急かすようにして中に引き入れる。
彼の文句は扉が閉まってから始まるのが常だった。
「お前は聖域の英雄なのだから立場を弁えろ」と、決まってそのような主旨を言ってくる。
聖域内で俺は確かに持て囃されているが、その名声は所詮偽物。
俺は、アイオロスがサガの謀略からアテナを守護すべく逃走した事を知っている。知っていながら、サガの命に従いアイオロスを討った。
つまり、重罪を犯した真の逆賊は俺、それはデスマスクも十分判っている筈だった。
にも関わらず彼は俺を英雄と呼び、「お前と俺では釣り合わない」等と平気で口にする。
俺の本当の罪を知っているのはサガ、アフロディーテ、そしてデスマスクだけ。
サガは教皇として振る舞っているし、アフロディーテは滅多な事では聖域住人とコンタクトを取らない。
力こそ正義、弱者に正義は語れない――歪んだ理論を自分自身に言い聞かせて、今在る自分を正当化しようとしていても、デスマスクがその理論に忠実な応対をするのは腹立たしくて仕方がなかった。
理不尽な怒りだと自覚はしているが、今日も同じような台詞を言われたから、デスマスクを押し退けて彼の寝室へ勝手に脚をむけてやった。
後ろから小煩い文句を続けていた彼は慌てて「そっちはやめろ」だとか言っていたけれど、一室を除いて何処もかしこも酷いのは重々承知している。
そして唯一彼が掃除を怠らない部屋は、恐らくはただの客室ではない。
その調度は、双児宮の主の趣味を良く真似ていた。
だから、きっと、俺が立ち入って良い部屋ではない。
「馬鹿野郎、いい加減にしろ!」
彼の制止を無視して寝室の戸を開け放つと、昼も過ぎたというのに相変わらずカーテンは閉め切ったまま。
無秩序に私物が散乱していた。全てがゴミに見える程の惨状だ。
毎度の事ながら良くこんな部屋で休む気になるものだと変な感心を覚えてしまう。犬小屋の方が余程快適に違いない。
取り敢えず陽の光をほぼ遮っているそのカーテンを開けに行こうとしたら、先回りした部屋の主が俺の行く手を阻んだ。
「……俺と此処で千日戦争するか?」
デスマスクの声は苛立ち露わに上擦っていた。
「私闘は禁止、だろう?」
言い返してやると彼は派手に舌打ちをして俺が手にしている土産の籠を奪い取った。
まるで盗っ人のような素早さで物色を始める。
「……またワインが置かれたのか」
ちらりと投げられた視線に頷き返す。
籠には三本のフランスワイン、デスマスクの指摘通り文字通りカミュの『置き土産』だ。
「……これ……」
デスマスクはぽつりと呟き何かを考えている風に首を傾げていたが、酒か飯を手土産にすれば彼の文句の大概は収まるのは良く知っている。
抵抗にあったカーテンは諦め、ベッドの上の山積みの洗濯待ちだか洗い済みだか判らない服を、同じくどちらか判らない服が山積みになっているソファに投げ遣った。
ソファは三人掛けだがベッドの方がまだ座るに広い。
予想通り服の下から現れた雑誌や良く判らない紙やプラモデルの類は、サイドテーブルに纏めてみたが、纏め切れずに落下した。
物理的に不可能だった量とバランスを試した俺が馬鹿だったが、ベッドからは無駄な物が無くなり、ゆったりと座れる場所を確保出来たので、落下物は無視して遠慮なくベッドに腰を下ろす。
「飲むだろう?」
「……ん、ああ……」
デスマスクはまだ何か考えているのか生返事をしながら同じようにベッドに座り、籠を横に置いた。
視線は相変わらずワインに落ちている。
「……何本だ?」
デスマスクの問い掛けは余りに唐突だった。
「は…?あ……見た通り、だが?」
「阿呆、置かれた数だ」
「……紛らわしい聞き方をするな。見た通りだ」
「いつもは?」
「一か二か三」
「四は?」
「ない。お前意地汚いぞ」
「阿呆、違う」
「何が違うんだ」
「……いや……」
そこでデスマスクはまた黙り込んだ。
この男は殆どの事にいい加減だが、稀にやたらと神経質な面を見せる。
聖闘士に成り立ての頃の彼は少し繊細過ぎるところもあった。
彼のこの一面は少年期の名残――否、隠すようになった本質なのかもしれなかった。
「……数はランダム?」
漸く口が開かれた。
「ああ、ランダムだ」
「……カミュは何か言うか?」
「いや、大概手紙だ。『通らせて貰っているから』と良く判らない内容で」
「やはり英雄様は好かれているな」と常のデスマスクならば笑うのに、今日はどうにも様子が違う。
視線をワインに落としたまままた数秒沈黙していた。
「……あいつ、新弟子取るんだよな」
「ああ、シベリアに帰るようだ。あの歳で二人目とは余程腕を買われたな」
「……腕……まあ、そうか、そうだな……一か二か三、だしな……」
意味の判らない返しに俺が首を傾げたとほぼ同時、デスマスクは厭味たらしい笑みを唇に戻し、籠から瓶を引き抜いていた。
「全部寄越せ。お前はそっちの安酒でも飲んでろ」
顎で示されたのはベッドの足元に無造作に並べられていたワインらしき瓶、半分近くは既に空。
この男の事だ、寝酒用に近隣の村から巻き上げて来たのだろう。
折角のフランスワインを全部奪われるのは惜しかったし、彼が善良な市民から強奪した物を口するのは些か気も引けたが、共に飲む為に妥協しなければならない事もある。
俺はどうにも彼と一緒に飲みたかった。
――飲んで、彼が気まぐれに泊めてくれれば、此処は格好の隠れ場所。
紛失物の多い男だが、コルク抜きの直ぐに出てきたのは何とも彼らしかった。
俺の返事を待たずに手際良くコルクを抜き、直接瓶に口を付け始めた彼を横目にして、ベッドの足元の酒瓶へ手を伸ばした。


■ ■ ■ ■ ■


デスマスクのピッチは常より早かった。
何かに追い立てられでもしているかのように矢継ぎ早にくだらない、下品な話題を持ち出しては、けたけたと耳障りな笑い声を上げ瓶を傾ける。
釣られて俺のピッチも早くなっていたのに気付いたのは二本目を空け、三本目も半分にきた時だった。
酒はかなり強い方だが摘みもないままただ飲んでいれば酔いの回りも早くなる。
「どうせならナマでハメてぇよなぁ」
デスマスクも程良く酔ってきてはいるようだが、彼は太陽嫌いのくせに俺より遥かに焼けやすい体質のようで顔色の変化は若干判り難い。
「遊ぶのは結構だが性病に気をつけろよ」
「性病なあ、痒いのは辛かったぜ」
「最悪だな、性病持ちか」
「とっくに治ったっつーの。それに童貞より性病経験者のがマシだろうよ」
「俺は性病になるくらいなら童貞のままで良い」
「ままで良いんじゃなくて、相手が見付からないんだろ?だーから言ってんだろ、良い穴用意してる店」
「結構だ、お前の性病が回って来たら死ぬ」
「死なねぇし病気貰った店じゃねぇよ」
「いや、気分的に死ぬ、いっそ即死したい」
「……お前喧嘩売ってんのか」
「そもそも娼婦とて童貞の相手は面倒だろうよ」
「そこはプロだから安心しろ。黒髪はウケが良いんだぜ?上手くすりゃあケツじゃなくまんこ使わせてくれる」



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