「ごめんなさい…っ…」
――怒っている。
そんな事は考えずとも想像出来た。殴られて軽蔑され、二度と口をきいて貰えなくて当たり前だった。
後悔が涙になって滲む。
「アイオリア」
引き寄せられ、不意打ちにその右の腕に抱き込まれた。
「シュ、ラ」
左手がやんわりと俺の腰骨を撫でて、それだけで股間の高ぶりが脈打ってしまい、思わず肩が震えた。
「……醜態を…見せたな……謝らなければならないのは、俺の…方だ…」
耳元で囁かれたシュラの声は常より甘く上擦っているが、意識しているのか、常と同じように穏やかで、寧ろ俺を慰めてくれているかのようだった。
「…全く……どうしたものか…」
参った、と付け足された、そこの部分だけは苛立ちと自嘲が混じっていた。
涙目になる目許を優しい唇が撫で、視線が交わる。
瞳は真っ直ぐに俺を捕えた。
「……初めて、か」
一拍置いての問いの意味を把握し切れず、俺は潤む彼の黒瞳をただ見詰める事しか出来なかった。
「……ああ、もう判った」
シュラは吐息混じりに告げると俺の腰紐に手を掛けて着衣を乱し始める。
「…シュラ…っ…!」
「お前の童貞を奪う程馬鹿ではないから安心しろ。……尻も勿論だ」
口ではそう言うけれど、先迄見ていた後孔は熟れていて、咥える事を明らかに悦んでいた。
「……シュラ、あの……我慢、してるのか」
言った途端頭を強く叩かれた。突然の暴力に目を白黒させている内に強引に下肢の衣類を下着ごと引き下げられ、勃起が剥き出しになる。
「シュラ…!」
「黙っていろ、馬鹿」
強引に腰を引き寄せられると必然互いの勃起が触れ合う。彼の性器は黒革で覆われたまま、表面は少しざらざらとしていて性器が擦れると腰に突き抜けるような快感の電流が走った。
「……腰、揺らせよ」
促されて彼の肩に両腕を回し、半ば首筋にしがみつくようにして下肢を見ながら少しずつ腰を揺らしてみた。
性器の大きさは殆ど変わらない。俺の淡い色の性器の切っ先が、シュラの性器を包む黒革を辿る様は酷くいやらしい。
「……ん…っ……そう、そのまま…」
彼の熱い吐息が耳元に掛かり、骨張った指が後頭部の、兄より明るい色の髪を落ち着き無くまさぐってくるのに、身体の内に篭る熱が更にその温度を上げるのを自覚した。
「……シュラ…っ…」
堪らず擦り付ける腰の動きは早くなっていく。自分の手で擦るより快感は少ないけれど、彼の性器に擦り付けている事実だけで節操無く身体は興奮を露わにした。
先走りが溢れて黒革を変色させていくのにも煽られる。
「は、ぁ…っ…ん…」
先よりも控え目な甘い喘ぎ。くちゅ、くちゅ、と小さな水音が響くのは恐らく彼の濡れた後孔がひくついているからで、それを考えたらもう夢中で腰を揺らしてしまっていた。
「あ…ッ…はぁ…アイオリア…っ…」
髪をまさぐる指に力が篭った。
シュラもこの行為に感じている。
それは嬉しかったけれど、心の何処かに穴が空いてしまったような気もした。
けれど、曖昧な空虚は直ぐに快感の波に飲み込まれて、実態を掴めないまま消えていく。
びくびくと彼の内股が痙攣を始めるのに絶頂が近い事を知る。
「…待って……俺も…ん…ッ」
せめて一緒に絶頂を極めたくて、本能の直感するままに右手は彼の性器の根本を掴んでいた。
「ひ、あ…ッ…痛…っ…アイオリア…!」
上がる悲鳴は訴えとは裏腹に甘く蕩けた物。
黒革越しに伝わる性器の脈動に戒める五指、親指で浮き上がる裏筋を擦り、亀頭同士を捏ね合う。
「……ん、あ…っ……も…っ…」
切迫した声と共に彼の上体が傾いだ。唐突に力の抜けた腕が解けて、身体が祭壇に横倒しになる。
上気した頬、瞳は潤み切って涙を滲ませていた。
辛そうに見えたけれど、もう止められなかった。
彼の性器の亀頭に被る黒革が弾けるようにして留め具を外す音を立てる。限界を超えているのか、その亀頭は赤みが強い。先走りにも白い濁りが混じっていた。
「シュラ……っ…シュラ…ぁ…」
繰り返し彼を呼ぶ自分の声も甘く掠れ、快感を露わにしている。
俺を見上げてくる黒瞳は頼りなくか弱く、寂しげにも見えて、でも、とても綺麗だった。
視界が明滅を始め、せり上がって来る絶頂を予感する。
「は、ぁあッ…ん、んぁ…!」
彼の声もまるで女のように高くなっていて、追い討ちを掛けるべく亀頭同士を強く擦り付けた。
「ひぁあ、ああッ!」
あられもなく上がる嬌声が引き金になり、戒めていた指を離す。
瞬時に吹き上がる彼の精液を性器に浴びて、俺の性器からも白濁が噴き出していた。
――この行為には何の意味も無い。
それは哀しいくらいに判っていた。


■ ■ ■ ■ ■


「忘れろ」と彼は短く告げて、半ば追い立てるようにして俺を神殿の外に出した。
その言葉通り、彼は翌日から何も無かったかのように振る舞った。
あの文官に何をされてきたのか、今何をされているのか――脅されでもしているのか――その詳細を聞く機会を完全に逸してしまって、俺はまたコロッセウムの上方からシュラが雑兵を指導している姿をぼんやりと眺めていた。
「……お前、本ッ当好きだな」
突然背後から掛かった声に俺の肩はみっともなく跳ねた。
振り返る事は出来なかった。その声は親しくしてくれている魔鈴の物では無かったから。
「まあ、あの人は我等が英雄だからな。気持ちは判らんでも無い」
そう言って未だ俺より幾分か小柄の同輩が俺の隣に腰を下ろした。
「……林檎、食うか」
声は緊張しているようだったが、俺も酷く緊張していた。
風に長い金髪が靡いている。二人きりになるのは初めてだった。
差し出された赤い林檎を両手で受け取って恐る恐る横目で様子を窺う。
同輩は透き通るような蒼い瞳を不機嫌そうに細めて俺を睨んでいた。
けれど、いつものように突っ掛かりに来た、という風にも見えなかった。
「別に、別にな、お前と話したくて来た訳じゃないんだ、ただ皆忙しくしていて相手をしてくれないから仕方無くふらついていたらたまたまお前を見掛けて林檎も余っているしたまには構ってやろうかと」
此処はふらついていて辿り着く場所ではない筈なのだけれど、聞いてもいない事をミロは至極勝手に早口に巻くし立て、話し始めた時と同様、唐突に黙り込んだ。
「アイオリアはいつも……あの人を見ているよな」
ミロの手には、余っている筈の林檎は無かった。視線は下方に向けられる。
「……こんなに慕われているのに、あの人は誰も受け入れない。皆が考えるより余程臆病なんじゃないかと思う時があるんだ」
ぽつりと独り言のように呟かれた言葉は先日魔鈴が漏らした形容と同じ物だった。
「俺も憧れてはいる。でも、何かが違うんだ。何というか……俺達を怖れているような……なんて言ったら罰当たりかもしれないが」
――臆病。
俺も改めて眼下、一際目立つ黒髪を注視する。
「……お前は良いな、それでも随分構って貰える…」
膝を抱えてミロは背中を丸めた。俺達の間に沈黙が落ちる。下方の喧騒に際立つ、英雄の凛とした声。
「……カミュが……弟子を取ると聞いた。寂しく、なるな」
俺は漸くの思いでその台詞を絞り出した。
ミロは横目でちらりと俺を見た。



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